菅首相肝入り「ふるさと納税」と鉄道の意外な関係 世田谷区が550万円集めてやった事

 安倍政権が幕を下ろし、9月16日には菅義偉首相が新たに誕生した。

 2006年に第一次安倍政権が発足した際、菅氏は総務大臣として初入閣。総務大臣に就任すると、ふるさと納税の創設を表明する。

 ふるさと納税は2008年度からスタートし、そうした経緯から菅首相は永田町界隈で“ふるさと納税の生みの親”と呼ばれる。総裁選や首相の新任会見で、繰り返しふるさと納税に言及したのはそれゆえだ。

“納税”という名称がついてはいるものの、ふるさと納税は寄付として扱われる。制度開始から12年が経過した今は誰もが知っているが、当初は認知度が低く寄付は思うように集まらなかった。それでも歳月とともにふるさと納税は広まり、賛否が飛び交いながらも現在は5000億円規模にまで拡大している。

 ふるさと納税を語る上で、自治体が用意する返礼品の数々に触れないわけにはいかない。ふるさと納税ほしさから、地元と関係がない高級家電や換金性の高い金券類を贈る自治体が相次ぎ、これらは世間の注目を集めた。Amazonギフト券を返礼品に用意したことで、500億円ものふるさと納税を集めた大阪府泉佐野市は記憶に新しい。

 他方、総務省はこうした返礼品でふるさと納税を募る行為を問題視。是正措置として、総務省は繰り返し制度設計を変更している。

 総務省に反発した泉佐野市のような自治体もあるが、大半の自治体は総務省の意向に従った。そして、地場産業の支援を兼ねた返礼品を贈っている。そうした返礼品の中には、鉄道にまつわるものも多くある。

 ふるさと納税のポータルサイトに「鉄道」と打ち込めば、「記念切符セット」や「鉄道グッズ」といった関連商品、または「観光列車の旅」や「一日車掌体験」といった現地に足を運ばせるツアーのような返礼品が山ほど出てくる。これらの返礼品は、経営が厳しいローカル線を金銭的に支援する意味を含む。

 他方、ローカル線の支援といった目的のほかにも、鉄道関連の返礼品はいくつかある。

 数ある鉄道関連の中でも、特にユニークと思われるのが埼玉県鶴ヶ島市の返礼品だ。鶴ヶ島市には、KATOブランドで知られる鉄道模型メーカーの関水金属が工場を構えている。そうしたゆえんから、鶴ヶ島市はふるさと納税の返礼品としてKATOのNゲージ・HOゲージをラインナップとして揃える。

 NゲージもHOゲージも鉄道模型の規格を表すもので、Nゲージはレールの幅が9ミリメートルであることから、NINE(=9)の頭文字をとってNゲージと呼ばれる。日本国内では、Nゲージが鉄道模型の主流の規格として定着している。

 同じくHOゲージも鉄道模型規格のひとつで、こちらはNゲージよりもサイズが一回り大きい。

 返礼品として鉄道関連グッズを贈る自治体もあるが、ふるさと納税を集める手段として鉄道を主題にしているケースもある。

■世田谷区のプロジェクト


 鉄道をテーマにふるさと納税を積極的に活用しているのが、東京都世田谷区だ。世田谷区は、東急世田谷線の宮の坂駅前に旧玉川電気鉄道の車両を保存・展示している。世田谷線の前身である玉川電気鉄道は、今でも地元住民に親しまれている。

 同車両は玉電で役目を終えると、江ノ島鎌倉観光(現・江ノ島電鉄)で活躍した。1990年に現役を引退した後は、世田谷区に里帰りした。

 宮の坂駅前の展示スペースには屋根がなく、雨ざらし状態だった。決して保存状態がいいとは言えず、腐食は進んでいた。2015年頃には車体にサビが目立つようになり、地元住民から展示車両の再塗装を求める声もあがるようになった。

 再塗装費用は、約660万円。世田谷区はそれを捻出できず、展示車両はそのまま放置される。

 ふるさと納税が開始されると、世田谷区は割りを食って多額の住民税が流出するようになる。和牛やマグロといった目を引くような返礼品がない世田谷区には、ふるさと納税を集める手段がなく、悔しい思いを抱いていた。

 対抗手段として、世田谷区は保存・展示車両の塗装費用を集めるプロジェクトを2018年に立ち上げ、ふるさと納税を募った。結果的に目標金額の660万円は達成できなかったものの、約550万円をふるさと納税で集める。それを原資として、世田谷区は宮の坂駅前に展示・保存していた旧玉電車両をお色直しする。

 世田谷区は次なるプロジェクトとして、世田谷公園内に展示・保存しているSLのD51の再塗装・修繕費用をふるさと納税で集めている。このように、ふるさと納税と鉄道の関係は返礼品だけにとどまらない。

 世田谷区が活用しているふるさと納税は一般的に個人が地方自治体に寄付する制度だが、2016年からは企業が自治体へ寄付をする企業版ふるさと納税(正式名称:地方創生応援税制)がスタートしている。

 ふるさと納税は総務省の所管で、企業版ふるさと納税は内閣府が所管している。細かい部分で差異はあるが、どちらも地方自治体に寄付をすることは変わらない。

 そして、企業版ふるさと納税でも鉄道に関連した事例がある。兵庫県加西市は、企業版ふるさと納税を活用して市内を走る北条鉄道の行き違い設備を整備した。

 北条鉄道は総延長が約13.6キロメートルのローカル線で、隣の小野市にも一部の駅が所在している。とはいえ、大半の区間が加西市にあるので、加西市にとって欠かせない公共交通機関といえる。

 北条鉄道は全線が単線区間のため、それまで列車を行き違いさせることができない。それが、列車を多く運行することができない理由になっていた。

 朝夕のラッシュ時間帯でも1時間に1本の運転しかできないため、通勤には不向きだった。それが通勤利用を阻む理由だったため、加西市と北条鉄道は状況を改善するべく、中間地点にあたる法華口駅で列車を行き違いさせられるように改良工事を計画。その工事資金を企業版ふるさと納税で集めることにした。

 行き違い設備の総工費は、約1億6200万円。そのうち企業版ふるさと納税で6200万円を賄い、残りは国・兵庫県・加西市の3者が助成した。

 行き違い設備の完成によって、北条鉄道は9月1日にダイヤを改正。朝3便・夕2便が増発した。加西市から通勤・通学できるような環境が整ったことで、流入人口を期待するとともに若者の転出を防ぐ狙いもある。

 コロナ禍で財政が苦しい自治体・ローカル線は多い。ふるさと納税・企業版ふるさと納税で現役の鉄道路線は救われるのか?

 ふるさと納税の生みの親でもある菅氏が首相に就任したことにより、ふるさと納税に注目が集まる。

小川裕夫/フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

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