アメリカのプロパガンダを垂れ流すNHKの罪 (有馬哲夫早稲田大学教授・特別寄稿)

■アメリカのプロパガンダそのまま


 アメリカが日本占領中に、検閲をはじめとした言論統制などを行っていたことはよく知られている。彼らはそれを「心理戦」と位置付けていた。武力で勝っただけで万事めでたしとせず、日本人の考え方そのものを自分たちの都合のよい方向に変えてしまわねばならない、と考えたのである。心理戦の一環として行われたもので、有名なのがウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)である。

 それがいかなるものか、理解しやすい例が最近テレビで放送された。

 NHKが8月6日に放送した「証言と映像でつづる原爆投下・全記録」。

 この番組はWGIPに沿った典型的な番組だといえる。

 番組内容に触れる前に、WGIPの基本的なポイントをご説明しておこう。占領中に日本人に対して行われたこの心理戦プログラムは、極東国際軍事裁判を受け入れる心理的土壌づくりを目的とし、次のような目標を掲げていた。

 1.日本人が戦争によって受けた苦痛、苦しみはすべて日本の軍事的指導者がもたらしたもので、アメリカに責任はないという考えを周知し定着させる。

 2.広島と長崎への原爆投下は残虐行為であり、アメリカは償いの精神を持つべきだと考えている人々に考えを改めさせる。

 また、とくに占領初期では、次の目標も加わっていた。

 3.日本は無条件降伏したと周知徹底すること。

 戦後75年もたって放送されたNHKの番組は、これら占領中のWGIPの目標を達成するためのプロパガンダを広めようとしていると筆者は感じた。

 これはこの番組に限った話ではない。NHKなど日本の大手メディアが戦争を扱う時のスタンダードだとも言える。

 ではどこがプロパガンダなのか。端的に言ってしまえば、次のようなメッセージを視聴者に送っているからだ。

 I.広島・長崎の惨劇は、アメリカが悪いのではなく、戦争をやめなかった日本の軍部の責任がもっとも大きい。

 II.原爆投下は、それによって日本を無条件降伏させ、戦争を終わらせることができたので正当である。

 これらはいずれも歴史的事実に反する。

 ここで番組側は反論してくるかもしれない。「たしかにそうした見解も紹介したが、異なる立場の意見も紹介している。客観的で公平公正だ」と。

 しかし、たとえば歴史的な事実に明らかに反する内容の証言については、「これは事実ではない」と補足して解説することが必要なはずだ。

 そうしないと歴史に詳しくない視聴者のほとんどは、I、IIのような考え方にも一定の理があるのだろうと受け止めてしまう。そのような構成になっているからだ。

 以下では具体的に例をあげつつ、詳述していこう。

 番組ではアメリカ陸軍のトーマス・ファレル准将の手記をベースにして、「原爆は100万人のアメリカ兵の命を救うものだった」というアメリカ政府の公式見解を補強している。

 事実、ファレル准将は番組のなかで原爆の完成によって「数十万もの若者の命を救う手段を手に入れたというゆるぎない確信が生まれていた」と主張している。だが、そもそもこの人物の証言を紹介すること自体、大いに問題がある。

 原爆開発・投下についての責任者を上から順にあげるとハリー・S・トルーマン大統領(その前のフランクリン・ルーズヴェルト大統領)、ヘンリー・スティムソン陸軍長官、ジョージ・マーシャル陸軍参謀総長、レスリー・グローブス准将、ロバート・オッペンハイマー(マンハッタン計画の現場責任者)となる。

 つまり、このファレルなる人物は、重要な計画や決定には一切関わっていない。しかも彼が述べている「原爆投下正当論」は、歴代のアメリカ政府高官が述べているものとなんら違いがない。

 番組スタッフは、彼の手記がこれまで取り上げられてこなかったと胸を張るのだが、なんら資料的価値が認められないからにすぎない。番組にとって、彼の手記を紹介する価値は、相も変わらぬ「原爆正当論」を述べている点にあったといわざるをえない。

 簡単に言えば、原爆投下の意思決定に関係なく、その経緯を知る立場になかった軍人の言い分を、意味ありげに紹介しただけなのだ。しかし、それによって視聴者は「アメリカ人にとっては若い兵士の命を救う意味があったのかもしれない」と思うかもしれない。多少疑い深い人でも「少なくともアメリカの軍部は当時そう考えていたのだろう」と受け止めるのではないか。

 しかし、この認識もまた間違っている。

 原爆投下は日本を早期終戦に導くために絶対に必要な手段ではなかった。より平和的な手段が存在したにもかかわらず、アメリカ政府には別の意図から原爆投下を選択したのだ。「早期終戦」のためだというのは、当時も建前に過ぎなかったのである。

 このことを私はすでにさまざまな場で述べてきた。最近、ロサンゼルス・タイムズが掲載したことで話題になった歴史学者ガー・アルペロビッツ氏の「原爆投下は必要なかった」という指摘も同様の内容である。アルペロビッツ氏は1960年代からこの指摘をしている。私も、公文書などの記録をもとに検証し、ほぼ同じ結論に至った。以下は、その概要である。


■原爆投下以外の有力な選択肢があった


 終戦間近、原爆の開発に成功したアメリカ側は次の四つの終戦のための選択肢を持っていた。

 (1)本土上陸作戦

 (2)皇室維持を含めた降伏条件(のちのポツダム宣言)を日本に提示する

 (3)ソ連を参戦させる

 (4)原爆投下

 これに対して日本側は次の三つの選択肢を持っていた。

 a.アメリカが主張する無条件降伏をのむ

 b.ソ連を仲介として、皇室維持という有条件で降伏する

 c.一億玉砕するまで徹底抗戦する

 アメリカの「100万人のアメリカ兵の命を救うために原爆を投下した」という公式見解は、アメリカ側の選択肢が(1)と(4)の2択だったことを前提としている。

 しかし事実として(1)〜(4)を選択肢として検討していたのだから、この前提は明らかに嘘である。

 当時、アメリカ側の四つの選択肢と日本側の三つの選択肢と照らし合わせてみて、早期終戦に導く可能性がもっとも高かったのは、(2)であった。

 そのことをトルーマン大統領と政権ナンバー2のジェームズ・バーンズ国務長官はスイスで日本人と接触していたOSS(戦略情報局のちのCIA)からの情報でよく知っていた。

 ちなみに、(3)は7月16日に原爆の実験が成功したあと選択肢からはずされた(したがってアメリカとイギリスはソ連の参戦に同意を与えなかった。つまりソ連は同意なくして勝手に満州侵攻を行った)。

 また、トルーマンは(2)に関して大変なダーティ・トリックを仕掛けた。降伏条件を記したポツダム宣言案から最も重要な皇室維持条項をわざわざ削ったのだ。7月6日にトルーマンがスティムソン陸軍長官から宣言文を受け取ったとき第12条は以下のようになっていた。

 〈第12条、日本人が日本国民を代表する責任ある平和的政府を設立したならば連合国軍は速やかに撤退する。“このような政府がニ度と侵略を希求しないと世界が完全に納得するならば現皇室のもとでの立憲君主主義を含めてもよい”〉(“ ” 筆者)

 これがあれば、日本はすんなり降伏することはわかっていたにもかかわらず、トルーマン大統領(およびバーンズ国務長官)は、最後の一文を7月24日に削除した。そして、同日のうちに原爆投下命令の承認を求めるスティムソンに口頭でOKを言い渡した。ポツダム宣言の発出はその2日後、7月26日である。

 ポツダム宣言発出の前に原爆投下命令を承認したということは、日本がポツダム宣言を受諾しないことが織り込み済みだったということになる。

 なぜ、そのような想定ができたのかといえば、日本が唯一譲ることができないとしていた皇室維持条項を彼が削除したからだ。言い換えれば、原爆を投下するまで日本を降伏させないために、トルーマンは皇室維持条項を削ったともいえる。

 では、なぜトルーマンは原爆を使いたかったのか。それは、第一には、そうすればソ連に参戦を要請する必要がなくなり、共産主義の勢力拡大の機会が減るからだ。第二には、原爆の威力を見せつけることによって戦後の対ソ外交が有利になるからだ。

 これは推測の類ではなく、原爆開発に関わった科学者レオ・シラードの証言もある。彼はバーンズ国務長官に会ったときのことを次のように日記に記している。

「バーンズはアメリカの軍事力を印象づければ、そして原爆の威力を見せつければ、(戦後のソ連は)扱いやすくなると思っていた」

 つまり、トルーマン大統領らは、原爆を使わずとも皇室維持さえ認めれば日本が降伏することはわかっていたのに、戦後、ソ連を「扱いやすくするため」に原爆を使用することを選んだということだ。これらが、アルペロビッツ氏や私が、アメリカが日本を降伏させるうえで「原爆投下は必要なかった」と指摘してきた根拠である。

 原爆をあのような方法で広島・長崎に投下することは、それ自体戦争犯罪だが、日本を降伏させるという目的のためではなく、それとは関係ない戦後の対ソ外交を有利にするという政治目的のために使ったとなれば、その犯罪性は大幅に増すことになる。

 アルペロビッツ氏が膨大な第一次資料を踏まえてこの指摘をしたのは、1965年出版の『原爆外交:ポツダムと広島』が最初だった。しかし、研究者を除いて、半世紀以上も注目されずにきたのは、この指摘がアメリカに都合が悪いからだ。

 これを事実としてしまうと、「100万人のアメリカ兵の命を救うため」には、「数十万の日本人(市民)を殺傷する」ことも「仕方なかった」という主張が根底から覆るからだ。

 実際には、普通の外交を進めれば、「100万人のアメリカ兵」と「数十万人の広島、長崎市民」の命を救えたし、そのことをトルーマン大統領は知っていた。これはアメリカにとって極めて不都合な真実である。

 これを指摘したアルペロビッツ氏は長年、アメリカにおいて「歴史修正主義者」という烙印を押されてきた。

 にもかかわらず、最近になってアメリカのメディアに取り上げられるようになった。それは、原爆投下をめぐるアメリカの世論に大きな変化が起きているからだ。1995年にABC(アメリカ4大ネットワークの一つ)は、原爆投下が必要ではなかったということを示したドキュメンタリ―番組を放送したが、これは高く評価された。その20年後の2015年のピュー・リサーチ・センターの世論調査によれば、原爆投下を正当だと考えるアメリカ人は、65歳以上では70%にのぼったが、18〜29歳は47%となっていた。このままで推移すれば、原爆投下賛成派は少数派になる可能性すらある。

 これは、トルーマン大統領図書館のネット公開文書にも影響を与えている。原爆投下に関してトルーマンに不利ととられる文書は明らかに検索しにくくなっている(ただし、文書があることを知っている人は、検索のキーワードをいろいろ変えてみるなどして見つけられる)。これはアメリカ国内でもトルーマンを見る目が厳しくなっている証拠だ。

 それだけにこの番組の罪は重い。

 被爆国日本の公共放送が、なぜ加害国アメリカでも見捨てられてきているゴリゴリの原爆正当化プロパガンダを日本の視聴者に提供しなければならないのか。いったいどこの国の、誰のための公共放送なのか。

 いまさら歴史的事実がどうこう言っても仕方がないではないか、戦争に負けるとはそういうことだ――こうした意見を目にすることは珍しくない。しかし、再度考えていただきたい。ファレル准将の「証言」を註釈抜きで紹介することに問題はないだろうか。

 現代においても、殺人事件の容疑者が自分なりの「正当性」を主張することは珍しくない。被害者のほうに落ち度があったとか、被害者が先に酷いことをした、といった主張である。

 しかしメディアの側は、その主張の正誤をチェックする必要がある。あまりにも事実とかけ離れた主張であれば、「容疑者はこのように言っているが、事実とは言えない」と言い添えるべきだ。そうしなければ、被害者は死後さらに貶められることになる。

 ファレル准将に関して言えば、容疑者本人ではなくその知人レベルの知識しかない立場だった。その人物の証言を重要であるかのように流すことは罪深い。

 視聴者のほとんどはファレル准将が実は、原爆投下決定に関与していないということを知らない。彼はただアメリカ政府の公式見解を信じ、喋っているだけだ。

 これは殺人犯(の知人)の勝手な主張を垂れ流すこととどこが違うのだろうか。

 この番組にはほかにも問題点がある。以下は次回に譲ることとする。

有馬哲夫(ありま・てつお)1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『日本人はなぜ自虐的になったのか』『原爆 私たちは何も知らなかった』など。

デイリー新潮編集部

2020年9月9日 掲載

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