いわき母子4人刺殺 緑川被告は公判で「事件という気がない。後悔ってのはないです」

「うつくしま百名山」の一つにも指定されている福島県いわき市の水石山。山頂にある「水石山公園」からは、いわきの街並みが眼下に広がり、天気の良い日は太平洋まで見渡せる。今年1月22日の夜中1時半頃、その駐車場から「人を刺した」と110番通報があった。約30分後に捜査員が駆けつけると、通報者の男も首や腹から血を流し、朦朧とした状態で乗用車の運転席に座りこんでいた。そして、車内からは女性と子供3人の遺体が見つかった。

 男は「女性と交際している。心中を図ったが死に切れなかった」と説明した。水石山公園は、亡くなった女性や子供たちが好きな場所だったという。

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 当初、殺人容疑で逮捕された通報者・緑川雅孝(51)は、のちに承諾殺人と嘱託殺人で起訴された。8月5日、福島地裁いわき支部で開かれた判決公判では、懲役8年の判決が言い渡された(求刑懲役10年)。

 証拠などによれば緑川被告は、交際相手だった、いわき市在住の吉川美奈子さん(43=当時)に嘱託を受け、また美奈子さんの子らである、中学3年の歩夢さん(15=同)、中学2年の双子、茅乃(かやの)さん(13=同)、海音(かいね)さん(同)、3人から承諾を得て、それぞれその頸部を順次包丁で突き刺すなどして殺害した。つまり、美奈子さんに心中を持ちかけられ、これに応じたというのだ。

 6月3日に開かれた初公判で、「間違いないです」と起訴事実を全て認めた緑川被告。同月24日の被告人質問では、美奈子さんとの出会いから、事件までを語った。

 小柄で痩せ型、ブルーの長袖ジャージ姿に、頭髪は坊主頭。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、裁判官らはマスクを着用していたが、声を聞き取りやすくするためか、法廷内では緑川被告だけがマスク非着用だった。

 美奈子さんは、緑川被告の経営していたリフォーム会社の元従業員である。徐々に親密になり、休日や年中行事を一緒に過ごすようになる。緑川被告は、今回の事件の被害者となった子供たちの世話もするようになった。お互い離婚した後は、さらに関係を深めていったという。

 2017年5月頃、緑川被告の住むアパートの隣室に美奈子さん家族が引っ越してからは、各々の部屋を行き来しながら食事や寝泊まりを共にし、生活費も譲り合うようになった。

「無責任な発言かもしれませんが、事件という気がない。みんなであの世に行こうと思ってやったという形、大きな事件という意識は……。あのとき、皆で一生懸命考えて、決めてやったこと。後悔ってのはないです」

 被告人質問の冒頭、弁護人から事件についての思いを問われ、緑川被告は訥々と語った。心中は皆の総意であるという主張だ。緑川被告によれば、この決断の背景には美奈子さんが抱えていた2つの問題があったという。

 美奈子さんはこの十数年ほど経済的に余裕がない生活が続いたが、昨年2月に配送センターのパートタイム勤務となってからは、仕事のストレスも抱えるようになった。加えて、同年11月の児童扶養手当法改正により、美奈子さんが受け取る児童扶養手当が減額となった。

 緑川被告「児童手当は美奈の方が詳しいから、こうだ、と言えなかった。配送センターのほうは人間関係を悩んでることとか分かったんで、それに関しては、たとえば、自分より先に入ってた人が仕事をやってくれないとか、上司の人はいい人らで自分のことを気にかけてくれているんだよとか言っていたので、じゃあ、そっちに相談したら、とか、悩んでいる人にはこういうことを言ってみたら、とか、色々話していました」

弁護人「その2つの悩みは美奈子さんが死にたい気持ちとも関係している?」

緑川被告「はい」

弁護人「死にたい願望を抑えるために話を?」

緑川被告「もちろん嫌な気分を抑える意味で話していました」

 昨年末に「死にたい」と自殺願望を口にするようになった美奈子さんに対して、緑川被告なりに心を配っていたようだ。

「やっぱり自殺してほしくはないと、美奈にも子らにも考え直して欲しいとは思ってました。だから、まあ少しでも気分転換になればと思って、会話でもそうですけど、他に何か策はないかという話とか、美奈の気に入ってた靴がボロくなってきてたから、皆と一緒に見に行ったり、気に入ったキャラクターのぬいぐるみを買ってとか、そんなのはやりました」(緑川被告)

 ところが今年1月10日に美奈子さんから届いたLINEを読み、考えを変える。いつものように美奈子さんを気遣いながらLINEを送ると、「自分を褒めてやるわ」と返信が来たというのだ。

「美奈は自分を褒めることをしない人だったんです。ずっと子供の頃から辛い思いしてたんで、いつか見返してやるというか、このまま辛いまま人生終わりたくないという気持ちが強い。だから自分を褒めること、今まで一度も聞いたことがなくて。でも、褒めてきたんで、ああこれは、自分で終わりと思ってるんだなと……」(同)

 こうして、緑川被告は最終的に美奈子さんの自殺願望を受け入れたが、美奈子さんが望んでいたのは子供3人も含めての一家心中だった。

 まず事件の3日前の夜、美奈子さんから「自分だけではなく、子供たちも一緒に殺してほしい」と、その日の心中を持ちかけられた。しかし、緑川被告は一旦これを断った。そして事件前日の深夜、リビングで2人で過ごしていた際、改めて美奈子さんから「5人で一家心中」を持ちかけられた。今度はこれを了承したが、緑川被告は「話をしないままで連れて行くわけにはいかない」と独自の独断で、子供たちに“意思確認”を行うことにしたという。

 結局、事件前日夜と、当日の朝に意思確認をしたというのだが、検察官はこれに疑問を呈した。

検察官「1月21日に心中を始めましたが、意思確認を行ったのは前日と当日ですよね。心中を決断させるにあたり十分な時間を与えたと思いますか?」

被告「……ん〜……ああいう……当日の朝だったんで、これはちょっと……短いと思うけど……私がいない時間が1時間くらいあった……その間にきっと……その内容は私いなかったのでわからないですが、美奈と子供らとで色々話して、結局……決めたんだから、まあ、十分といえないかもしれませんが、少なくとも私が介在しないところで決められる時間はあったと思います」

検察官「子供たちが死ぬことを決めた理由、どうしてだと思いますか?」

被告「母のことが、美奈のことが非常に好きな子らだったので、お母さんがいくならじゃあ私もというのが強かったと思います」

検察官「母とあなたの決断が先にありますが、それがあるから、その他の決断が取れなかったのではないですか?」

被告「そうさせないように話したつもりです」

 こうして緑川被告は、意思確認を終えた3人の子供と美奈子さんと、朝から心中するために出かけた。1月21日は火曜日で、平日だった。そのため美奈子さんは子供たちが通っていた中学校に「家の用事で休みます」と連絡を入れた。次に練炭やロープ、包丁などを購入し、昼過ぎに水石山公園の駐車場に到着した。そして人目に付かない夕方になるのを待った。

「なるべく苦しまない方法を」と選んだ殺害方法だったが、実際は残虐の一語に尽きる。まず、一酸化炭素中毒による心中を目論み、車内で練炭を焚いたが、死には至らなかった。そこで第二の方法として「ロープでの殺害」を実行しようとする。緑川被告は一旦全員を車から降ろし、まず、茅乃さんを車に乗せ、ロープで首を絞め始めた。ところが茅乃さんは苦しむが死に至らない。最終的に「頸部を包丁で刺す」という方法を用い、殺害した。その後、順に車に乗った歩夢さん、海音さん、美奈子さんも、緑川被告に頸部を刺され出血性ショックにより死亡した。

 4人を殺害した後、自分も死のうとした緑川被告だったが、一人だけ生き残り、証言台の前に座っている。心境を問われると、ぼそぼそした声から一転、大きな声できっぱりと言った。

「恥です。死に遅れた、というのは恥だと思います」

 美奈子さんには、他に成人している子供もいた。彼らに3人の子供たちを託すことはできなかったのか。また本当に3人の子供たちは「一緒に死んでもいい」と言ったのか。検察官や裁判官らは再三、問いただしたが、緑川被告は、いまも“5人での心中”することだけが正解であり全員の総意だと思っているかのように、こう語り続けた。

「成人している美奈子の長男に子供たちを預けることを考えると、そのために長男のやりたいことができなくなる、それは避けたいと。長男の人生をダメにするかも」

「子供については考え直したらどうだと言いました。でも答えは変わらなかった」

「美奈の母親に預けるという話はなかったです。美奈は母親のこと、非常に嫌っていた。施設は……施設に入れるんだったら連れて行ったほうがよいと」

 判決で名島亨卓裁判長は「被告人は美奈子さんの親族や公的機関に相談するなど、他の選択を探ることをせず、美奈子さんに同調して、積極的に死を望んでいたと思えない歩夢さんらを巻き込んだ。被告人は自らの判断で子供らに意思確認を行ったが、生活環境や年齢を鑑みるとこれを拒むことはできない。有利に斟酌する事情とはいえない」と、特に子供たちを巻き込んだことについて厳しく非難した。

 緑川被告自身、リフォーム会社の経営状態は思わしくなく、消費者金融や知人らから金を借りる生活を続けていた。事件直前には、その総額は約600万円に膨らみ、美奈子さん同様、生活は困窮していた。貧困によって視野狭窄に陥って、様々な選択肢を検討する余裕もなかったのか。

 3人の子供たちは本当に死んでもよいと思っていたのだろうか。今となっては分からない。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
傍聴ライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)『つけびの村  噂が5人を殺したのか?』など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年8月28日 掲載

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