証拠改ざん「郵便不正事件」から10年 村木厚子さんと有罪“係長”の不可解な関係

証拠改ざん「郵便不正事件」から10年 村木厚子さんと有罪“係長”の不可解な関係

村木厚子さん無罪判決後の会見。右は弘中惇一郎弁護士(2010年著者撮影)

 厚労省の村木厚子局長(当時)を郵便不正事件で起訴した大阪地検特捜部が証拠を改ざんしていたことが、朝日新聞の大スクープで発覚して10年。

 濡れ衣で大阪拘置所などに約五か月間も勾留される苦難を体験した村木氏は復職後、省庁トップの事務次官を務めて退職。現在は伊藤忠商事など一流企業の社外取締役や津田塾大学の客員教授となり、新型コロナウィルス対策で中止されているが講演などにも引っ張り凧だ。10年を回顧する東京新聞(9月21日付け)のインタビューで「すべての事件に(取り調べの録音・録画を)広げないと。(取り調べでは)弁護人の立ち合いを認めるべきです。」などと語っている。

 10年前、筆者は大阪地裁でのこの事件の公判をすべて傍聴した。(判決日は抽選に外れた)。大阪司法記者会の記者以外ですべて傍聴したのは筆者の他、ジャーナリストの今西憲之氏と江川紹子氏だけだった。女性編集者を同伴して確か一度しか来ていない司法問題の大御所、魚住昭氏が『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)を上梓したのには驚き、羨望したものだ。

 郵便不正事件は「よくそんなこと思いつくな」と感心する巧妙な犯罪だ。障害者、中でも盲目の人のための郵便書類は点字になるために嵩張る。郵便料金も高いので認可された障害者団体などには厚労省の証明書で割引された安価な郵便代が認められる。

 ここに着目したのが「凛の会」という自称障害者団体。割引制度が利用できる許可証を得て、ダイレクトメールを扱う企業から「安く送れますよ」と郵便物を募集して差額から巨額の利益を得ていた。

 許可証を発行できる立場だったのが当時、厚労省の社会・援護局障害保健福祉部の村木厚子企画課長。2009年6月、大阪地検特捜部は、「凛の会」のために偽の許可証を発行したとして彼女を「虚偽公文書作成・同行使」の容疑で逮捕、起訴した。

 身に覚えのない村木氏は一貫して否認した。大阪地裁の裁判では村木氏の主任弁護人だった「無罪請負人」弘中淳一郎弁護士(最近はカルロス・ゴーン氏の元弁護人として知られる)の鋭い弁護活動から捜査側の矛盾が次々と暴露し、2010年9月10日に村木氏は無罪判決を得た。

 ところが9月21日、特捜部の前田恒彦主任検事が、証拠物のフロッピーディスク(FD)を改ざんして日時を捜査の見立てに合わせたことが朝日新聞社のスクープで判明。前田検事はその日に証拠隠滅容疑で逮捕され、後に有罪確定。上司だった大坪弘道特捜部長と佐賀元明副部長の二人が「前田検事の犯罪を知りながら隠した」との犯人隠避容疑で逮捕され有罪となり、三人は解雇された。当時の検事総長は引責辞任した。(大坪氏と佐賀氏の公判で筆者は二人に適用した犯人隠避罪には無理があると執筆していた。世の批判をかわすための最高検による無理筋のトカゲのしっぽ切りだった)。

 大阪地検が上訴断念した日の朝刊に掲載された朝日新聞の大スクープは、平成以降、毎日新聞の「旧石器発掘捏造事件」(2000年)と並ぶ最高レベルの特ダネだ。

 村木氏の長期裁判が終わり安堵したのもつかの間、筆者は朝日新聞の追っかけ取材で慌てて上京し刑法・刑事訴訟法の権威、土本武司氏(当時は白鴎大学教授)の自宅に赴き解説してもらい、さらに拙著『検察に、殺される』(ベスト新書)の企画で郷原信郎弁護士と対談するなど走り回った。

 霞が関の局長クラス(村木氏は逮捕時、局長だった)の逮捕で手柄を上げようとした大阪地検のトンデモ事件であることは論を俟たないが、ここでは別の観点から二つ記す。


■検察の「作りすぎ」に助けられた村木氏


 この事件、村木課長の部下のK係長が、凜の会から許可証の発行を頼まれ、最終的にはこっそりと課長の引き出しから印鑑を出して許可証を作って渡してしまっていた。特捜部に押収され改ざんされたFDには許可証の作成過程が残っていた。部下に勝手に印鑑を使われたとはいえ、監督不行き届きで村木氏は2012年に訓告処分を受けている。

 一方、偽許可証に村木氏の押印があったことに色めき立った特捜部。前田検事はさらに「凜の会」の会長がかつて民主党副代表の石井一参院議員の秘書だったことに注目した。会長に頼まれた石井が、村木課長の上司の部長を通じて「許可証を出してやって」と頼み、村木課長がKに作らせたという筋書きを捏造する。

 ところが検察のストーリーで石井が会長に対面したとされた当日、石井は成田市でゴルフをしていて会えたはずがないことが、石井の几帳面な手帳から判明する。検察の筋書きは音を立てて崩れていった。

 要は、前田が「作り過ぎた」のである。では、仮に作りすぎなかったらどうなったか。偽許可証に村木課長の印鑑が押してあったことは事実だ。これを彼女が「自分が押したのではない」と証明することは容易ではないはずだ。このため証明できずに有罪になってしまった可能性もある。ひょっとすると村木さんは前田がストーリーを作りすぎたことに助けられたのかもしれない。


■欲しかった部下との会話


 もう一つは、村木課長とK係長の間に多少ともコミュニケーションがあれば郵便不正事件自体が起きなかったという感慨だ。公判の傍聴中、筆者は「同じフロアに居てなんと二人にコミュニケーションがないのか」と首をかしげていた。普通の会社でも課長と係長なら、間に課長補佐がいてももうすこし会話があるはずと不思議だった。

 前田と並び、悪質だった國井弘樹という検事に密室で脅され「課長が関わっている」と虚偽供述をさせられたKは法廷で気の弱そうな男に見えたが悪党には見えなかった。

 慣れない予算関連の仕事が溜まり、凜の会に依頼されたことは後回しになった。会からせっつかれたKは上司に印鑑を押してもらうことが億劫になり、勝手に発行してしまったとされる。しかし「課長さん、印鑑押してください」とも言えない関係だったのか。もっとも村木氏が自ら精査すれば、凜の会が割引を使える証明書を発行するに値しない団体であることは判明しただろう。

 村木厚子氏が出世欲から上ばかり見ていたとは思わない。ただ夫も同じ厚労省の審議官というエリートだった。それもあってか、大臣折衝や政治家との折衝などでそうした場に始終、駆り出されていたようだ。人柄もよく「働く女性の星」などと障害者支援団体などからも評判だった彼女を厚労省は対外的にも積極的に使いたかった。

 しかし、結果的には仕事を抱え込んで悶々とする足元の部下に目を配れなかった。多忙な上、女と男だから気安く「Kさん、ちょっと飲みに行きましょうか」とはならなかっただろうが、もう少しKを見てやれなかったか。正直な村木氏はある日の法廷で「私がもっとKさんと話したりすればよかったのですが、忙しくてできなかった」とコミュニケーション不足を強く悔いていた。

 筆者は当時からKが気になっていた。強引な取り調べはもちろん、「凛の会の申し出を受けてもさして個人的にメリットもないのになぜ、偽証明書なんか作ってしまったのですか」など、心情を聞きたく、ある時、大阪地裁の廊下でKに名刺を渡したが手を振って受け取ってももらえなかった。

 逮捕時のKは40歳だったから今、50歳を過ぎた頃か。虚偽公文書作成・同行使罪の有罪確定で解職された。どこでどうしているのだろう。(一部敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月5日 掲載

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