3万人から2000億円 「豊田商事」になぜ多くの人が騙されてしまったのか?

3万人から2000億円 「豊田商事」になぜ多くの人が騙されてしまったのか?

メディアも側で見つめていた”凶行”

■千昌夫のディナーショー、横山やすし、ラッツ&スター


 家庭用磁気商品の販売預託商法で多額の現金を集めた「ジャパンライフ」(破産手続き中)をめぐる詐欺事件が話題だが、衝撃性という意味で「豊田商事事件」ほど人々の脳裏に焼き付いたものもないだろう。1985年6月18日、永野一雄会長(32)=当時=が白昼の凶刃に斃(たお)れるまで、豊田商事は金のペーパー商法で、3万人から2000億円をかき集めた。その騙しの舞台装置として、芸能人が登場するパーティーなどが絶大な効力を発揮していたのだ。(以下は「週刊新潮」2015年8月6日号掲載記事を再編集したものです)

 刺殺事件から2年前の2月のことである。豊田商事がチャーターした1万トンの豪華客船が、名古屋港を静かに離れた。

「東海3県から700人を集め、“特別価格で金を”と持ちかけていたんです」

 と言うのは、当時を知るジャーナリスト。契約したところで金の売買などは行なわれないのだが、ひとまずそれは措くとしよう。

「言うたら、船の上でやる“金の即売会”みたいなもんですが、そのハイライトが、千昌夫のディナーショーだったんですよ」(同)

 また、事件発生の1カ月ほど前のこと。豊田商事が冠スポンサーを務めるイベントに横山やすしやラッツ&スターが呼ばれ、客寄せパンダを演じている。

「なぜ……」

 と、破産管財人のひとりの児玉憲夫弁護士が話す。

「これほど多くの人が騙されてしまったのか。そこには、豊田商事の巧みな戦略があったんです。その一が『豊田』という名前。日本人なら誰しも、トヨタ自動車を思い浮かべ、潜在的に安心感が生まれる。その二が磨きのかかったセールス・トークと役割分担。まずテレホン・アポインターが電話で感触を探り、それが良ければ営業専門の社員が訪問する。最後は本社や支店に呼んで、また別の社員が応対・契約する。被害者の多くが高齢者だったなか、組織的な詐欺だと見抜くのは難しかったことでしょう」


■「絶対に契約を取る方法がある」と教え込まれたセールスマンは3000人


 幹部から「絶対に契約を取る方法がある。それは契約するまで家を出んことや」とたきつけられたセールスマンは、ピーク時で3000人。

“ピラニア軍団”、“神風部隊”と自称した彼らに永野は、「固定給+最高30%の歩合給」という超厚遇で応えた。結果、20代の1億円プレーヤーもちらほら生まれている。

 被害者弁護団のメンバーだった大深忠延弁護士によると、

「彼らの手口は巧妙でした。実の子供より親切に接するような者もいて、“俺のことを息子と思ってくれていいから”と一緒に焼肉を食べに行ったり、添い寝をしたりした輩もいたそうです」

 先の児玉弁護士はこう見る。

「本社などの所在地は一等地にあって、これ見よがしに金の延べ棒が置いてある。もっともこれはニセモノだったのですが。社員のスーツ姿を見て、“ちゃんとした会社なんだな”と思ってしまう。そして、特筆すべきはグループ会社や関連会社の多さで、事実、120近くもありました。ほとんどがペーパーカンパニーだったとはいえ、組織表を見せられたら、 “こりゃ一大商社や”と勘違いしてしまうこともあったのではないか」

 では、濡れ手で粟のペーパー商法にも触れておこう。

 ありもしない金地金を顧客に買わせたことにして、「現物は会社で保管・運用」し、1年または5年後にこれを返還すると伝える。

 そのうえで、この間の配当金として、購入額の10%(1年契約)から15%(5年契約)相当を支払うという条件で、「純金ファミリー契約」に加入させるのだ。

 さらに、1度目の配当金は契約締結時に支払うことになっている。すなわち、金地金を時価の1割から1割5分引きで購入でき、その後も金の値上がり益と配当金を狙えるという話なのだ。
 
 顧客のもとに残された証書にはむろん、何の裏付けもない。しかし、これが客には単なる紙切れに見えなかったのは、先述したとおり、豊田商事の化けの皮の分厚さ故に他ならない。


■「この部屋に豊田商事の会長が住んでいたことはもちろん知っているし」


ところで、永野刺殺事件の実行犯はどうしているのか。

 主犯として懲役10年の判決を受けた鉄工所元経営者は、近畿地方のある都市で、3DK約7万円のアパートに暮らす。

「70代の奥さんと一緒です。入院していたこともありますが、今は元気ですよ」(近隣住民)

 その一方で、共犯として懲役8年の判決が下った元従業員。服役中に同房だった男の証言によると、

「毎月、母親が1万円ほど送ってきてた。“俺は刺してへん”が口癖やったな」

 出所後は大阪市内で生活していたが、10年ほど前に中国地方へ引っ越したという。

「事件を起こしたのは皆知ってました。20ほど年の離れたえらい別嬪さんと結婚して子供が5人おったわ。ここでは麻雀店を切り盛りしとった」(大阪時代の知人)

 ちなみに、当時、永野会長が住んでいたマンションの一室は何度も転売されている。そこに住むオーナーに話を聞いた。

「この部屋に豊田商事の会長が住んでいたことはもちろん知っているし、襲われたことも知っていますよ。でも、そんなの全く気にしてませんよ」

「今の時代、老人の孤独死だったり、子供が虐待死だったり、どこにでもあるでしょう? 少し前には親子で餓死した事件もあったし。だから、ある意味、人が死ぬのって日常的なことだと思うんです」

「そして、事件なんて日本中どこに住んでいてもある。さらに言えば、大阪は『夏の陣』だってあったわけでしょ? 考え方によっては、何百、何千の人が死んだ場所にウワモノを建てているわけですから、どこに住んだって同じですよ」

「だから、この部屋で豊田商事の会長が死んでいても関係ないんですよ。それに、厳密に言えばこの部屋で死んだわけではなく、救急車で搬送された後、病院で息を引き取ったわけでしょう? だから何とも思いませんね。ま、幼い子供が亡くなっていたら、ちょっと嫌だなって気はしますけどね」


■「永野のデスクの抽斗(ひきだし)には、『銀河鉄道999』の漫画が…」


「この部屋は、僕がオーナーになって8〜9人目くらいなんじゃないかな。前のオーナーが部屋をリノベーションしてくれて、床もフローリングでピカピカだし、壁も綺麗で3LDK。トイレもウォシュレットがついているし、風呂も自動です」

「なおかつ食洗機まであるから、すごく快適です。この部屋を選んだ理由は、単純に快適で便利だから。商店街も近いし、駅からも近い。いい物件だと思ってますよ」

「当初、この部屋は2200万円で売りに出されていたんですが、リーマンショックが起きて売れなくて、1800万円まで下がりました。で、このとき僕が買うことになったんですが、交渉して1600万後半くらいで買いました」

「もちろん、不動産屋さんからこの部屋で事件が起きたことは聞かされましたよ。でも、“別にいっか”と思って。今日、事故物件なんて山ほどあるわけだし、たまたまこの部屋は事件が事件だっただけに有名になっただけでしょ」

「“お前、よくそんな物件買ったな”って言ってくる友達もいましたが、僕は気にしてません。幽霊なんて勿論出ませんよ(笑)」

「ただ、一度だけどこかのウェブサイトの人がいきなり来て、“ホラー特集をやりたいので、部屋の中に定点カメラを置かせてくれ”って言ってきたんです」

「断ろうかなーとも思ったんですが、面白そうだし、むしろ幽霊がいるなら見てみたいと思って、“いいですよ”と(笑)。でも、結局何も映りませんでした。むしろ、永野一男の霊がいるなら出てきてほしいですけどね」

「今後売る可能性? うーん、僕が買った値段より高く売れるのであれば、考えないでもないですね」

最後に、先の児玉弁護士がこんなことを打ち明ける。

「永野のデスクの抽斗(ひきだし)には、『銀河鉄道999』の漫画が、20冊ほどズラッと並んでいました」

 アニメ版『999』の主題歌の一節にはこうある。

 ひとは誰でもしあわせ探す旅人のようなもの――。醜い策謀を弄したばかりに、不幸まで背負いこんだ永野の人生を知る者として、これほど皮肉な“遺品”もあるまい。

週刊新潮WEB取材班

2020年9月21日 掲載

関連記事(外部サイト)