浮気した妻が「DVをでっちあげ」 子供を奪われた男性が語る「日本のおかしな現実」

日本人配偶者が子供を連れ去るケースが多発 豪男性が“あり得ない日本の現実”を訴え

記事まとめ

  • 外国人と結婚した日本人配偶者が、子供を連れ去りトラブルになるケースが多発している
  • 二人の子供を連れ去られた、オーストラリア人ジャーナリストは「信じられない」と話す
  • 「妻は連れ去りのチャンスを伺っていた」といい、娘へのDVをでっち上げられたという

浮気した妻が「DVをでっちあげ」 子供を奪われた男性が語る「日本のおかしな現実」

■連れ去り 我が子に会えない親たちの告白2


 ある日突然、妻や夫が子供を連れて家を出てしまう。その日から“制度の壁”が立ちはだかり、我が子に会えなくなる。日本で横行している「連れ去り」は、国際問題にもなっている。外国人と結婚した日本人配偶者が、子供を連れ去りトラブルになるケースが多発しているのだ。1年半前、妻に二人の子供を連れ去られた、オーストラリア人ジャーナリスト、スコット・マッキンタイヤもその一人である。

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 今日で558日。

 毎朝、二人の子供と会っていない日数をカウントするのが習慣だ。仕事や裁判がない日は、子供を探しに出かける。区役所、警察署を回り、最後はあてもなく小学校を渡り歩く。やるべきことはすべてやってきた。あらゆる相談窓口を何度も繰り返し訪ねたが、誰からも相手にされなくなった。

 仕事は減り、7000キロ離れた母国からの仕送りで糊口を凌ぐ。家もない。同郷の友人宅を転々としてきたが、今の住まいからは2週間後に出なくてはならない。精神、肉体ともに限界に達しつつある。だが、帰国はできない。帰国してしまえば、僅かな可能性が潰えてしまい、二度と彼らに再会できなくなるからだ。

「悪夢を見ている気分です。目の前で起きていることが信じられない」

 スコットはやつれた顔でこう訴える。

「こんなことは母国オーストラリアで起こりえない話です。アメリカ、ヨーロッパ、ほとんどの先進国で『連れ去り』は誘拐、犯罪です。犯罪が目の前で起き、警察に“犯人を捕まえて”と訴え出れば、すぐに動いてくれる。それが当たり前でしょう。なのに、なぜか日本ではこの『常識』が通じない。逆に私が変人扱いされ、挙句、犯罪者にまで仕立て上げられてしまったのです」

■突然、妻は子供を連れて帰国してしまった


 17年前、母国での日本人女性との出会いが、すべての始まりだった。

「シドニーにワーキングホリデーで滞在していた妻と知り合いました。3年の交際を経て07年に結婚。2年後には長女、さらに2年後には長男が誕生しました」

 スコットは、オーストラリアでは著名なフットボールジャーナリストである。SBSというオーストラリアの放送局に所属し、人気サッカー番組「ザ・ワールド・ゲーム」のレポーターとしてお茶の間に親しまれた存在だった。仕事は順調。日本人妻とのオーストラリアでの結婚生活は、幸せそのものだったという。

「年に一度は、みんなで日本に里帰りし、義父母もたまに日本から遊びに来てくれました。妻も家族全員に優しく、何の不満もなかった」

 だが15年に、とある事情でスコットはテレビ局から解雇される。それがきっかけとなり、夫婦関係にヒビが入り始めてしまうのだ。

「私はフリージャーナリストに転向しましたが、収入は減ってしまった。すると、経済的な不安からでしょうか、妻は突然、日本に帰りたいと言い出したのです。私は反対し続けましたが説得できず、ついに16年春に、子供二人を連れて帰国してしまいまいした」

 国際結婚における典型的な「連れ去り」パターンである。ただし、スコットの場合はそうならなかった。なぜならその後、彼は家族を追いかけ来日し、再び一緒に暮らし始めたからである。

 だが、このように海外で生活していた日本人妻が夫の同意もなく子供を連れて帰国してしまうケースは多発し、国際問題になってきた。1980年に採択されたハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)で、国境を越えた子供の不法な連れ去りが禁じられたが、日本が加盟したのは2011年(施行は14年)。日本は長らく国際社会から「連れ去り」を放置していると批判されてきた。今もEU諸国などから、日本は条約を履行していないと言われ続けている。

■妻の“不貞”から夫婦仲は壊れ始めた


 話を戻そう。

 東京で新たな生活をスタートさせたスコット一家だったが、生活は一変した。収入が下がってしまったスコットに代わって、妻が正社員として外に働きに出ることになった。

「私は日本を拠点として、アジアのサッカー記事を海外メディアに寄稿するようになりました。ほかにもグアムの代表チームの広報兼マネージャーの仕事も得て、日本とグアムを行き来するようになりましたが、テレビ局に勤務していた頃に比べたら、満足な稼ぎがなかったのは事実です」

 代わりに、家事や子育てはスコットが担当することになったが、

「子供たちが大好きだったから、まったく苦ではなかった。日本に来たのも、彼らと離れ離れになりたくなかったからです。食事、塾や水泳の送り迎え、宿題、なんでもやりました。長女の自転車の練習も乗れるようになるまで毎日。一方、妻は毎晩遅くまで働き、お酒を飲んで帰ってくることも多くなった」

 そんな中、彼は夫婦仲を決定づける、妻の「秘密」を知ってしまったというのだ。

「妻は私の知らないところで、他の外国人男性と密会していたのです。証拠をつきつけると、妻は素直に認め、謝罪しました。そして、離婚したいと言ってきました。私は必死に反対した。離婚後も共同親権となるオーストラリアと違って、単独親権制度の日本では離婚すると子供たちと会えなくなるリスクがあることを知っていたからです」

 話し合いの結果、半年間、冷却期間として別居生活を送ることになった。妻が近くに住む義父母の家に移り、週の半分ずつ子供が行き来することになった。

「結局、半年後、子供たちのことを考え、再び同居することになりました。ただ、もう妻とは元通りになることはありませんでした。事務連絡以外、ほとんど会話をしなくなくなった。そんな矢先に『連れ去り』が起きたのです」

■「妻は連れ去りのチャンスを伺っていた」


 忘れもしない19年5月15日の夕刻。妻は仕事で家に不在だった。スコットが居間で仕事をしていると、娘がびしょ濡れのまま風呂から出てきた。

「私は『ちゃんと体を拭きなさい』と彼女を叱りました。しかし、彼女は『嫌だ』と言って逃げる。仕方ないので、私は彼女を掴んでクローゼットまで連れて行ったのです。そのとき、床が濡れていたので娘は転び、クローゼットの扉に背中を打ってしまった。娘は泣いて大騒ぎし、パジャマに着替えた後、弟を連れて義父母の家に行ってしまいました」

 その後、妻に事情を説明するメールを送ると、『おじいちゃんのところに行っているから大丈夫』と返事があった。だが、翌日、翌々日になっても、子供たちは一向に帰ってこない。4日後、妻を呼び出し、近所のカフェで会うことになった。すると、妻は向き合うなり、

「いきなり離婚届を目の前に出し、『あなたは娘に暴力を振るいましたね。背中にあざが残っています』と言ってきたのです」

 慌てて事の次第を改めて丁寧に説明したが、妻は話を聞こうとせず、

「『子供が学校に報告し、学校が二人をシェルターに避難させた。場所は教えられない』と。そして、離婚届にサインするよう迫ってきたのです。私が拒むと、『弁護士から連絡が行きます』と言い残し、店を出ていきました。後で自宅の共用パソコンを調べると、彼女が5月9日に、弁護士に離婚相談のメールを送っていたことがわかりました。彼女は連れ去りを決行するため、タイミングを図り、DVをでっちあげたのです」

 スコットは、その日のうちに最寄りの高井戸警察署に駆け込んだ。

「最初、警察は親身に私の話を聞いてくれました。その場で妻に電話もしてくれた。ただ、何度かけても妻は電話に出ません。児童相談所に行ったらどうかともアドバイスされたので行ってみましたが、何の情報も得られない。週明けに学校に行くと、学校がシェルターに連れて行った、という妻の話が嘘だとわかった。警察に戻り、『一緒に学校に来て欲しい』と頼みましたが、『家庭の問題には立ち入れない』と断られました」


■たった1枚の写真でDV加害者になってしまった


 翌日、再び警察に行くと、警察官の態度が一変していたという。

「ようやく警察は妻と連絡が取れたのですが、妻は彼らに、悪いのは暴力を振るった私だと訴えていたのです。彼らはその話を信じ、非協力的になってしまった。ほぼ同時に、学校の態度も変わりました。その後、何度、警察や学校に行っても、相手にされなくなった。二人は転校してしまったようでした。どこに行ったのか調べようと思って、杉並区役所で住民票や学齢簿を取得しようとしても、黒塗りで出てくるのです。私は父親だというのに、子供がどこにいるか教えてくれないのです」

 妻がDV被害を申告したため、役所は閲覧制限をかけたのだ。スコットは力説する。

「私は妻も含めて子供たちに暴力を振るったことなど一度もありません。むしろ、結婚する際、私が妻に『子供に絶対に手を上げないで』と約束させたくらいです。もちろん、オーストラリアでもDVは深刻な社会問題です。でも、だからこそきちんと捜査します。けれど日本の警察や役所は、私を調べもしないまま、DV加害者にしているのです。オーストラリアならまったく逆で、警察は妻を逮捕し、子供たちを戻してくれたでしょう。親権者である私の同意なく、連れ去ることは誘拐であり、犯罪だからです」


■「Papa this is fun!」 連れ去り1週間前に子供たちが残した肉声


 連れ去りから1ヶ月ほど経過し、弁護士を通して面会調停を申し入れた。だが妻は拒否してきた。

「子供たちが『パパ嫌い、会いたくない』と言っていると。これまで3回、調査員調査が入りましたが、最後の調査では息子が『パパを刑務所に入れてください』と言っているという。ありえない! ウソに決まっている! それが事実だとしても、誰かが子供たちにそう仕向けているとしか考えられない。これを見てください」

 そう言ってスコットは、ノートパソコンを開いて指し示した。

 そこには、彼が撮り続けてきた子供たちの笑顔が溢れかえっていた。砂浜で飛び跳ねてはしゃぐ二人。クリスマスパーティでケーキの前でサンタクロースに扮する二人。公園、レストラン、旅先……。四季折々の景色の中で、屈託のない笑みを浮かべる子供たちの姿があった。

 時々、自撮りするスコットも写り込む。二人の子供は奪い合うようにパパの顔に頬を寄せ合っていた。連れ去りの1週間前に公園で撮られたという動画には、子供たちの肉声も残っていた。

「Papa this is fun!」「Papa thank you!」


■あの子たちの父親はこの世に一人しかいない


 スコットは家庭裁判所に対する憤りを隠さない。

「家裁の調査員による子供たちへの調査報告書を読むと、『子供たちは用意してきた紙を読み上げて答えた』と書いてある。そんなことを7歳の子供が自発的にできますか。誰かがそう言わせている、と考えた方が自然じゃないですか。母国ではこのような調査には大学で心理学を専攻したプロフェッショナルが担当します。そして、『片親疎外』が起きていないかをしっかり見極めます」

 片親疎外とは、同居親が子供に不適切な言動などを取ることで、別居親との関係が破壊されることをいう。そもそも、オーストラリアを始めとして「共同親権」制度が敷かれた国では、面会調停など行われないのが一般的だという。

「平日は母親と、休日は父親となどと分けて過ごしたりします。刑務所にいる父親を子供が訪ねて面会したりするくらいです。夫婦が壊れたことと子供は関係ない。子供には父親も母親も必要でしょう。父母が別れようとも、子供たちの父親はこの世にたった一人しか存在しないのです」


■子供たちを探しに行ったら不法侵入で逮捕された


 スコットは目の前で起きていることを受け入れられなかった。ここはG7にも加わる先進国である。こんな不条理、不正義がまかり通るわけがない。だから彼は、毎日のように警察に通い続けた。いつかは自分の声が彼らに届き、突破口が開けると信じて。

「40回は行ったと思いますが、警察官は私の顔を見るなり厄介払いするようになりました。ガイジン帰れ、みたいな態度でした」

 それどころか、彼は同じ警察署に逮捕されてしまうのである。

 昨年10月、東北地方に甚大な被害をもたらした台風19号が吹き荒れた日のことだった。子供たちの身が心配になったスコットはいてもたってもいられなくなり、祖父母のマンションを訪ねた。

「電話番号を変えた妻とは、連絡が取れなくなっていました。メールも50通以上送っていましたが、返事は1回もない。もう義父母のところに行くしかないと考え押しかけたのです。朝から晩まで何十回とインターフォンを鳴らし続けました。そして、今日こそ決着をつけようと、住人が出入りした隙にエントランスの中に入り、ソファーに座って祖父母が出てくるのを待ち続けた。結局、義父母には会えませんでした」

 だが、妻側が通報したことで警察が動き、スコットは1ヶ月後、住居侵入罪で高井戸署に逮捕された。

「それから45日間、高井戸署の留置所と小菅の東京拘置所に勾留されました。房は24時間灯りがついていて、まったく眠れませんでした。ふつふつと怒りが湧いてきます。なんで子供を探しに行っただけで、こんな目にあわなければならないのだろうと。房では8人くらいの容疑者と過ごすのですが、ヤクザや凶悪犯もいました。彼らに逮捕された理由について話すと、同情されました」


■取材に駆けつけた世界のジャーナリストたち


 その頃、母国オーストラリアでは、彼の逮捕が大ニュースになっていた。英紙「ガーディアン」の記者が拘置所のスコットを訪ねて取材し、12月19日に、「元SBS記者のスコット・マッキンタイヤが子供たちを探していたら、日本で逮捕された」とスクープしたのである。豪主要紙「シドニー・モーニング・ヘラルド」も続き、2日後、「豪人の父親が親権争いの最中に日本の拘置所に収監される」と報じた。

 年が明けた20年1月10日、保釈金を支払ったスコットは保釈される。外では外国人メディアが待ち受けていた。彼は友人が用意してくれた「片親誘拐 STOP PARENTAL CHILD ABDUCTION」と書かれたシャツを着て、憤然とカメラの前に立った。

「もう250日以上、子供と会えていません。私がここに立っているのは、これまで多くの子どもを連れ去られた、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、アメリカ、アジアの親の代表としてです。我々が求めているのはたった一つ。日本の親権のシステムを変えることです。日本は先進国の中で唯一、共同親権がないのです」

 1月15日、東京地裁はスコットに、懲役6カ月、執行猶予3年の有罪判を下した。その後、彼は再び「片親誘拐」のシャツを着て、内幸町の日本外国特派員協会で講演した。

 スコット釈放や有罪判決を、「ロイター通信」は「子供を探して不法侵入で逮捕された豪人男性が釈放」と、米紙「ワシントンポスト」は「日本が子供に会おうとした豪人男性が有罪に」、英国営放送「BBC」は「子供訪ね住居侵入で起訴の豪男性、日本で有罪。共同親権訴える」という見出しで報じた。

 これまで世界の名だたるメディアが、スコットの話を日本の司法制度への批判と合わせて記事にしてきた。だが、彼はこう言うのだ。

「私は日本のメディアの取材を受けるのは、あなたが初めてです」


■同じ境遇の仲間たちと作った1本の動画


 勾留されている間に、住んでいたマンションは解約されてしまい、スコットは住むところも失った。

「心は折れそうでした。でも、帰国しようとは考えませんでした。もし日本を離れてしまったら、もう二度と子供たちに会えなくなってしまうかもしれない」

 彼は友人宅を転々としながら、子供たちを探し出す決意を固めた。5月には慰謝料を求めて妻を提訴。離婚調停は不調で裁判に移行し、面会調停も継続中だ。オーストラリア政府に掛け合い、外交問題として日本政府に働きかけてもらう陳情も続けている。

 先日、オーストラリア外務省は、インターポール(国際刑事警察機構)に子供たちを行方不明者として登録してもらう手続きを進めると、スコットに連絡してきたという。モリソン首相も彼を含めた自国民の連れ去り被害を憂慮しており、政府として日本政府に問題解決に向けて働き続けているという。

 なお、前述した「ハーグ条約」はスコットには適用されない。ハーグ条約は、国境を越えた連れ去りを禁ずるものであり、彼が連れ去られた場所は国内だったからだ。

 スコットは、これらの活動に加え、子と親を引き裂く日本の法制度の不条理さを世に訴えようと、「JAPAN CHILDREN RIGHTS」という外国人連れ去り被害者の団体に加わった。

 彼らが作った1本の動画がある。それは5月5日YouTubeに配信された。

〈5月5日は日本では子どもの日です/しかし、片親の中にはそのお祝いから除外されている人達がいます…〉

 動画はこのメッセージが表示されるところから始まる。最初に登場するのはスコットだ。彼はカメラを切実な眼差しで見つめ、一言、こう英語で訴える。

「子供に会いたいです」

 続けて画面には「子供達と会っていないのは、356days」というメッセージが映る。その後、ほかの連れ去り被害者たちも順番に登場する。リトアニア人、フランス人、韓国人、アメリカ人、オーストラリア人、イタリア人、そして最後に日本人。彼らは、ただ一言、それぞれの母国語で、「子供に会いたい」と訴える。「1461days」「634days」「440days」「3607days」……。画面上に、彼らが悩み抜いてきた、重く長い日数が流れていく。

 僅か2分間の映像であるが、いかに日本の連れ去り問題が国際社会で軋轢を生んでいるかを考えさせられる動画である。


■子供たちに会える日が来るまで日本に残り続けます


 この日本語で編集された動画の再生回数は6700回に過ぎない。彼らの声は、この日本で届いているとは言えないのである。だが、スコットはこう言うのだ。

「たった一人でもいい。この問題を理解してもらう人が増えることが大事なのです。その人が周囲に広げてくれるはず。その積み重ねで、いつかは世の中を動かす力になる。だから、私はこれからも『子供たちに会いたい』と叫び続けます」

 そして、まなじりを決してこう訴えるのだった。

「早く子供たちに会ってこの手で抱きしめたい。『ずっと探していたよ』と言いたいです。その日が来るまで私は日本を離れません」

 デイリー新潮は、妻側に代理人弁護士を通して取材を申し込んだが、「係争中のため取材には応じられません」との回答だった。

 彼の配偶者ビザは2022年の4月には切れる。残された時間は、あと約500日。それまでに、カウンターが止まる“奇跡”は訪れるだろうか。

2020年11月27日 掲載

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