コロナを5類感染症に引き下げるべきか 専門家の意見は

 ロシアを代表する二人の文豪は、奇しくも同じ意味の名言を残している。

「人間は何事にも慣れる存在だ」(ドストエフスキー)

「人間が慣れることができぬ環境というものはない」(トルストイ)

 例えば、日々報道される、新型コロナウイルスの1日当たりの感染者数。東京都内の感染者数が大幅に増加し始めたのは今年3月下旬からで、緊急事態宣言発出後の4月17日に初めて200人を超えた。あの時は多くの方が不安を感じたに違いないが、都内の1日の感染者数が200人を超えるのが珍しい出来事ではなくなった今はどうだろう。当初感じたような恐怖は薄れ、今の状況に慣れ始めているという方も増えてきたのではないか。人間は何事にも、如何なる環境にも慣れるのだ。加えて、時を経るにつれ、「コロナを過剰に恐れる必要なし」との意識も徐々に浸透しつつあるように感じられる。

 医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏が言う。

「まだ大っぴらには声に出せないものの、人々の中に『コロナはもう大丈夫なんじゃないか』という空気が出てきているのではないでしょうか。皆の意識が変わってきているからこそ、その現状に合わせてコロナの扱いも変えていく必要がある。今はコロナについて分かっていることも多いので、本質を見抜いて適切に対処することが大切です」

 政府が新型コロナを「指定感染症」とする政令を施行したのは今年2月。感染症法では感染症を危険度の高い順に1〜5類に分けており、当初、新型コロナが「2類相当」とされたのは、未知の部分が多かったためである。また、その後の政令改正で「無症状者への入院勧告」や「感染が疑われる人への外出自粛要請」などが次々と加わり、「1類」かそれ以上の措置が取れるようになった。ちなみに1類と規定されているのはエボラ出血熱やペスト。2類は結核やSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、3類はコレラや細菌性赤痢、4類は狂犬病やマラリア。季節性インフルエンザは一番下の5類と規定されている。

 新型コロナは1類や2類の感染症と同等に扱われるべきものではない――。本誌(「週刊新潮」)は繰り返しそう指摘してきたが、それはデータにも裏打ちされている。コロナの「怖さ」を判定するために必要なのは感染者数ではなく死者数。死者が激増すれば「怖い」感染症といえるわけだが、厚労省の人口動態統計によれば、コロナの感染がピークを迎えていた今年5月の全国の死亡者総数は10万8380人で昨年同月より3878人少なく、6月も昨年比で1931人減少している。我が国においては、コロナは死者数を押し上げる要因とはなっていないのだ。それゆえ本誌では、コロナを2類相当ではなく、季節性インフルエンザと同じ5類相当とすべきだ、との専門家の声も紹介してきた。

 また、政府内でも5類への引き下げを容認する考えが出ており、安倍前総理もさる8月28日の「辞意表明会見」で、

「(2類相当とされてきたコロナの扱いについて)これまでの知見を踏まえ、今後は政令改正を含め、運用を見直します」

 と、述べた。

 しかしその後、安倍政権の政策継承を謳って誕生した菅政権が打ち出した「運用見直し」の内容には「5類に下げる」といったサプライズはなかった。

■「支持率が下がる」


 10月9日、厚労省は新型コロナの入院措置を重症化リスクの高い高齢者や持病のある人に絞る、と発表。他にも細かい部分が修正された感染症法の政令改正は閣議決定され、10月24日に施行された。

 厚労省の専門家組織「アドバイザリー・ボード」作業部会のメンバーで国際医療福祉大学大学院の和田耕治教授が語る。

「高齢者のほうが重症化率が高くなることは日本のデータでも分かっています。特に、65歳を境に重症化率が高くなる。そこで、65歳以上の人と基礎疾患がある人の入院を優先した方がいい、ということをより明確にしたわけです。冬場にかけて新型コロナの患者さんが増えることを想定すれば、医療資源の配分の仕方を考えることが大事ですから」

 国際政治学者の三浦瑠麗さんは、

「今、新型コロナは実際の威力以上に注目されてしまっているので、政府としては今までの態勢を維持しながら医療資源の適正配分に着目し、医療崩壊を避けよう、というのが今のところの動きだと思います」

 として、こう話す。

「今後は国際的なパンデミックが収まるまで、新型コロナの扱いに関してこれ以上の進展は難しいのではないでしょうか。新政権は『新型コロナを過小評価している』『新型コロナの脅威を甘く見積もった』と批判されて支持率が下がるのを恐れますから、そういう点でわざわざ民意を刺激したくないだろうと思われます」

 三浦さんは今回の運用見直しについて「問題ない」とした上でこう付け加える。

「どうするべきかという“べき論”から言えば、新型コロナについては2類相当から5類相当の扱いを適宜アレンジする形にして、社会的なアラートレベルは下げるべきだと思います」

 世論や支持率がどうあれ、正しいことをなすのが政治の役割。また、“5類に下げる”ための手続き上のハードルは決して低くないが、そこで知恵を絞るのも政治家や官僚の仕事である。

「指定感染症は感染症法上1類から3類までの扱いと決まっていますから、指定感染症にしている限りは3類よりも下には落とせません。原則としては指定感染症から外した上で5類感染症に変更しなければならないのです」

 そう解説するのは、東大名誉教授で食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏だ。

「だから、今すぐに5類感染症にするのではなく、厚労省が行政上の措置として取り扱いを5類と同じようにする方法も考えられます」

 指定感染症の期限は1年で、さらに1年延長するかどうかについて、来年2月6日までに判断される。

「本来であれば1年が経過する前に指定感染症から外す手続きをしなければならないと思うのですが、世論が新型コロナをとても怖いと感じていることや医療関係者の反対もあり、菅総理が今すぐに対応を緩めるのはなかなか難しいだろうと思います」(同)


■全数把握の必要性


 指定感染症の期限を1年延長した場合、先の和田氏によれば、

「その期限が切れる時には新型コロナをどこかに分類しなければなりません。5類になるのか、新型インフルエンザ等感染症として分類するのか、あるいは新型コロナ用に新たな類型を作るのか。さまざまなシナリオが考えられます」

 5類には全数把握疾患と定点把握疾患があり、

「例えば、麻疹(はしか)は全数把握です。麻疹は感染力が強く、大人が感染すると重症化する病気ですが、有効なワクチンがあるので5類に分類されています。全数把握疾患については、診断された場合は全て届け出るように定められています」

 と、和田氏。

「一方、定点把握疾患は、定点医療機関において診断された場合に報告され、その数字をもとに統計的に患者数が推計されます。例えば、季節性インフルエンザは定点把握です」

 目下、コロナ感染者については全数が把握されて公表され、それが毎日報道されているわけだが、

「いつまで全数把握をやるのか、やれるのかという点については真剣に考えないといけません」

 和田氏はそう指摘する。

「例えば東京で今後1週間、感染者が毎日500人を超えるようなことになったら、感染者を正確に数えることができるでしょうか。感染者数をどうカウントするのが対策に有効なのかを考えるべき時期だと思います。例えば、20代、30代は定点把握にして、60代以上は全数把握にするといったやり方も考えられます」

 先の唐木氏もこう言う。

「新型コロナの重症者数に着目するのは医療崩壊を防ぐ意味がありますが、陽性者数は意味がないと思います。判明している陽性者の裏には、検査を受けていない無症状者が多数いることが分かっています。この点についても、2類相当のままなので陽性者の数が分かった時点で行政も発表せざるを得なくなって、それを受けてメディアも報道する。5類にして季節性インフルエンザと同じ定点把握にすればメディアも報道しなくなるでしょう」

 確かに、未だに東京都の1日の感染者数速報をアラート音付きのテロップで流すテレビ局もある。日々、感染者数が報道されることには慣れたが、これから冬を迎えるにあたり、インフルエンザとの同時流行が怖い。そう考えている方は多いはずだ。

「インフルエンザと新型コロナは感染力や重症度がたいして変わりません。にもかかわらず新型コロナは2類相当だから、患者が出たらすぐに濃厚接触者を全員探して隔離しなければならない。一方でインフルは通院でタミフルなどの薬を出すだけ。この対応の違いが、医療関係者に大きな負担をかけることになります」

 唐木氏はそう語る。

「インフルよりコロナの方が無症状や軽症の人が圧倒的に多いわけですから、コロナの対応を少数の重症者に集中すれば同時流行が起こっても恐ろしくない。ですから、本来は今すぐにでも5類相当に変えなければならない」

 先の森田氏も同意見で、

「高齢者や持病がある人は入院で残りは自宅療養という今の方針は、これまでのインフルエンザと大して変わりません。そういう点でも、コロナは5類相当の方がふさわしい」

 さらに、今後について次のように語る。

「これから冬になるとコロナの感染者数も死者数も増加するでしょうが、冷静に判断しなければなりません。毎年インフルエンザで1万人、肺炎で約10万人が亡くなるわけですから、それと比較していけばいいのです。また例年の全死亡者数との比較も分析すれば、冬に死亡者数が増加してもそこまで慌てることはない」

 ドストエフスキーは冒頭で触れた名言に続けてこう言っている。

「私はこれが人間の最も適切な定義だと思う」

 多くの人が現状に「慣れ」始めているのにアラート音は高いまま。これでは過剰に怖がる人も依然残ってしまう。いつになったらその乖離は修正されるのだろうか。

「週刊新潮」2020年11月12日号 掲載

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