「帳簿」から垣間見える「遊廓」の日常 「延長サービス」も細目にわたって記録

■500箇所の「遊廓」を訪ね、10年にわたって調査、撮影


 家庭でも会社でも、お金の出入りを記録することは大事なこと。「遊廓」でもそれは同じだった。

「大福帳」と表書きされた和紙の束を見せてくれたのは、全国の元遊廓を撮影している渡辺豪さんだ。この10年にわたって北海道から沖縄まで500箇所を訪ね、このほど写真集『遊廓』を刊行した。

 昭和33年の売春防止法施行から六十数年が経ち、かつての遊廓の建物の多くはすでに取り壊されてしまった。わずかに残る姿でも記録として残したいと、カメラを携えて元遊廓を訪ね歩くなかで、とある元娼家が所有していた貴重な「大福帳」を譲り受けた。

「これは福島県のあるところで大正15年に使われていたものです。中を開くと、日付とお客さんの名前、注文したもの、価格などが筆で記されています。受領印のような赤い判もありますね」

■サイダ、ブドウシ、ツキンライス


 その客がどんな食べ物や飲み物をオーダーして、どのくらいの金額を支払ったのかが一目でわかるようになっている、今でいう入金の帳簿である。

「サイダ、バナナ、ブドウシともあります。サイダはサイダー、ブドウシは葡萄酒、ワインのことでしょう。こちらとは別の、秋田県の大福帳で見かけたのですが、ツキンライスという表記を見かけました。多分チキンライスのことで、訛りに忠実に書かれたのでしょう」

■「金華、秀丸、一力」源氏名にもトレンド


「金華直し」という文言も見つけた。これは?

「金華というのは、担当された遊女さんの源氏名です。源氏名も、秀丸とか一力とか、その当時でトレンドがありそうです。直しというのは時間延長するため更に花代をつけたという意味だと思います」

 カラオケでも興が乗れば「延長」はよくある。昔の遊廓での遊びにも、そうしたことがあるだろうことは、感覚的に想像できよう。

 ある客の欄を見てみると、一二三さんを指名。今で言うお通しの「御酒さかな」として2円50銭、さらに1円30銭の「とりなべ」を注文。そして直し料(延長料金)として40銭で、合計4円20銭とある。当時の物価は米1升が42銭ほどなので、この客は米10升分遊んだということになる。

「こうした大福帳は、今僕が写真でやっている視覚的な遊廓の『記録』をさらに深めてくれる、貴重な第一次資料と言えます。残していてくださって本当に感謝でいっぱいです」

 一方で、遊客の実名が記録されていることから万一の差し障りがあってはいけないとの理由で、遊廓当時の記憶を残したくない、という住人も多く、捨てられてしまうことも少なくないという。和紙は丈夫なので、細かく裂いて手芸用に使ってしまった、という話も渡辺さんは聞いた。

「元遊廓の建物が物語るように、残された資料には、当時の娼妓や娼家の経営者たちが確かにそこに暮らし、働き、生きた証が記されているわけです。住人の方々の高齢化が進み、当時のことを知る人がどんどん減っていくなかで、ますます貴重になっていくと思います」

 かつて公に買売春が行われていたという遊廓を忌々しく思われる方も多いかもしれない。しかし、残された建物や帳簿からは、そこで生きていた人たちの日常が見えてくる。これらもまた先人たちの遺産である。

デイリー新潮編集部

2020年9月1日 掲載

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