コロナ×インフルの「ツインデミック」は起こらない? インフル陽性者が激減という事実

コロナ×インフルの「ツインデミック」は起こらない? インフル陽性者が激減という事実

「拮抗」していれば十分ではないのか

 ヨーロッパで急増する新型コロナウイルスの新規感染者。日本に飛び火し、インフルエンザとの同時流行「ツインデミック」が到来か――。だが、インフルの感染が広がる気配はまるで見えず、今年は死者がむしろ少ない。真実はいずこに。恐怖は追い払えるか。

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 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、10月15日に会見して、現在は「感染の増加要因と減少要因が拮抗して」いるが、「上昇要因が少し強くなるといつ崩れてもおかしくない」という認識を示した。そして、これこそが「上昇要因」ではないのか、という不安がにわかに募っている。ヨーロッパの感染状況である。

 ヨーロッパ全体の1日当たりの感染者数は、各国がロックダウンしていた3、4月でも4万人程度だったのが、10月16日には15万7千人に達した。実に4倍近い数字である。

 これを受け、フランスでは2度目のロックダウンが実施され、ロンドンでは屋内で会う相手が家族に制限され、スペインでは首都マドリードに非常事態宣言が出され、ベルギーでは4週間にわたる飲食店の営業停止が決まった。

 すでにテレビのワイドショーは、これが明日にも日本に飛び火せんとばかりに煽っている。一足早く寒くなったヨーロッパで拡大した感染に、少し先の日本の状況を見てしまうのも、致し方なかろう。

 だが、春とは異なるのが死亡者数である。たとえばフランスでは、10月17日に1日の感染者が3万2427人を記録したが、その日の死亡者数は89人。その数を少ないと言い切るのは不謹慎かもしれないが、5233人が感染した4月3日の死亡者数が1120人だったのとくらべれば、致死率は激減しているのだ。

 東京大学名誉教授で食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏は、

「欧米では第1波の際、厳しいロックダウンが行われましたが、人間は自由な生活を制限されることに耐えられません。結果、自由に外出すれば、再び感染者が増えるのは当然です」

 としながらも、

「増えた感染者のほとんどは若い人なので、無症状か風邪程度の軽症ですみます。死亡するのは基礎疾患のある高齢者だけだということも、ますますハッキリしてきました。感染者数の増加はある程度受け入れたうえで、行動を自由にしていく必要があります」

 と訴える。では、以前は多かった死亡者が、なぜいまは増えないのか。

「処置方法や治療薬の使い方がわかってきた。とはいえ、感染者のうちに占める死亡者の割合である致死率も、人口全体のうちに占める死亡者の割合である死亡率も、世界中で低下しており、医療の進歩だけでは説明できないと思います」

 考えられる要因は、二つあるという。

「一つは集団免疫です。それに近づいた例として、私が論文を通して知っているのは、ブラジルのマナウスという、人口の66%が感染した町とスウェーデンです。どちらも一時は感染爆発し、死亡者も増えましたが、いまは激減しています。世界中で致死率も死亡率も下がっているということは、ほかの国も集団免疫に近づいているかもしれません。二つ目は、新型コロナウイルスが変異し、弱毒化している可能性です。今後、遺伝子を調べていけば判明するでしょうが、一般には変異とともにウイルスは弱毒化するので、そうなっていてもおかしくはありません」

 順天堂大学特任教授の奥村康氏(免疫学)も言う。

「検査数が増えたから、陽性者数も多くなったという面がある。だから無症状や軽症が多い。加えて治療方法がわかってきました。たとえば、ステロイドは教科書的にはウイルス疾患に使ってはいけないことになっていますが、新型コロナに有効なことがわかり、WHOも重症者への投与を推奨しました。トランプ大統領も医師から強いステロイドを投与されたのです」

 だが、やはり、それだけではないという。

「新型コロナウイルスはもうかなり蔓延したため、多くの人の体内に、ウイルスを攻撃する“地上軍”に相当するキラーT細胞が増え、少々ウイルスが入ってきても、やっつけてしまう。その過程ですでに集団免疫獲得に近づいているから、死亡者数が少ないんです」


■死者が増えていない事実


 現場の医師の立場から、死亡者が減った原因を読み解くのは、感染症に詳しい浜松医療センター院長補佐の矢野邦夫氏で、

「いつレムデシビルを投与すればいいか、いつ人工呼吸器をつけるか、という対処法がわかってきたことが一つの要因でしょう。もう一つは、新興感染症は一般に、最初は致死率が高くとも、だんだん下がってくるということです。宿主である人間を殺してしまえば自分も死ぬので、人間と共存するためには、致死率を下げるしかありません」

 言い換えれば、弱毒化の可能性がある、ということだろう。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授も、

「ウイルスは弱毒化したほうが広がりやすい。強毒化したウイルスに感染したら、みな寝込んだりしてしまうので、まき散らす可能性が少なくなるのです。加えて、多くの人がすでに軽くかかっていて、ある程度の免疫を持っている可能性も否定はできません」

 集団免疫もウイルスの弱毒化も仮説ではあるが、それらを否定しては、感染が拡大しながらも致死率が急激に低下している理由を説明しきれない。

 医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏も、集団免疫の獲得や、ウイルスの弱毒化の可能性に言及するが、そのうえで、感染者数を気にすることにいかに問題があるかを説く。

「これまでも風邪やインフルエンザをはじめ、さまざまな感染症が流行してきましたが、全世界的に無症状の人まで検査を拡大したことはありません。そこまで検査を広げるのは人類始まって以来です。インフルエンザだって、無症状者にまで検査対象を広げていたら、莫大な感染者数に達したかもしれません。それに、PCR検査には設定値があって、設定次第ではごく微量のウイルスでも陽性と判定されます。感染者数とはそれくらいいい加減で、指標として用いるべき数字ではないのです」

 指標として肝心なのは、

「あくまでも死亡者数。ヨーロッパでは、たしかに微増してはいますが、春に激増したほどの勢いはありません。そして大事なことは、理由はともかく、統計的に死亡者数が増えていないという事実です」

 この事実は日本においていっそう重要だ。厚生労働省発表の人口動態統計(速報値)で、今年5月の全国の死亡者数は昨年同月より3878人少なく、6月も1931人減った、と以前書いた。7月の数字が注目されたが、やはり昨年より1745人少なく、1月から7月までの死亡者の総数も、昨年より1万7998人も少ない79万5807人にとどまる。いまは死亡者が増えて当然の超高齢社会である。森田氏が続ける。

「死亡者数が例年とくらべて減少している、という事実は、今後の新型コロナ対策を考えるにあたり非常に重要なはずなのに、あまり報道されません。新型コロナで恐怖にかられ、大騒ぎをしたのに、死亡者数は増えるどころか少し減っている、という結果をなぜ無視するのでしょうか。新型コロナに感染した人は、約1700人が亡くなりましたが、大半は命の終わりが近かった高齢者です。高齢者の命と若い人の命の軽重は測れるものではありませんが、若い人が自殺というかたちで声なき声を上げていることは、統計に表れている。今後の政策を考えるうえで、その点に注目すべきだと思います」

 とはいっても、冬には状況が悪化する、と信じている人は多い。新型コロナとインフルエンザが同時に流行する、いわゆる「ツインデミック」への警戒である。現実化すれば医療崩壊する可能性も高く、緊急事態宣言の再発令も必要になるかもしれない――と、そんなふうに語られ、テレビのワイドショーをはじめ、あちこちで喧伝されてきた。

 ところが今年、インフルエンザのウイルスは、われわれに遠慮しているようだ。10月5日から11日までの1週間に全国で報告されたインフルエンザの感染者数はわずか17。昨年同期の4421人の260分の1にすぎない。しかも、新型コロナの感染動向が注目され続けている東京では、8月末から10月11日までのインフルエンザ感染者は、1人しかいないのだ。


■両方とも流行らない


 前出の矢野氏は、

「いまインフルエンザの陽性者数は、昨年と比較して減っていて、これからも新型コロナとの同時流行は起こらないと思います」

 と言って、続ける。

「オーストラリア、チリをはじめ南アメリカなど南半球の国々は、今年の冬にインフルエンザが流行しなかったのです。日本でも、夏に子どもに流行するヘルパンギーナや手足口病が流行りませんでした。マスク着用とアルコール消毒が効いているのではないかと思います。もちろん、新型コロナ対策に気を抜けば、インフルエンザが流行する可能性もありますが」

 矢野氏はむしろ、ほかのことが心配だという。

「インフルエンザの検査をする際、患者が新型コロナにかかっている可能性を疑い、うつされることを恐れた医師が、検査もせずにタミフルを処方したりしないか、ということです。そんな子どもが学校の同じクラスに5人もいれば、実際にはインフルエンザが流行していないのに、学級閉鎖になってしまう。3月に“無駄な学級閉鎖”があっただけに、またそんなことになってはいけません」

 先の宮沢准教授も、

「もし今年、新型コロナが流行したら、インフルエンザなどほかのウイルスは流行しないのではないでしょうか。一般に二つのウイルス性感染症が同時に流行することはないのです。今年はマスクを着用し手洗いを徹底するなど、みな気をつけているので、インフルエンザも流行らないと思う」

 と、ツインデミックの可能性を否定する。仮にインフルエンザがそれなりに流行したとしても、対処できると説くのは、前出の唐木氏である。

「インフルエンザは例年、冬の2、3カ月の間に国内で1千万人ほどの感染者が出ますが、医療崩壊は起こりません。対策が普通の感染症に対するものの範囲にとどまっているからです。一方、新型コロナウイルスの感染者数は、まだ10万人にも届きませんが、仮に1千万人に達しても、インフルエンザと同じ対策にとどめているかぎり問題ありません。ところが、指定感染症2類以上にしたから、入院や隔離の必要が生じ、大変なことになっているのです。過剰な対策をするから、医療機関に負荷がかかるのであって、インフルエンザと同じ5類相当に変更すれば、そもそも同時流行を心配する必要もなくなります」

 しかし、「過剰な対策」を許容している人も多い。

「日本では医療者の集団である専門家会議が対策を主導し、感染者ゼロを目指した。そして国民に自粛を求める際、“新型コロナは恐ろしい”“医療は崩壊の危機に瀕している”と恐怖を煽った。善意で行われたことですが、国民の多くが強い恐怖感を抱き、いまなお改善されていません」

 と唐木氏。実は同様の傾向は欧米にもあり、だからヨーロッパはいま、対策に汲々としているのだ。

 しかし、われわれは、

「日本では対策を緩める方向に動いていますが、それを続けていくのがいい。死亡者数は増えないようにしないといけないので、高齢者や合併症がある人を守りながら、経済を活性化していくことです」

 という矢野氏の言葉を肝に銘じるべきだろう。

 全体の死亡者数は減り、インフルエンザが流行る兆しはなく、Go Toキャンペーンが始まって3カ月経っても、感染者数は激増したりしない。マスクを着けて手を洗えば、インフルエンザも寄りつかない。何を怖れる必要があろうか。

「週刊新潮」2020年10月29日号 掲載

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