政府の本音「コロナで死者が出るのは仕方ない」を解説 いま経済を回す意義とは

 増加傾向にあった東京都の新規陽性者数は、7月31日、8月1日と2日続けて400人を超え、両日とも全国の陽性者数が1500人を超えた。テレビのワイドショーは上を下への大騒ぎで、もはや新型コロナウイルスは日本を包囲し、激しい地上戦でも始まったかのように煽り立てている。

 そうしたなか、JNNが今月3日に発表した世論調査で、政府が緊急事態宣言を再び「出すべきだ」と答えた人が61%に上った。4〜6月期のGDPは、落ち込み幅が年率換算で20%を超える、と予測されているが、そんな深刻なダメージをまた被ってでも、新型コロナだけは遠ざけたいという人が、半数を優に超えるのである。

 とはいえ、国内で初めて感染者が見つかった1月以降、半年にわたって大山鳴動しながら死者は千人余り。人口100万人当たりに換算すると8・0人で、ねずみ1匹ではないものの、昨年1〜7月のインフルエンザによる死者数は、厚労省の統計によると100万人当たり23・5人。新型コロナの3倍になる。

 いま死者が急増しているならともかく、新型コロナによる7月の死者数は全国で33人。「東京がニューヨークになる」などと煽ったテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」では、コメンテーターで同局の玉川徹氏が7月27日、「東京の重症者数は1週間後、94人増える」と予言したが、現実には、その日19人だったのが、8月2日には15人に減っているのだ。

 そうしたデータを踏まえれば、安倍晋三総理が緊急事態宣言の再発令を否定し、菅義偉官房長官が「発出する状況にない」と繰り返し述べているのも、ゆえなきことではないと気づくのではないだろうか。

 とはいえ政府の物言いもハッキリしない。「Go Toキャンペーン」が始まるにあたり、東京都の小池百合子知事は「冷房と暖房を両方かけるようなこと」と皮肉ったが、実はこのときは、政府の主張を鮮明にするチャンスだったはずである。すなわち、「小池さんがおっしゃる“ウィズ・コロナ”の時代には、冷房と暖房を両方かけることこそ必要なんですよ」と。

 感染症に詳しい浜松医療センター院長補佐の矢野邦夫医師も、こう語る。

「いまは感染症予防対策と経済対策、つまり冷房と暖房を、同時にかけていかないといけない状況です。部屋全体を冷やしたり暖めたりするのではダメで、局所冷房、局所暖房でいくしかない。前者が緊急事態宣言に当たり、Go Toキャンペーンは、冷え込んでいる観光事業への局所暖房に当たります。寒がっている人がいれば、その人に向けてポイントで暖房をつけてやる。問題が起きているところに、重点的に対策するしかないと思います」

 西村康稔経済再生担当相は、テレワーク7割を要請したり、お盆の時期の移動制限を示唆したりするたびに、「Go To」を推進する立場との矛盾を指摘されている。しかし、そもそも感染症対策を進めることと、経済を動かすこととが、矛盾しないわけがない。

 考えてもみたい。矛盾を避けたらどうなるか。冷房だけをかけ続ければ、感染者が減るのに反比例して失業者が増え、ひいては自殺者も増える。2カ月間の緊急事態宣言の影響で、自殺者が8千人増えるという試算があるが、その数がさらに増えるのは避けられまい。一方、暖房だけをかけて感染症対策を放棄すれば――。実は、それでも死者はさほど増えないかもしれないが、社会不安はとめどなく深まり、国際的な信用も地に落ちるはずだ。

 それに、「経済」を「命」の対義語のようにとらえている人が、どうやら少なくないようだが、経済はいまも述べたように、命に直結する。だから、感染症対策を抜かりなく行ったうえで、経済を含めた社会の営みは、可能なかぎりそのまま維持すべきだ――。本誌(「週刊新潮」)はかねてそう主張してきたが、政府の本音もそこにあるはずである。


■重症者が増えない


 菅官房長官も「大事なのは重症者数」と、繰り返し訴えている。しかし、現状ではウイルスの怖さを煽る論者の、「重症者はこれからどんどん増える」と重ねて訴える声にかき消されている。そうであれば、政府はいまの感染状況をもっと具体的に示すべきだろう。

 ここでは、経済学者でアゴラ研究所所長の池田信夫氏に説明してもらうと、

「新規陽性者は大きく増えていますが、判明した陽性者が4月ごろのように発症していて、場合によっては亡くなるような患者なのかどうか、東京都はまったく発表していません。僕が調べたかぎり、陽性者の半分以上は無症状だと思われます。というのも、東京都で累計1万人以上が陽性になっているのに、重症患者はいま十数人しかいない。以前は症状がある人を検査していたので、ほぼ100%が“患者”でしたが。それなのに、現在の陽性者数を4月とくらべるのはナンセンス。7月に入って亡くなったのも、東京では高齢者中心に6人だけ。こんな状況で緊急事態宣言を出せば、世界の笑い物です」

 内科、循環器科医で、大阪大学人間科学研究科未来共創センター招聘教授の石蔵文信氏も、

「60歳以上の患者数が何人で、重症者が何人かが大事なんです」

 と言って、こう続ける。

「今日診察した80代の方も、先月まで自転車で来ていたのに、外出しないので足腰が弱くなって、人に連れられタクシーで来られました。認知症の症状が出た人もいます。何カ月かの自粛でこれです。散歩しなさい、人と喋りなさい、と言っても、みな怖がって外出しません。僕が診ている範囲だけでも、何人ものお年寄りがそうなっているのだから、全国ではかなり多くの人に影響が出ているはず」

 だから感染者数に振り回されるのは愚かだ、と説く。暖房をかけないと、コロナ弱者たる高齢者の命も逆に危険にさらされる、という話で、政府もそう認識しているに違いない。

「私は“TOKYO自民党政経塾”の塾長を務めていて、先月14日、コロナの影響で開けずにいた講義を行った。そこに西村大臣も駆けつけてくれ、日本は死者数の抑え込みに成功していること、医療供給態勢や治療薬開発の見通し、GoToなどの経済支援策について話してくれました」

 と話すのは、郵政相などを歴任した元代議士の深谷隆司氏である。

「ワイドショーは危機感を煽っていますが、経済活動がストップしたままで不況が続けば、困窮者が大勢出る。一般的に、失業率が1%上がると、自殺者が4千人増えるといわれます。西村大臣は、コロナによって失われる命と、経済苦によって失われる命を両方考えなきゃいけない。だから、アクセルとブレーキを使い分けながらがんばっているんです」

 新型コロナによる死者が何人か増えるのは仕方ない。トータルの犠牲者を減らすことが肝要だ、と。それは本誌の主張であり、政府の本音とも推察されるが、政府がそれを表明する難しさを、石蔵氏は指摘する。

「(ロックダウンを行わない)スウェーデンでは、施設におられる超高齢者の死亡が多く、国を止めるほどのことではない、という国民的な合意が得られている。トランプ大統領やブラジルの大統領は、信念をもって“多少の死者が出ても経済を回す”と言っている。でも、それを日本で言ったら非難が殺到します」

 たちまち「人命軽視!」の声の下、安倍政権は大炎上、支持率も暴落するに違いない。だが、そうした声をあげる人は、新型コロナ対策の弊害によって失われるほうの命は、なぜ軽視できるのだろうか。ともあれ、政府が本音を伝えられない以上、感染者数だけが独り歩きし、国民の間にいたずらに恐怖感が増している。

■「首都圏はピークを越えた」


 国民の恐怖感に意味があるのかどうかを確認するために、いまの感染状況、そして新型コロナというウイルスの怖さについて、最新の知見で見直しておきたい。

 本誌は7月30日号に、大阪大学核物理研究センター長、中野貴志教授による感染予測を掲載した。中野教授考案の「K値」という、感染の拡大と収束の速度を測るメーターによると、中国由来の第1波、欧米由来の第2波の収束後、6月22日ごろに東京の新宿を“震源”とする第3波が到来。それが収まる前に、7月6日ごろから第4波が立ち上がった、という話だった。

 第3波との違いは、感染者数が大都市圏で4倍になるほか、首都圏中心の第3波に対し、全国に散らばる点だと指摘。的中した。そして、ピークは7月末と予想されていたが、見立てに変わりはないだろうか。

「連休の影響で凹凸が出ましたが、変更はありません。ただし、開始時期に地域差があるため、首都圏はすでにピークを越えているのに対し、関西圏は7月末がピーク、愛知や福岡は8月5日前後がピークという予想です」(中野教授)

 そうであるなら、いま経済を止めることがいかに愚かであることか。医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏も言う。

「感染症には“ファーの法則”があります。新興感染症の患者数の曲線は、最初に急激に上昇したのち徐々に最高値に達し、やがて上昇時より速やかに低下する、という基本原理です。新型コロナでも世界各国の感染状況、特に検査件数に左右されない死亡者数は、これに従っています。その意味で、日本の死者数が今後急増し、欧米並みになることは考えにくいでしょう」

 だから感染者数の独り歩きを許してはいけない――。それが政府の本音に違いないが、玉川某らが扇動する世論に聞く耳がないのも、また事実であろう。

 ところで、このウイルスの性質については、本誌8月6日号で国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授(医療政策)の仮説を紹介した。ざっと、こんな内容であった。

 ――新型コロナは毒性が弱く、多くの場合は抗体という“軍隊”が出動するまでもなく、自然免疫という“お巡りさん”で対処できる。その場合、無症状か軽い風邪のような症状にとどまる。こうして日本でもすでに3人に1人が、新型コロナに暴露(さらされること)していたと考えられる。暴露者の内訳は7段階に分けられ、自然免疫で対処できた1〜2段階が98%。残り2%のうち重症化するごく少数が5段階、さらに少ない死亡者が6段階だ、と。

「感染が広まると1週間程度遅れて重症者が出て、また遅れて死亡者が出る、と言われていましたが、感染拡大後かなり経つのに、重症者数は想定より少ないし、死亡者もすごく少ない」

 と、高橋教授が述べる。

「新型コロナは、以前からもっと感染が広がっていたが無症状や軽症が多く、見つかっていなかった、と解釈するのが自然ではないでしょうか。暴露力(体に入り込む力)はすごく強いものの、重症化率や死亡率は低い。そのことが立証され、7段階モデルの信頼性が、客観的にみて上がったのではないかと思います」

 立憲民主党の枝野幸男代表は7月25日、安倍総理が緊急事態宣言の再発令を否定したことを受け、「どういう根拠にもとづいて出さなくてよいと思っているのか、国会の質疑を通して問いたい」と述べた。

 有権者の不安に乗じた唾棄すべきポピュリズムだが、ゼロリスクの追求が無用の犠牲者を生むことは、記してきた通り。一方、安倍総理には示すべき根拠はたくさんある。前回、4月7日に緊急事態宣言を発した時点では、すでに感染のピークをすぎており、本当は緊急事態宣言を出す必要はなかった、ということも身に沁みているであろう。


■総理が国民に語るべきこと


 冷房と暖房の関係についても、あらためて整理しておきたい。国際政治学者の三浦瑠麗さんが言う。

「小池知事が酒類提供の飲食店に、夜10時までの時短営業を要請したことに、私は反対です。自粛ムードを高め、倒産圧力につながるからです。重症者用のベッドが埋まった、人が次々と亡くなっている、というならともかく、実際には、世論が感じている不安に寄り添っているだけ。不安に実損はないのに、それを実損が伴う営業時間短縮とバランスさせているのが問題です。コロナ対応をする一部医療機関の負担は、広く医療界で共有する仕組みを考えなければいけません」

 現にコロナの影響による倒産は、8月3日までに400社を超える。一方、「Go To」については、

「政府がこれをやめないように筋を通したことを評価します。東京を外したことやキャンセル料の扱いなど、評価できない点も多々ありますが、取りやめなかったことで、夏から秋にかけての倒産を、少なくとも一部は救うことができる。責任あるリーダーがとるべき決断だったと思います」

 東京除外は、政府にとっても忸怩(じくじ)たるものがあっただろう。加えるなら、政府はスウェーデンに倣(なら)いたかったのではないか。

「スウェーデン方式のよさは、幅広く網をかけず、リスクに応じて要請したこと。結果、日本のように感染リスクがない人が閉じこもったり、感染リスクのない業種が営業を制限させられたりしなかった。不要な経済コストが生じませんでした。日本がスウェーデンから学ぶべきは、人々の消費意欲に水をかけるような政策はとらない、ということだと思います」(同)

 政府を持ち上げるつもりはないが、無策と酷評される政府の施策も、それなりに筋が通っていると気づかされる。それでも不安な方は、前出の森田氏の意見に耳を傾けられたい。

「先月、新型コロナによる死亡者は1日に0か1のことが多かった。一方、その裏で毎日、多くの人が亡くなり、死因は自殺やほかの感染症を含めさまざまなのに、社会全体が新型コロナにばかり引きずられている気がします。2月ごろは大変な感染症が現われたと思いましたが、死亡者数が増えず、日本中が経済を止めるほどの感染症か、という疑問が日増しに強くなりました。僕は高齢者の生き死にを扱っているので、新型コロナ以外で亡くなる人を日々大勢見ます。その立場から、死者が少ないのになぜ大騒ぎするのか、と感じます。日本経済を止めるほどか、という点について議論がなされないまま、人間が長い年月をかけて獲得してきた社会的な権利が一気にはぎとられるような事態になっている」

 そして、こう続ける。

「僕が一番危惧するのは、医療従事者がそうした片棒を担ぎ、それどころか、先頭で旗を振っているのが医療の専門家だという現実があること。医師の使命は本来、国民の身体的健康のみならず、精神的、社会的に健康な生活を維持すること。感染症は予防しても社会が滅茶滅茶になってしまえば、医師の使命を果たしたことにならないと思います」

 また、国民が新型コロナに引きずられすぎないよう、政府や自治体は感染の実態がわかる数字こそ、日々示してほしい。それが見えないから感染者数に幻惑され、無用に怖れる人が後を絶たない。そこで、ぜひ知っておきたい数値は掲載の表に示したが、多くが空欄になってしまう。最後に、昭和大学医学部客員教授の二木芳人氏が言う。

「いま感染者がかなり出ていますが、政府はその点と、一部が重症化することはある程度覚悟している。それでも経済を回そうとしています。そのつもりなら安倍総理が前に出て、“経済を回すので感染者も増えるが、いまの医療態勢でここまでは患者さんを受け入れられ、また高齢者を除けば軽症で済む可能性が高い”などと説明しなきゃいけない。そう言ってくれれば、国民は不安が残っても納得できるじゃないですか。それを国民の前で説明できる人は、総理しかいません」

 冷房と暖房を同時にかけられる根拠は、数々示した。加えて国のトップの言葉があれば、根のない不安から自由になり、コロナと共生する社会のあり方について、建設的な議論が可能になるのではないだろうか。

「週刊新潮」2020年8月13・20日号 掲載

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