「血液」「尿」1滴で「がん検査」が可能に 最新検査を受けてみた

■「線虫」の嗅覚を利用


 がんと診断された人の「5年生存率」は、最新の調査でおよそ64%。が、これが早期であれば確率は9割を超す。そうした発見を強力に後押しするのが、尿や血液などの体液を用いたリスク検査である。実際に本誌(「週刊新潮」)記者が検査を受けた模様をリポートする。

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 コロナ禍で院内感染を恐れるあまり、がん検診に行くのをためらう人が増えている。が、これで発見が遅れ、命を落とす患者が増えるのではないか――。医療現場では目下、そう懸念されているという。がんで亡くなる日本人は毎年およそ40万人と、コロナの死者よりはるかに多い。いま一度、がん検査の重要性を再認識すべきであろう。

 そのがんの「リスクスクリーニング(ふるい分け)」技術はまさに日進月歩で、今年の初めにも大きな進展があった。これまで研究が重ねられてきた線虫による「尿1滴」での検査が、ついに実用化されたのである。

 体長わずか1ミリ。地中に生息する線虫「C・エレガンス」は、人間の1億倍の嗅覚を持つ。この特性を利用し、がん患者の尿に特有の匂いを嗅ぎ分けさせるのが「N―NOSE」という検査法である。匂いの物質は特定されていないものの、大腸菌やバクテリアなどエサの匂いとがん細胞が放つ匂いが似ており、線虫は健常者の尿を嫌い、患者の尿に好んで集まるという。

 画期的な技術を開発したのは、バイオベンチャー「HIROTSUバイオサイエンス」社の広津崇亮代表である。2015年、九州大学大学院の助教時代に「線虫検査」を発表。翌年独立して臨床研究を進め、今年1月に実用化へとこぎ着けたのである。

 検査は胃がんや大腸がんなど5大がんを含む15種類が対象で、現在、全国9カ所の医療機関で取り扱っている。料金は単独検査の場合は9800円(税別・参考価格)で、他の検査や人間ドックの項目に組み込まれている場合もある。

「線虫は、一度に数十匹を用います。直径9センチのシャーレに、一定濃度に希釈した検体の尿を垂らし、線虫の走性行動を観察するのです。30分ほどで行動は終わり、検査の判定はこれを複数回行なったのち、弊社独自のアルゴリズムで導き出します」(広津代表)


■本誌50代記者が体験


 今回は、実際に50代前半の本誌男性記者が検査を体験。なんと都内の医療機関はすでに先々まで予約が埋まっていたため、大阪のクリニックで「N―NOSE」が含まれる人間ドックを受診することにした。料金は税込9万3500円である。

 採尿にあたって、前日は飲酒禁止。当日も空腹の状態で、検査精度を高めるため、出始めと終わりは採らずに「中間尿」を150ccほど採取し、提出する。検査結果は他の項目とともに約4週間で送付されてきた。

 その報告書には、

〈がんリスクは検出されませんでした〉

 とあったのだが、一方で記者の判定は「リスク低」から「リスク高」へ続く「青」「黄」「赤」のベルトのうち「黄」のゾーンに位置していた。合わせて判定コメントには、

〈線虫が何らかの反応(がんの臭いの方に移動)を示しましたので経過観察が必要です〉

 そう記されていたのだった。広津代表に尋ねると、

「数値が黄色の中心より右側に位置すると『リスクあり』の判定となります」

 とのことで、記者はその位置には達しておらず、まずはひと安心。それでも、

「今後も定期的にがん検診を受け、健康状態に留意されることをお勧めします」

 N―NOSEの感度は平均86%を超え、ステージ0や1といった早期がん発見にも有効。HIROTSUバイオサイエンス社では現在、部位別のがん発見に取り組んでいるという。

「線虫の嗅覚の受容体は約1200個。遺伝子の組み換えによって、特定の匂いにだけ反応しない線虫を作ることができます。同じがん患者の尿でも、部位によって尿の匂いが異なるとも言われています。22年をめどに現在、膵臓がんの早期発見の判定ができる線虫を開発しているところです」

 先ごろ同社は、一部手作業で行ってきた検査工程を、解析装置の導入によって完全自動化。年間100万件の検体解析を目指すという。痛みも煩わしさもない検査が、ますます身近になるわけである。

■血液1滴で検査


 血液1滴によるスクリーニングもまた、大いに耳目を集めている。目下、血中に含まれる「マイクロRNA」(リボ核酸)に着目した早期発見法の開発が各所で進んでいるが、いち早く実用化に踏み切ったのが、広島大学と同大発のバイオベンチャー「ミルテル」社である。現在、確認されているだけでマイクロRNAはおよそ3千種類。がん細胞が出現すると、特定の配列を持ったマイクロRNAが血中へ多く分泌されるため、その有無で判別できるという仕組みだ。同社が開発したミアテストは、全国およそ200カ所の医療機関で受診可能である。

 こうした検査は13年から臨床に導入され、乳がんと膵臓がん、そしてアルツハイマーについて、それぞれ5種類のマイクロRNAの数値を用いてリスク判定がなされてきた。また、単独検査のほか「ミアテストプラチナ」という15種類のがんとアルツハイマーから3項目以上を選択する検査も可能である。

 ミルテル社の創業者である広島大学大学院医歯薬保健学研究科の田原栄俊教授によれば、

「がん細胞は、唾液や血液などに含まれている『エクソソーム』という小胞にマイクロRNAを載せて体内に送り出しています。がん細胞が大きくなると血管を破って血流に乗り、他の臓器に転移しようとしてこのエクソソームを使うのです。ミアテストでは、こうしたがん細胞の習性を利用し、血液から特有のマイクロRNAを見つけるわけです」

 とのことで、

「血液1ccには100億個のエクソソームがあります。約0・2ccの血液から血清、血しょうを採取し、そこからNGS(次世代シーケンサー=遺伝子の塩基配列を高速で解読する装置)で網羅的にRNAを読み取っていきます。私どもはがんの部位ごとにマイクロRNAのデータを持っていて、全部で10万件ほどになる。そのため、部位別の検査が可能なのです」

 本誌の50代後半男性記者は今回、「膵臓がん」「肝臓がん」「胆のうがん」の三つを選択。提携先の東京駅八重洲口近くにある「東京国際クリニック」で受診した。採取した血液は広島のミルテル社に送られ、4週間ほどで結果が出るという。高橋通医科院長に聞くと、

「一般に血液を使ったがん検査は、例えば前立腺に特有のたんぱく質がどのくらい含まれているか調べるPSA検査がありますが、これは他のがんには応用できません。そもそも腫瘍マーカーは、早期発見にはあまり期待ができないのです」

 としながら、

「ミアテストは複数のがん検査が一度にでき、早期発見につながるのが大きな特徴。企業の健康診断などでは通常、おもに3大がん(肺・胃・大腸)を重点的に調べ、膵臓や胆のうは超音波検査があるとはいえ、小さながんを見つけるのは難しい。特に膵臓は発見した時点で進行しており、手遅れになることが多いのですが、その点でミアテストは、普段なかなか診られない部位のリスクを早期に見つけ出すことが可能です」

 肝心の記者の検査結果は、ABCDと4段階あるリスクのうち肝臓がA(最も少ない)、膵臓と胆のうはB(2番目に少ない)であった。先の田原教授が言う。

「AやBの方は現状ではがんのリスクが低く、安心して頂いて構いません。一般にハイリスクとしているのはCとDの判定が出た方で、偏差値の考え方と同じく、このグループにはがんを持っている人が多いと考えられます。ただし、がんが見つかったのではなく、がんが出すマイクロRNAを多く検知したということです」

 ハイリスク判定の場合、経過観察やさらなる個別部位の検査による確定診断が望ましく、

「1センチ以下のがんを見つけられれば大いに意味があります。肺がんはステージ1で5年生存率は8割を超えますが、ステージ2だと4割に下がる。リスクの高い部分を早く特定することが重要なのです」

 まさしく備えあれば憂いなしである。

 さて、同じ血液でも全く異なるアプローチで「超早期発見」に貢献している技術がある。神戸市のバイオベンチャー「マイテック」社が開発した「プロテオチップ」は免疫細胞に着目、わずか3分でがんのリスクを診断できるのだ。

 がん細胞が出現すると、体内の免疫細胞が反応し、攻撃に転じる。この時、がんの死骸の一部であるたんぱく質「ヌクレオソーム」が血中に流れ出すのだが、同社の長谷川克之氏は、

「私たちは、このヌクレオソーム同士を結合させて光らせる『過酸化銀メソ結晶』を開発しました。そして、これを銅合金に固定したのがプロテオチップなのです」

 ここに血液の血清を塗り、紫外線を当てる蛍光顕微鏡で覗く。強く光っていればヌクレオソームが結合しているということで、つまりはがんのリスクが高いことを意味する。

「検査では膵臓がん、肺がん、胃がんなど固形がんについて、ABCの3段階でリスクスクリーニングを行います。がんに関連するヌクレオソームの面積が2万平方マイクロメートル未満はA判定。それ以上はBで、さらに3万以上はCと、最もリスクが高い判定になります」(同)


■「良性」「悪性」の判別も 検査の正答率は90%


 技術が実用化されたのは4年前の夏。現在では、全国六十数カ所の医療機関で受診が可能で、費用は6万円ほど。これまで、およそ5千人のリスクを調べ、がんの早期発見に寄与してきたという。検査に臨んだ本誌40代後半の男性記者は、血を指先に集めるため、まず左手でグーパーの動作を反復。次にランセットという穿刺針で人差し指の腹を突き、容器のキャップの蓋に血を絞り出す。卓上で遠心分離機が回り、血清をチップに垂らしたのち、スタッフが蛍光顕微鏡で解析したところ、数値は「2610平方マイクロメートル」。ひとまずは罹患リスクが最も低いA判定であった。

「通常、PET(ポジトロン断層撮影装置)―CTでは腫瘍が10ミリ、CTでは15ミリくらいから見つかると言われますが、超早期の発見でがんは完治することがある。そこで5ミリでも見つけようというのがプロテオの手法で、検査の正答率は約90%になります」

 すなわちC判定であれば、精密検査で10人のうち9人にがんが見つかるというわけである。精度は極めて高く、同社は現在、この手法をさらに応用し、

「生体検査をせずに腫瘍が良性か悪性かを判別する『リキッドバイオプシー』(液体生検)の実用化を進めています。すでにヌクレオソームの光る波長が、良性と悪性とで異なることを特定しており、これを数値化すれば10分程度でほぼ100%識別が可能となる。何より、腫瘍が見つかって悩む患者さんの負担が軽減されるのです」


■中国、ロシアも狙う技術力


 そんな同社の卓越した技術には、海外からも羨望の眼差しが向けられる。これまでも中国やロシアから業務提携の打診があったといい、

「突然、中国の大学が日本語で電話を掛けきて『我々は“北京の意向”で電話しています』などと、背後に中国共産党がいることを匂わせてきました。またロシアメディアの取材を受けたおかげで元国営企業から長々と英文メールが届いたりしたこともあります。ですが、まずは国内で足固めすべきだと考え、すべてお断りしてきました」

 医療の先端技術が海外に流出しないよう、アベノミクスによる成長戦略を掲げる日本も手を拱(こまぬ)いている場合ではあるまい。それでも、

「昨年は知人を介してサンマリノ共和国からお声がかかりました。私も実際に訪問して温厚な国民性に惹かれ、何かお役に立ちたいと思ったのです。コロナで一時中断していますが、現在、現地でプロテオの事業を始める準備にかかっています」

 前述のリキッドバイオプシーが実用化した後は、新たにがんの部位別リスクスクリーニングの開発に取り組むという。飽くなき探求心が、欧州を席巻する日が来るかもしれない。

「週刊新潮」2020年8月13・20日号 掲載

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