「IWC脱退」「商業捕鯨再開」から1年 日本人はクジラを食べやすくなったのか

「IWC脱退」「商業捕鯨再開」から1年 日本人はクジラを食べやすくなったのか

調査捕鯨で水揚げされたミンククジラ

 昨年6月30日、日本は国際捕鯨委員会(IWC)を脱退した。そして「7月1日から商業捕鯨を再開します」(水産庁)との声に、少なからずの日本人が歓喜の声を上げた。ところが、1年を経て、クジラは我々の口に入りやすくなっただろうか。クジラを扱う店が増えたとも、価格が安くなったとも思えない。果たして、IWC脱退は正しかったのか。

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 まずはIWC脱退までの経緯を振り返ってみよう。日本政府が表明したのは18年12月26日のことだった。菅義偉官房長官は当時、以下の談話を発表した。

「(IWCが)条約に明記されている捕鯨産業の秩序ある発展という目的はおよそ顧みられることはなく、鯨類に対する異なる意見や立場が共存する可能性すらないことが、誠に残念ながら明らかとなりました」

 この通告をもとに、昨年6月末に正式に脱退となり、7月からおよそ30年ぶりの商業捕鯨再開となったのだ。


■IWCとは


 そもそもIWCは、1946年に捕鯨産業の健全な発展を意図して締結された国際捕鯨取締条約に基づき、48年に組織された団体である。当時の日本は戦後の混乱期であり、GHQ支配下にあった。食糧不足だった日本は、GHQの許可を得て捕鯨を復活。南極海へも乗り出していたが、IWCに加盟したのはサンフランシスコ講和条約締結後の51年だ。加盟後も南極海での捕鯨は続けられ、60年には1万3592頭を捕獲している。

 ところが82年、反捕鯨国の工作により、IWCは商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を採択した。もっとも、あくまでも一時停止であり、「1990年までにはゼロ以外の捕獲枠を決定することを検討する」と明記されていたため、日本は商業捕鯨を打ち切り、87年から調査捕鯨をスタートした。むろん、条約の第8条(調査捕鯨の権利)に基づくものだ。

 以来30年以上、モラトリアムは見直されるどころか、94年には南極海全体および南極海に接する南太平洋や南インド洋などの海域にクジラの禁漁区(サンクチュアリ)も採択された。2010年には、反捕鯨国のオーストラリアから調査捕鯨の停止を求め国際司法裁判所に訴えられ、14年に調査捕鯨停止の判決が下された。もはや日本の捕鯨は完全に追い詰められた末のIWC脱退だった。

 それゆえ商業捕鯨再開で、これからは自由にクジラを捕れると思った人は少なくない。当時のNHKの世論調査でも「脱退を大いに評価する」と答えた人が13%、「ある程度評価する」が40%で、評価する人が過半数を超えたのだ。


■商業捕鯨再開で、クジラが減った


 それから1年である。昨年の商業捕鯨の捕獲枠上限は265頭(ミンククジラ53頭、ニタリクジラ187頭、イワシクジラ25頭)だったが、実際に捕獲した数は256頭。今年の捕獲枠上限は295頭(ミンククジラ120頭、ニタリクジラ150頭、イワシクジラ25頭)とやや増えているが、昨年が7月以降の半年間であったことと比べると実質的に同数という。

 では、IWC脱退以前の調査捕鯨はどうだったかと言えば、調査捕鯨停止の判決後の14、15年は調査捕鯨を中止したが、16年以降は新たな調査捕鯨計画(NEWREP-A)を練り直すことで、再開。16年以降は、南極海のミンククジラを捕獲枠上限いっぱい333頭を捕獲していた。それだけでも現在の商業捕鯨よりも多いが、日本は北西太平洋でも調査捕鯨を行ってきた。こちらも敗訴後に捕獲枠を総計380頭から約217頭に減らしたが、それでも、南極海と合わせれば550頭。脱退前は倍近い漁を捕獲していたことになる。

 クジラを捕る量が半分になっては、我々が食べやすくなるはずがない。おまけに捕鯨会社・共同船舶は、鯨肉の付加価値を上げるために卸値を1年後には25%上げるとまで発表している。ますます日本人の口に入らなくなるかもしれない。

「捕獲量が減ったのは半分どころではありません」と言うのは、一般財団法人生態系総合研究所の小松正之代表理事だ。小松氏は91〜04年まで水産庁職員としてIWC年次会合に毎回、出席。“闘う代表理事”として交渉に挑んできた。

小松:私がIWCに出席した頃は、捕獲枠をどんどん引き上げていった。南極海だけでも440頭だったミンククジラの捕獲枠を935頭に、ナガスクジラの枠も取った。さらに反捕鯨国の抵抗により南極海で捕鯨できなくなることを考慮して、北西太平洋の調査捕鯨も始めた。合わせて1400頭だったから、今の5倍近く捕っていたことになる。あの頃のほうがよっぽど商業捕鯨だったと言えるかもしれない。

――去年の商業捕鯨再開で、なぜ捕獲量が減ってしまうのか。

小松:IWCから脱退したからですよ。日本はIWCから脱退した後、商業捕鯨は領海と排他的経済水域に限定して行う、と決めたからです。つまり最大の漁場であった南極海を放棄してしまったためです。

――脱退すれば、どこででも自由に捕鯨できるのではないのだろうか。

小松:「我々は何にも拘束されない」と言い切ってやる手もある。実は、日本が脱退を決めた当初は、そこに期待したこともあった。でもやっぱり、事なかれ主義の官僚では無理なんです。訴えられるのが怖いし、面倒なんでしょ。働かなくたって、給料はもらえるんだから。IWCを脱退するということは、国際捕鯨取締条約という、日本にとって調査捕鯨の守り神を失うことです。結局、堂々と調査捕鯨ができなくなり、他国と争わぬよう、文句を言われない所で、こぢんまりと捕鯨をしていくしかなくなった。北西太平洋にしても、脱退以前から公海と200海里で400頭を獲っていた。しかし脱退したことで、公海で獲っていた200頭分を捨てることになったんです。


■IWC再加入しかない


――しかし、IWCや国際司法裁判所であそこまで追い込まれたら、この先、話も通じないだろう。脱退も仕方なかったのでは?

小松:確かに反捕鯨国のやり方には感心しないところも多い。しかし、日本にも責任はある。IWCで調査捕鯨の捕獲枠を認めさせたら、枠一杯まで獲らなければいけないんです。こちらが調査のために必要な数として、計画を策定したわけだから。私が計画の陣頭指揮を執って、935頭の上限枠(850頭プラスマイナス10%)を認めさせた05年度こそ、853頭を捕獲して目標に達した。しかし、この年の私が水産総合研究センターへ出向させられると、06年度は505頭、12年度は103頭にまで減った。確かに10年頃からはシーシェパードの調査捕鯨への妨害もあり、捕鯨もやりにくくはなったところもあるだろうが、捕獲枠に沿って捕鯨をしていれば、国際司法裁判所でも負けなかったはずだ。減らしすぎたから、オーストラリアから“日本は調査捕鯨などしていない”とツッコまれ、負けたんです。日本はオウンゴールを決めてしまったようなもの。結局、将来のビジョンもなく、IWCから逃げ出したんです。

――とはいえ、商業捕鯨は始まった。

小松:商業捕鯨って何だと思いますか? 商売としてクジラを捕ることでしょう。商売って言うからには、他人様に迷惑をかけず、独立して利益を生み出さなきゃいけない。それには消費者には大衆的な値段で提供されなきゃダメ。安くするには数がなきゃいけない。クジラの捕獲数を増やさなければ、安くなるわけがないし、物量がなければ流通だって壊れます。補助金で補ったところで、原料が届かなければ加工業者だってやっていけない。関連企業は倒産していくでしょう。現在、200海里以内の捕鯨や、南極海や北太平洋で行われている1頭も捕獲しない“目視”調査に、国は年間51億円もの予算を付けている。とても商業と呼べる状態ではありません。

――日本の領海と排他的経済水域だけで、捕獲数を増やすことは可能なのか。

小松:沿岸だけでクジラを捕ったところで増やせるわけがない。政治家も自分の地盤の沿岸捕クジラを守ることしか考えていないけど、クジラというのは大回遊資源ですから。

――では、日本が取るべき道は?

小松:IWC再加入です。もちろんただでは入らない。商業捕鯨のモラトリアムと南極海サンクチュアリに異議を申し立てて再加入するのです。日本は30年も異議申し立てを続けて無視されてきた。しかし、その不当を堂々と訴え、喧嘩しながら、IWC内で活動すれば良い。

――調査捕鯨の復活ですか?

小松:そうです。そりゃあ商業捕鯨復活のほうが耳障りは良いけど、実態のない商業捕鯨よりはマシでしょう。むしろ、これから調査捕鯨は重要視される。温暖化や海洋酸性化が進み、生態系も変わってきている。何よりクジラは多くの餌を食べるので、海の生態系に大きな影響力を持つ。日本でもサケやサンマ、イワシなどが毎年のように不漁になっているが、クジラはこれらも大量に消費する。クジラだけを可愛いから、頭が良いからと、食物連鎖の位置づけから外すのは、かえって生態系のバランスを崩すことにもなる。今こそ科学調査捕鯨が重要になる。新しい形の捕鯨をしていかねばならないのです。でも……。

――でも?

小松:今の政治家や官僚にはできないでしょうね。

週刊新潮WEB取材班

2020年8月24日 掲載

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