朝日新聞はなぜ原爆投下の日を「平和到来の日」と書いたのか

 毎年8月には原爆関連の報道が増える。被害の凄まじさを伝えるものもあれば、核廃絶へのメッセージを込めたものもある。スタンスはさまざまだが、あのような悲劇が二度と起きないことを願うという点は一致しているかもしれない。8月6日、9日は広島と長崎で数多くの市民が犠牲になった日である。

 ところが、かつて原爆投下の日を「平和到来の日」と表現していた新聞がある。

 朝日新聞1947年8月7日の1面トップ記事の見出しは、

「『広島の教訓』生かせ マ元帥・平和祭にメッセージ」。

 前日の8月6日、原爆投下の日に行われた「平和祭」にGHQのマッカーサー元帥がメッセージを寄せたことを伝える記事だ。

 マッカーサーは、原爆を「未だかつてなかった強力な武器」としたうえで、8月6日は「苦悩の運命の日」だと言い、こういう武器が人類を絶滅させかねないことを「全世界人類へ警告する助けとなった」として、「これが広島の教訓である」と述べたという。

 投下した側の言い分としては不自然ではないだろう。彼らは投下から今日に至るまで、原爆投下は戦争を終わらせるために仕方がなかった、という主張をしてきた。

 この記事で注目すべきは、そのあとに続く、記者が書いたと思しき締めくくりの文章だ。

「『平和祭』は八月六日が平和到来の日として記憶されなければならない日であること、そして広島市民が世界平和に貢献するため覚悟を新たにすることができる日であるという考えのもとに催されるものである」

 繰り返すまでもないが、「8月6日」は平和到来の日ではない。アメリカ軍が投下した原爆によって35万人の市民のうち14万人前後が1945年末までに亡くなったとされている。その後亡くなった方、後遺症で苦しんだ方も数多くいる。

 最初から多くの市民が犠牲になることがわかっての爆撃は、当時であっても戦争犯罪である。そもそもこの日に平和が到来したというのならば、8月9日は何だったのか。

 もちろん、この経験をどのように捉えるか、生かすかは個人の自由かもしれない。しかしながら、少なくとも投下した側に「教訓」を説教されるいわれはないだろう。日本人であれば、「平和到来の日」ではなく「数多くの同胞が殺された日」と考えるのが自然ではないだろうか。

 この記事の下には「追悼と平和への祈り 昨朝広島市で『平和祭』」というレポート記事もある。ここでも原爆投下を「平和へのスタート」だと述べ、平和祭でマッカーサーらのメッセージが読み上げられた、と上の記事と同様のことが書かれている。まるで原爆が落ちたことをお祝いしているかのようなトーンにも読める内容なのだ。

 おそらく同様の報道を現在行ったら、猛烈な批判を浴びるだろうが、投下からわずか2年、今以上に被害が生々しかったはずの当時、なぜこのような無神経な表現が新聞に載っていたのか。


■GHQが日本人に対して行っていた「心理戦プログラム」


 これこそが占領後、GHQが日本人に対して行っていた心理戦プログラム、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」の成果だ、と解説するのは有馬哲夫・早稲田大学教授である。有馬氏は新著『日本人はなぜ自虐的になったのか』で、米英などの公文書をもとに、このWGIPの全貌を明らかにしている。どのようなことが行われていたのか、有馬氏に解説してもらった。

「残されているWGIP文書には、その目的として“一部の日本人およびアメリカ人が、原爆の使用は『残虐行為』であると考える傾向をなくすこと”と“日本人が極東国際軍事法廷の判決を受け入れる心の準備をさせること”とあります。

 より広い目的としては、日本人に戦争の責任は日本側(の軍人)にある、ということを周知させるというものもありました。

 そのために新聞、雑誌、書籍、ラジオ、映画を使ったことも記録されています。彼らの論理では、原爆投下は、悪い日本の軍閥がやった戦争への当然の報いであり、戦争を終わらせるためには仕方がなかった、ということになります。だから『平和へのスタート』ということになるわけです。そして、そうした主張を新聞などにまるで日本人が自発的に書いたものであるかのように載せさせていたのです。

 朝日新聞は、ある時期以降は反米的な論調も目立つようになりますが、占領下においてはきわめてGHQにとって使いやすいメディアでした。別の文書でも、極東国際軍事法廷での検察側の最終論告の全文を掲載するよう促す先として、わざわざ朝日新聞の名を挙げています。実際、その記事は掲載されています」

■なぜ「原爆」を「平和」と言い換えたのか


 有馬氏はこう続ける。「広島や長崎に現在もある施設などには『平和』という言葉が目立ちます。広島の資料館は『平和記念資料館』、原爆投下地にあるのは『平和の鐘』。長崎は『原爆資料館』ですが、作られた像は『平和祈念像』で、『平和公園』の中にあります。

 原爆という言葉によって、占領軍への憤激や恨みの気持ちを再びかきたてられるのをおそれて、こういう言い換えを強いたのです。

 しかも、この種の記念館の説明パネルの多くは、アメリカの言い分をそのまま紹介しています」

 ここで公平を期しておけば、当時、GHQの意向に従っていたのは朝日新聞だけではない。すべての言論機関、メディアは検閲され、アメリカにとって都合の悪い情報を発信することができなかったのだ。問題は、WGIP開始から70年以上経った今もなお、その影響が日本人に見られることだ、と有馬氏は言う。

「2015年にアメリカの世論調査会社(ピュー・リサーチ)が示したところによれば、日本人の14%は原爆投下を正当であると答えた、とあります。原爆に関しては完全に被害国であるのは明らかなのですが、こんなにいるのはいまだに心理戦の呪縛があると考えていいのではないでしょうか。

 近年でもアメリカ政府の公式見解は、『原爆投下は正当である』です。しかしアメリカのメディアでも、『原爆投下が終戦を早めたというのは本当なのか』という懐疑的な視点での番組も制作され、評価されています。

 ところが不思議なことに、日本人にも『正当である』という人が一定数存在し、NHKなども、アメリカの見解に沿ったような番組作りを未だにやっています。

 これに限らず、戦時中のことであれば、反射的に『日本が悪かった』と考える『自虐バイアス』を持つ人がいます。そのような姿勢こそが良心的だとでも言いたげです。これはWGIPによって植え付けられたものだと私は考えています」

デイリー新潮編集部

2020年8月4日 掲載

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