「神の手」旧石器捏造事件から20年 今だから話せる“世紀の大スクープ”舞台裏

 人にもよろうが、40年近く報道の仕事をしている筆者が「平成以降で日本最高の特ダネは?」と問われれば(1)毎日新聞の旧石器発掘捏造事件(2000年)(2)朝日新聞の大阪地検特捜部証拠改ざん事件(2010年)と答える。

 9月15日、NHK・BSプレミアムの人気番組「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」で(1)が詳しく放映された。番組で旧石器発掘捏造事件のスクープを振り返っていた元毎日新聞北海道報道部デスク・山田寿彦氏は、筆者の北海道時代からの友人である。社の取材班とともに栄えある新聞協会賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、菊池寛賞も受賞したが途中退社し、今は札幌で鍼灸マッサージ業を営む変わり種である。

 事件を簡単に振り返る。

 1981年、宮城県岩出山町の座散乱木遺跡で、東北旧石器文化研究所の民間考古学研究者F氏が4万数千年前の地層の旧石器を発見して脚光を浴びた。それまで3万年前までしか遡れなかった「日本人の痕跡」が一挙に遡ることになった。3万年以上前に日本人が生活していたかどうかの「前期旧石器時代存否論争」は終結したとされた。93年にはF氏が手掛けた宮城県築館町(現・栗原市)の高森遺跡で50万年前にさかのぼり、その後も北海道や埼玉県でも旧石器が見つかり、「日本人の痕跡」は次々と古くなってゆく。同じ築館町の上高森遺跡では遂に70万年前とされた。「北京原人より日本原人がいた可能性」が教科書でも記述され、日本列島は空前の「原人ブーム」に沸く。東北の小さな町は「旧石器遺跡の町」として町興しも一挙に活気づいた。

 次々と旧石器を発掘するF氏は「神の手」と呼ばれ、考古学界の英雄だった。

 ところが2000年11月、毎日新聞が「上高森遺跡と北海道新十津川町の総進不動坂遺跡から発掘していた旧石器は事前にF氏が埋めていたもの」との内容を一面トップですっぱ抜いたからたまらない。大騒ぎとなった学会が再検証、発掘された石器を調べると後世でしか存在しない鉄で引っ掻いた痕跡が見つかるなど、F氏のかかわった全国42か所の遺跡からの旧石器のほとんどがインチキと判明したのだ。

原人ブームもあっという間に去り、日本列島に人がいた痕跡は結局3万年前ほどに戻された。捏造発覚は学校教科書を書き替える非常事態となった。

 さて、番組には登場しなかったが、立花隆氏が「日本ジャーナリズム史に残る完璧なスクープ」と絶賛したスクープのきっかけは、毎日新聞の北海道内の通信部の記者が札幌の上司・真田和義報道部長に「あんなことはあり得ない。絶対にインチキだ。調べたほうがいい」とメールしたことだった。この記者も小生の友人である。大スクープの名誉を語りたがらないが、ある時「特段の証拠があるわけじゃなかったけど、常識的にあんなことはあり得ないと思って連絡していたよ」と語ったことがある。専門ではないが考古学は好きだったという。

 そこから山田寿彦氏をキャップにした取材チームが編成され、「世紀のスクープ」が成就した。しかし筆者のいた通信社なら地方記者が同じようなことを訴えても「何の証拠があって言うんだ。そんなのは文化部の仕事だ」くらいで終わるだろうし、他の大マスコミも大差なかろう。毎日新聞社内の「風通しのよさ」を感じたものだ。

しかし山田氏は筆者に「風通しがいいというよりは、当時の真田報道部長のおかげなんですよ。番組では出なかったけど」と話した。「真田部長は『失敗したら俺が責任取るから』といって大金使っても徒労になるかもしれない取材を進めさせてくれたんです」と語った。

 取材班は最初に大失敗した。2000年9月、チームは捏造の証拠を押さえようと高橋宗男記者とカメラマンらを総進不動坂遺跡に配備した。早朝、あたりを警戒しながら現れたF氏は腰をかがめてスコップで土を堀り、何かを埋めるような不審な行動をとった。

 取材陣は気づかれないように息を殺して撮影した。動画は捏造の完璧な証拠のはずだった。ところが動画を担当した高橋記者は慣れないビデオカメラの扱いに失敗、何も映っていなかった。

■すべてを失ったF氏は


 番組では「お前なんかクビだ」と怒ったと振り返っていた山田氏は笑って語る。

「一回目はレンタルのビデオカメラを借りたのですが高橋記者の練習不足。でも失敗したことより、高橋記者にちょっと遊び気分で出張していたようなところがあったから、それ見たことか、と僕の怒りが爆発したんですよ」。

 社内ではぼんやり映っていた他のカメラマンの望遠写真で「何とか記事にできないか」と言われたがそれでは弱い。その年の道内での発表は総進不動坂が最後。取材継続するとなると本州へ取材チームを派遣することになる。

「失敗した時点で100万円くらい使っていた。また金かけて出張させて撮影できなかったらどうするか心配でした。それを通してくれた真田部長のおかげです」と山田氏は強調する。

 取材継続に向けて20万円以上する機種を購入、記者たちは「今度こそ」としっかり練習した。そして10月22日、今度は宮城県の上高森遺跡。午前6時20分。あたりを警戒しながらF氏が現れ土を掘り持ってきた石器数点を埋めた決定的場面の動画撮影に成功した。

 F氏にぶつける役は山田キャップが担当した。しばらくよもやま話をした後、おもむろに「ちょっとこれを見ていただけませんか」とビデオ画像を見せた。F氏は愕然とうつむき呻くように「皆々ではない」といった。全部が捏造ではないとしながら上高森と総進不動坂の二か所の捏造を認めた。しかしその後、彼が関わってきた遺跡の石器はすべて捏造だったことが判明した。脚光を浴びた上高森遺跡や座散乱木遺跡などは文科省の旧石器遺跡の指定を外され、今は跡形もない。
 
 考古学会では長く「遺跡からの発掘物は出てきた地層の時代のもの」という固定観念が支配した。これがF氏に逆手に取られた。それだけに早くからF氏の発見に疑問を持っていた考古学者・竹岡俊樹氏による番組での「江戸時代の地層から携帯電話が出るようなもの」という言葉は面白かった。

「アナザーストーリーズ」では毎日新聞の仙台支局から発掘現場に熱心に通い「大発見報道」を続けてしまった内藤陽記者が「私は嘘を書いてきた。これは一生背負っていかなくてはならない」と悔いる様子が印象的だった。山田氏は「彼は本当に正直ないい男でしたよ」と振り返るが、大発見報道は内藤記者に限らず全マスコミがやっていたのだ。

 F氏が立ち会う発掘現場では必ずと言っていいほど「大発見」があった。それを記者たちは不自然だとは思わなかったのか。考古学の権威がこぞって「F氏なら間違いない」と太鼓判を押し、報道陣はそれを信じ込んだ。日本人はかくも権威に弱い。
 
 仮に筆者がF氏なら多少「空振り」を織り交ぜ、「本日はお集まりいただきましたが駄目でした」くらいの芝居も打っただろう。毎度、毎度の「大当たり」はどうみても不自然だが、それが通ってしまっていたのだ。

 すべてを失ったF氏はその後、自ら右手の指を切り落とした。「神の手」の指だ。

 退院した頃に会いに行った山田氏は「右手を木の切り株において左手に持った斧を打ち下ろしたそうです。右手は親指だけ残っていた感じでした。F氏は『自分は多重人格障害だと主治医に言われた』などと盛んに言ってましたが、右手だけが別の人格を持っていたと言いたかったのでしょう。F氏もいつかはばれると思っていたかもしれない。ばれた時は『今回だけ魔が差した』ということにしようとあらかじめ思っていたような気がします」と振り返る。

 F氏はその後、公務員だった妻と離婚し、別の女性と再婚、現在はその女性の姓に変えてひっそりと暮らしているという。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月21日 掲載

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