藤井聡太棋聖戦、「将棋ソフトが6億手を読んで到達した最善手」が話題 AIが進化しても「超えられない壁」とは?

 棋聖に続き、王位も獲得した藤井聡太二冠。

 棋聖戦では、AI(人工知能)が6億手を読んでからようやく最善手と判断する手を23分で指し、王位戦では、AIの形勢判断では10:90と圧倒的劣勢だった状態から逆転するなど、将棋を語る際に、AIは欠かせないツールになっているようだ。

 チェスの世界では、20世紀末には、ルールによってはコンピュータが世界チャンピオンに勝ったりもしてきたが、盤面がより複雑な囲碁や将棋では、コンピュータがプロ棋士に勝つ日は当分来ないだろう、と思われていた。

 ところが、この数年で、AIが人間のトップクラスの頭脳を凌駕し始めた。

 googleの開発したアルファ碁は、2015年にヨーロッパ王者に勝利したのを皮切りに、2017年にはネット上ではあるものの、日中韓のプロ棋士を血祭りに上げ、60戦無敗。

 将棋では、こちらも非公式戦ではあるが、AIとプロ棋士による「電王戦」が行われており、2016年、2017年は、いずれもAI側が勝利している。

 他のジャンルでも、AIの進化は凄まじい。昨年末の紅白歌合戦でAI美空ひばりの熱唱を見た人も多いだろう。海外では、レンブラントの作品を学習したAIが、3Dプリンタを使って、レンブラントの「新作」を描いたりもしている。

 だが、これらはあくまで何かに「特化」された能力であり、オールラウンドなものではない。計算の速さと正確さで、人間は決して電卓には勝てないが、電卓はその計算機能しかないことに似ている。

「TEZUKA2020」という、AIで手塚治虫の作品を生み出そうとする試みも行われ、「ぱいどん」として作品化もされたが、ここでAIが担ったのは、キャラクター原案などの部分であり、細かいストーリーや作画の大部分は、人間が担当している。

 キャラクターに、手塚作品のテイストはふんだんに盛り込まれているが、コラージュ止まりだと言うこともできるし、ストーリー制作、作画までをすべてAIでこなすのは、まだまだ無理だということだ。

 一定のフィールドに限っていえば、既に人間はAIに勝てなくなっている。そして近い将来、そのフィールドはさまざまなジャンルに広がり、細分化された範囲では、人間は決してAIに勝てない時代が到来するだろう。

 瀬名秀明の『ポロック生命体』という作品集は、そうした「AIが人間を凌駕した」ことが前提の世界を舞台にしたフィクションだ。

 冒頭の「負ける」では、「人工知能が永世名人に恥を掻かせた」という一文で始まるし、「144C」や「きみに読む物語」では、小説の面白さが数値化され、それによって魅力的な物語が生み出される世界が描かれる。表題作の「ポロック生命体」では、ディープラーニングでとある画家の創作を会得したAIが、「新作」を発表する。

 いずれの作品においても、それまでAIには絶対に無理だと思われていた分野で、人間はAIに完敗し、苦杯をなめる。こうなると、もはや芸術や創作に関して、人間は必要ないのではないかとすら思えてくる。

 疲れることを知らないAI同士の対局は、数多の美しい盤面を作り出すだろうし、続きが読みたかった名作の続編も、AIが万人に受けるよう書き継いでくれる。その気になれば、AIダ・ヴィンチが、モナリザを超えた肖像画を描く日も来るだろう。

 生身の人間が、何年、何十年もの苦労を重ねて到達する領域に、AIはあっという間に届いてしまう。それどころか、そこを飛び越えさえしてしまう。

 だが、人は将棋を指し続け、小説を書き続け、新たな芸術作品を創作する。

■AIが進化しても「超えられない壁」


 この作品集で問われているのは、AIと向き合うことによって照らし出される、「人間らしさ」であり、「人間らしさとは何か」である。

 プロ棋士がAIに負けたからといって、将棋の人気が衰えたかといえば、決してそんなことはない。むしろ、AIで将棋を研究し、強くなってきた世代の活躍が、近年の将棋人気を支えている。中継にAI評価が出ることで、素人でも観戦しやすくなった、という側面もあるだろう。

 AIに仕事を奪われるとか、人類が滅ぼされるとか、いろいろなことが言われるが、確かに言えることは、早晩、人間はAIに敵わなくなるが、AIが人間になることはない、ということだ。

 AIの進化を自分たちの進化と幸福のために利用できるのか、限られた面だけに目を奪われ、白旗をあげるのか。

 テクノロジーがどれだけ発達し、どんな局面が訪れようとも、結局、問われているのは、「人工知能」ならぬ「人間知能」の問題で、単純な勝敗や優劣、見かけ上の巧拙ではなく、それまで育まれた想い、費やされた時間、培われた関係など、いやが上にもにじみ出てしまう「人間らしさ」なのだ。

デイリー新潮編集部

2020年8月26日 掲載

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