「その服、似合ってるね」はセクハラか? 「パワハラ、セクハラ」の境界線を弁護士が解説

パワハラやセクハラの境界線を弁護士が解説 セクハラは相手が「不快だ」と言えば成立

記事まとめ

  • パワハラは相手を不快にさせただけでは成立せず、相当な範囲を超えることなどが要件
  • 一方、セクハラは不快にさせただけで成立するが、責任の発生については別だという
  • あらゆる言動にハラスメントのリスクが潜み、『リモハラ』といった新語も生まれている

「その服、似合ってるね」はセクハラか? 「パワハラ、セクハラ」の境界線を弁護士が解説

 新型コロナは数多くの新語、流行語を生みだした。リモートハラスメントもその一つだ。リモート会議などを舞台としたハラスメントである。背景に映った部屋について「汚いなあ」なんて不用意に言うと、「リモハラだ!」と抗議されるかもしれない。

 現代においては、あらゆる言動にハラスメントのリスクが潜んでいる。およそ組織人で、多少なりとも用心をしていない人は滅多にいないだろう。

 一方で「なんでもかんでもハラスメントになる」という風潮に違和感をおぼえる人も少なくないはずだ。

「俺が髪型を褒めたら『セクハラだ!』で、イケメンが褒めたら『嬉しい!』はおかしいじゃないか」

「相手が不快に思ったらハラスメントになるというのでは、『被害者』の言いなりになるだけだ」

 しかし、法的に見た場合には、こうした不満は必ずしも現状を正確に認識してのものとは言えないようだ。つまり、被害者の言い分だけが全てではない。

 過去、千件以上のハラスメント相談を受け、新著『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで―』を刊行したばかりの弁護士、井口博さんに、職場でもっとも見られる代表的なハラスメント、「パワハラ」「セクハラ」の基礎知識を聞いてみた。

■テレワーク中に「部屋の中を見せろ」


――「相手が不快に感じたらパワハラは成立する」のでしょうか。

井口 そんなことはありません。それはよくある誤解です。「被害」を訴える人がいても、それだけではパワハラにはならないのです。

 2020年6月に施行されたパワハラ防止法(正確には、労働施策総合推進法の改正法)では、次のように定義されています。

「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」

「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」という点に注目した場合、逆にその範囲内であればパワハラとはならないということが言えます。

 過去のケースでは、上司が部下に顧客あてに147通の手紙を書くよう命じたことで、会社側が訴えられたことがありました。この際、その通数や締め切りが妥当かということなどが争われて、結局、嫌がらせの意図によるものではない、という理由から「パワハラではない」という判決が出ています。

――何が「必要」かつ「相当」か、という線引きは難しいと思うのですが……。

井口 たしかにそうです。判断基準をシンプルに言えば(1)業務上の必要性、(2)言動の態様、になるでしょう。

 業務上の必要性は、その上司の指導が部下の仕事に必要かどうか、ということです。たとえばテレワーク中の部下に、「在宅勤務の状況を見たいから、カメラを動かして部屋の中を見せろ」などというのはアウトです。業務上必要とは言えないでしょう。

 もう一つ、言動の態様というのは、指示指導の仕方です。暴力や人格を否定するような発言の多くはアウトになります。

 一方で「えっ? これもパワハラと言われるの?」と戸惑ったことがある管理職も多いことでしょう。ここで重要なのは「平均的労働者の感じ方」です。つまり普通の労働者であれば、その言動を「精神的苦痛」や「就業環境を害された」と感じるかどうか。

 たとえば、上司が5人の部下に営業で得意先回りを命じたとします。そのうち4人は「はい、わかりました」と言って出かけた。ところが、一人だけは得意先回りがいやでたまらず、「パワハラだ」と主張したとします。

 この場合、4人がパワハラと感じないとなれば、「平均的労働者」はパワハラと感じないと考えていいでしょう。

 もちろん部下にもそれぞれ個性があるでしょうし、心身の状況も異なります。だから法的にパワハラにあたらないからといって、何でもやらせればいいというものではありません。

 法的な線引きと、現場での対処は必ずしも一致しない点は注意してください。たとえまったく問題ない発言、指示であっても、ダメージを受ける人もいます。

 その場合には、「俺は悪くない」と主張しても意味がありません。叱責のあとにフォローをすることを心がけたほうがいいでしょう。


■「その服、似合ってるね」はセクハラになるのか


――職場でのセクハラの場合、被害者側が訴え出たら、その時点でアウトになるとも聞きますが、どうなのでしょうか。

井口 セクハラの定義は、たとえば人事院規則では、次のように定められています。

「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」

 パワハラとの大きな違いは「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」という要件がない点です。つまり「不快だ」と言われれば、そのまま成立します。

 なぜこうなるかといえば、そもそも相手を不快にさせるような性的な言動は業務とは関係ありません。業務に入ってきてはいけないものです。

 だからとにかく相手が不快と感じたらストップをかけることにしているのです。

 ただ、ここで「それなら何でもかんでもセクハラになるじゃないか。日常会話もできないじゃないか」という疑問が生じるでしょう。

 しかしこれはセクハラの「成立」と「責任」とを分けて考えないことから生じる誤解です。

 つまり相手が不快になればセクハラになるとしても、それで責任を負う必要があるかどうかは別です。この責任についての判断では、やはりさきほど同様、平均的労働者の感じ方が一つの基準となります。

 たとえば、いきなりボディタッチをするような振る舞いは、現代においてどう考えてもアウトになるでしょう。

 一方で、上司が女性の部下に「その服、似合ってるね」と言ったけれども、その女性はとにかく服装のことを言われること自体が不快だとします。このときは、女性にとって上司の発言はセクハラになりますが、一方で上司にセクハラの責任まではありません。このくらいの会話は普通に行われています。

 その女性が「私は服装のことを言われるのが不快です」と言ってきたら、上司は「申し訳ない。これからは気を付ける」と言えばよいでしょう。ただし、その後同じような言動をしてはいけません。この場合は、たとえ平均的労働者が不快と思わなくても、相手がやめてほしいことを知った上での言動なので責任が生じます。

■「記録」を取っておくことが重要


――聞くほどに職場は地雷だらけのような気がしてきました

井口 訴えられることを過剰におそれていては、指導や管理は成り立たないのも事実です。だからこそ法律などを理解したうえで、常に予防する気持ちを持っていただきたいと思っています。中小企業などでは、相談窓口や就業規則も存在していないところも珍しくありません。そうした体制を整えることも大切です。

 また、嘘をまじえた訴えで上司を陥れようとする部下もいます。裁判では嘘がバレて、訴えが認められなかったケースもありますが、そもそもそうした事態に至るのを避けるために、記録はきちんと取っておくことをお勧めします。

デイリー新潮編集部

2020年10月20日 掲載

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