【急増する自殺者】「死ぬしかない、なんて思い込みを捨てろ」――“生かし屋”と呼ばれる男がかける言葉

 先月、自殺した人は全国で1805人で、去年の同じ時期より143人増えたことが厚生労働省と警察庁の集計で分かった。今後は新型コロナ禍による経済的な苦境を理由とする自殺者がより増えるのではないかという見方もある。

 確かに生きていくうえでお金は絶対に必要なものだ。自殺の理由では、常に「経済・生活」が上位に入り、不況になると自殺者が増えるというのは定説だ。

 こうした苦境に陥り、追いつめられた人にどう語りかければいいのか。現在、自身が創業した投資ファンドの名誉最高顧問を務める並木秀之さんは、かつて、「殺し屋」ならぬ「生かし屋」の異名を取っていた時期がある。その頃、並木さんは企業の再建に関連する仕事に携わっていた。簡単にいえば、借金清算のための算段をする仕事だ。

 当然、借金が返済できなくなる人と接することも多く、「死にたい」と漏らす人も珍しくない。

 そんなとき、並木さんはいつも着ているシャツをたくし上げ、

「こんな体でも生きているんだから、あんただって生きてみろよ」

 そう言ってから説得するのだ。相手はギョッとしながらも、その迫力に呑まれて次第に話を聞き、死を思いとどまるようになっていったという。

 説得の場で何があったのか。そもそも「こんな体でも〜」という言葉の真意とは。並木さんの著書『死ぬな―生きていれば何とかなる―』をもとにその凄まじい人生を見てみよう(以下、引用は同書より)。


■「この子に名前をつける必要はない」


 並木さんが生まれたのは1953年。この時、その背中には枯れ葉のようなものが貼りついていた。この「枯れ葉」の正体は、割れてしまった脊髄の一部。胎内で、割れた脊髄がかさぶたのようになっていたものが、「枯れ葉」のように見えたのだ。

「先天性脊髄分裂症」――出産に立ち会った医師は、そう診断したうえで、「この子に名前をつける必要はない」とまで言ったという。出生届を出すまでの2週間のうちに死ぬと判断したのだ。しかし、2週間生きたので、親が慌てて名前をつけた。

 1歳になっても、親や周囲の大人は「来年の誕生日には、この子はいないだろうね」と漏らしたという。3歳になった際は「でも小学校には上がれないだろうね」、その後も「中学校は無理だろう」、「さすがに高校は無理だろう」と、本人に聞こえないところで囁いていた。

 医師の見立てははずれ、生き続けることはできたものの、重い障害を背負ったことにちがいはなかった。中枢神経の機能が部分的に損なわれていたため、両足首が内向きになり、足の裏が地面にピッタリとつかない「内反足」になったのだ。

 下半身の感覚が鈍いため、排せつのコントロールもまったくできない。気づかないうちにお漏らしをしてしまうこともある。学校でそうなった場合は、母親を呼んでオシメを取り換えたり、着替えを手伝ったりしてもらうのだ。子供の頃、祖母さえもが自分の大便のついたオシメを洗うのを嫌がっていることを知り、「生きていくのは疲れるなあ、切ないなあ」と思ったこともある。

 中学生になって、便の問題を改善するために、膀胱の手術を受け、カテーテルを入れた。これである程度尿に関しては状況が良くなった。

 しかし、手術が影響したのかどうかは不明だが、30代で膀胱がんを発症。手術と化学療法を受けたが、その後肝臓がん、皮膚がん、前立腺がん、白血病を患っている。40歳になるまでに先天性の障害に加えて、5つのがんを経験したことになる。

 身体に深刻な問題を抱えながらも、周囲の支えと、本人の努力によって、学業と仕事の面では並木さんは独自の道を切り開いてきた。公認会計士の資格を取り、35歳で独立。資産運用のコンサルティング会社を設立するに至る。冒頭で述べた再建業に乗り出したのがこの時だ。

 そして、「死にたい」という人の説得をするようになった。


■「あんただって生きてみろよ!」


「高利貸しから借金した人のなかには、トラブルが起きる前に、スムーズに倒産や破産などの手続きをする方向に移行する人もいます。しかし、メンツが邪魔をしたり、『あと少し待てば、事態が好転するのでは?』という希望を捨てられなかったりするばかりに、結局、『死』を考えるまでに追いつめられる人も少なくありませんでした。バブルが崩壊してからは、こういう境遇に陥る人は実際に増えました。

 私は仕事の役割上、そうした人たちが債務処理手続きにスムーズに移行できるよう、説得する必要がありました。ですから、自殺しようとしている人であれば、その自殺を思いとどまらせなければいけないわけです」

 説得しても効果が無く「死にたい」の一点張りの人に対して、並木さんはシャツをめくって、冒頭のセリフを言う。

「こんな体でも生きてるんだから、あんただって生きてみろよ!」

 相手の目に入るのは、膀胱の手術で入れられたカテーテルだ。

「本当に、管が腹から出てるのか? 嘘じゃないだろうな?」

 疑いながら、ジロジロ眺めだす。

 こうなると「しめたもの」なのだという。

「相手の心は自然と開いて、次第に私の話にも耳を傾けるようになります。死ぬことしか頭になかった人に、『もしかしたら生きるという選択肢もあるかも』という考えが生まれる瞬間です。そうなれば、私の説得はだいたい功を奏します。

 おそらく私の体を見て、優越感めいた感情を抱いたということもあったでしょう。しかし、私だって障害を仕事に利用しているのですから、お互いさまです。まさに、コンプレックスの根源だった自分の障害を、ずるくも“強み”に変えたわけです。いずれにしても、相手が前向きになり、私も仕事がうまくいくわけですから、どちらも得をします。結果オーライではないでしょうか。(略)

 こうしたことが人助けになったとしても、誇るつもりは露ほどもありません。慈善活動をしたわけでも何でもありません。あくまでも仕事での人助けであり、報酬を得ておこなったのですから。

 ただ、『生きることの絶対的な価値』に対する信念のようなものが、もともと私にあることだけは確かです。『来年も生きていれば幸運だ』と言われ続けて育ち、自身もがんと付き合っていた当時は、『生きる』ことへの強い執着心が、人一倍あったかもしれません」

■心の問題をつくる“思い込み”の数々


 こうしていつしか、並木さんは「生かし屋」と同業者から呼ばれるようになったのだ。並木さんは、若い人たちには「失敗は許されない」とか「立派でなくてはいけない」と、過剰に“思い込んで”ほしくない、と語る。そして「肉体の大切さ」を強調する。

「幸か不幸か、死に直面する経験を何度もしてきた私が、おのずと身につけてしまった考えがあります。それは、肉体がなければ心も何もない、ということです。いや、肉体は消滅してもその人の魂は残る、とおっしゃる方がいるかもしれません。私はその意見を完全に否定する気はありませんが、肉体が生きていることで、その人の心もそこにあると感じられることは確かです。(略)

 なかには、『肉体がなければ心もないことなど、当たり前じゃないか』とおっしゃる方も、いるかもしれません。しかし、60年生きてきた私からすると、まず肉体がなければ、悩むにも悩めないのです。そのことを本当に『当たり前』だと認識している人は非常に少ないように思います。それで、肉体がここにあることの驚きや喜びを感じる前に、肉体よりむしろ心に左右されてしまい、肉体を失うことの重大さになかなか気付けない人が多いようなのです。(略)

 人はついつい、心の問題以外に重要なものはないと思ってしまうわけですが、肉体が消滅することのほうが実は重大だと気づくと、自分を左右している心の問題が、いかに“思い込み”に満ちているのかも見えてきます。苦しみや悩みの原因を作っているものが、『心の問題』以前の“思い込み”にあると気づくと、なんだか楽になりませんか。こうした“思い込み”の数々から抜けだすことができれば、『心の問題』だと思っていたことが、実は『何の問題でもない』ことがわかります。(略)

 体がノーを発するまでは、生き続ける。ただそのことだけで、人生は変わるのだという事実を、私はもっと多くの人に知ってほしいと思っています。消えない悲しみを抱えたり、『死にたい』と思うほど絶望的な状況に置かれても、『ただ生きている』だけで、人生には次々と何かが起きてくるものです」

 並木さんが人生で抱えてきたのは、体の問題だけではない。財産をすべて失って、生活保護を受けていた時期もある。それでも立ち直り、経済的に余裕ができてから、慈善活動にも積極的になり、タイでは自身の名を付した奨学金も作ったという。

 生きているだけで、何かが起きてくる――説得力ある言葉ではないだろうか。

デイリー新潮編集部

2020年10月22日 掲載

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