菅総理は「場当たり的上司」の典型か

 新型コロナという未知の敵に対して完璧な対策は存在しない。誰もがわかっていることだが、一方で現在の政府の対応に心もとなさや不信の念を抱いている国民は少なくないようだ。共同通信の世論調査(12月5日・6日)によれば、政府の新型コロナ対策を「評価しない」が「評価する」を上回ったという。

 その理由として、菅総理の言葉に力強さがなく、また方針に一貫性が感じられない点があるのは間違いない。


■根拠なき「戦略(もどき)」を口にする役員、管理職


「GoToキャンペーンが感染を拡大したというエビデンスは無い」というのであれば、堂々と続ければいいはずが、感染拡大が止まらないと見ると、いつの間にか一部地域を対象外にと微妙な軌道修正を行う。にもかかわらず早々に「来年6月末まで続行」を決めてしまう。

 これを「臨機応変」と見るか、「場当たり的」と見るかは評価の分かれるところだろう。

 強権的な政策を取りづらいという政府の制限に理解を示しつつ、「場当たり感」が強まっている、と述べるのはコンサルタントの北澤孝太郎氏である。

 北澤氏は日本テレコム(現ソフトバンク)執行役員法人営業本部長などを務め、現在は日本で初めての「営業」の授業を東京工業大学大学院で特任教授としてカリキュラム化して展開。著書『「場当たり的」が会社を潰す』には、数多くのコンサルティングの現場で、北澤氏が目にしてきた典型的な場当たり的上司の姿が描かれている。

 北澤氏の話を聞く前に、まずは同書から2種類の典型的な「場当たり的上司」を見てみよう(以下、引用は同書より)。

 北澤氏は、社員研修の打ち合わせの現場で「戦略(もどき)」を口にする役員、管理職を多く目にしてきたという。

「先日、ある大手企業の役員、本部長研修の前に打ち合わせに行き、各事業部の今期の戦略を事前に見せて頂いたときのことです。そこに並んでいたのは、それぞれの部署の『戦略』なるものでしたが、いずれも私には『戦略』の名に値するものには思えなかったのです。『場当たり的』なのです。早速、私はその役員、本部長らに話を聞いてみました。まずはA本部長です」

 部署の今期の「戦略」として「売上対前年度8%アップ」を掲げていたA本部長との会話は以下のようなものになった。

「本部長、この本部の第一の戦略は、売上対前年度8%アップを掲げてられます。つまりこれがこの本部の大きな目標ということなのでしょうが、根拠はなんでしょうか」

「根拠? そんなものありませんよ。しいて言うなら、前年が5%アップという目標を掲げていたにも拘らず、3%ダウンに終わったのです。当然、挽回してそれを超える目標を掲げなければなりません。このままでは、当部も危うくなりますからね。売上を上げることが第一優先です」

「なるほど。では、それを成し遂げるための戦術はなんでしょうか」

「今、それを考えるように部下に指示を出しているところです」

「本部長ご自身は、戦術は考えられないのですか。もし、的確なものが上がって来なければどうされるのですか」

「そのときは私が出しますが、私はあくまでとりまとめ役です。部下に考えさせて、実行させるのが本部運営には一番いいのです。結果はみんなの責任という意識になりますから」

「では、昨年3%ダウンに終わった原因は、なんだとお考えですか」

「それも今分析させています。なかなか難しい状況があるようです。ただ、私が感じるのは、訪問数が圧倒的に不足しているということです。先日の本部会議でもそのことを指摘し、1日3件の訪問、それを評価に反映させると宣言したところです」

 ここまで聞いて、北澤氏は「怖ろしさ」すら感じ、これ以上の質問は無駄だと判断したという。どこが問題なのか。北澤氏はこう語る。

「まず、そもそも『8%アップ』は戦略ではありません。単なる目標数値を戦略と称しているのです。

 しかも昨年3%ダウンに終わったのにも拘らず、原因を自ら掴んでいません。掴もうともしていません。そのダウンは不可避のものだった可能性だってあるのです。

 それなのに、『挽回する』という方針と、数値目標だけを決め、その方策は部下に丸投げしています。さらに、自分の役割を自分で決め、責任を部下に押し付けている。

 しかも、怖ろしいことに、何の根拠も持たず自分の直感で、業績の悪かった一因は、訪問数不足だと決めつけ、評価にまで反映させると、半ば強制的に実行を促しています。

 この半端ない当てずっぽう感、武器なしで強制的に戦わせる超無責任感は何でしょうか」

「部下に考えさせて、実行させる」というA部長のセリフは、どこか「担当大臣が」「専門家の意見を踏まえて」というよく耳にするフレーズを想起させるかもしれない。自分ですべてを決めるトップも問題があるのだが、こういう言葉は「丸投げ」と受け止められやすいのも事実。

 また、原因を自ら掴もうとしないというあたりも、どこかコロナ対応に似ている。結局、欧米よりもはるかに緩い対策しかとっていない日本でなぜ感染者数や死者数が少ないのかはわからないままだ。

■正論の恐ろしさ


 もう1パターンを見てみよう。

 別の会社での本部長との会話である。

「本部長、この本部が第一に掲げておられる『原点回帰』という戦略にはどういう意味があるのでしょう」

「そもそも我が社の創業者は、顧客第一ということを方針にして大きな会社に育て上げられた。そのことを皆忘れているのです。顧客の要望をしっかり聞いて、それに応えるのがソリューションだと思います」

「なるほど、他の本部にはそういった考えがないのですか」

「ターゲット毎の新商品開発や科学的手法の導入などを声高に掲げていますが、顧客の視点、顧客第一主義を忘れている。私は、それではダメだと思うのです」

「本部長の言われる顧客第一主義とは、具体的にはどういうことをするのでしょうか」

「それは先ほど言いましたように顧客の要望をしっかり聞いて、それに応えることです。それこそが我が社の向かうべき方向です」

「言い返すようで申し訳ないのですが、顧客の要望を聞いても、今の実力で応えられなかったらどうするのですか。やはり、ターゲット毎の新商品開発や科学的手法の導入は必要なのではないのでしょうか」

「そうかもしれませんが、それだけではダメなのです。基本的なことができないのでは、次に進んでもすぐ瓦解してしまいます」

「なるほど、ではその基本的なことを実現するために、本部長がどうしてもやらせたいことはなんでしょう。それができるようになる戦術とでも言いましょうか」

「それは、それぞれの部員が考えることです。私は、それを成し遂げるための基本的なものの考え方を言っているのです」

 北澤氏はこの本部長の問題点をこう語る。

「彼が恐ろしいのは、誰も反論できない一般論を持ち出して、他の本部や本部長を批判している点です。抽象度を上げることで、正論を述べていると思わせるというのは議論のテクニックの一種です。

『顧客第一』といった主張は誰も否定できないものです。問題はそれをどう実現するかなのに、そこでの戦術は示していません」

「感染拡大を食い止める」「国民の命と経済を守る」「医療体制を充実させる」等々、いずれも誰も反対できない目標だろう。

 また、そのために「しっかりと」「全力で」取り組むと言われれば、文句の言いようがない。

 しかしそのための具体的な戦術をこれまでにどれだけ準備し、実行できていたのかが見えづらい。このあたりが「コロナ対策を評価しない」が増えている理由の一つではないだろうか。

 経済対策に関しても、いつの間にか「経済の回復」と「GOTOキャンペーン」がイコールのような話になっているが、実際には他の方策もあるはず。それなのに、いかに旅行業・飲食業を救うかのみが焦点となっている。

 数々の「場当たり的」経営者、管理職を見てきた北澤氏の目に、現在の菅総理の姿はどう映っているのだろうか。改めて意見を聞いてみた。

「私個人は、官房長官時代の菅さんについて、ともすると優柔不断に見える安倍さんを長年にわたり支えられてきた姿は、とても頼もしく思えていました。総理になられてからも、安倍さんよりも打ち手(実行する政策)に力を感じるところも多々あります。

 ただ、今の日本には、諸外国のように強権的に首相が行政命令を出す法律がありません。よって、すべてがお願いベースになっていることが原因かもしれませんが、危機的状況が強まれば強まるほど、どうしても打ち手が対症療法的に感じられ、『場当たり』感が強まっていると言わざるを得ません。

 GoToキャンペーンなどはかなり思い切った強い打ち手です。ただ、それが強ければ強いほど、享受できている人とできていない人との差が大きくなるため、評価しない人を増やす原因ともなります。

 つまり、菅さんは、政治的な力は発揮しているとご自分では思っているでしょうし、実際にそうなのかもしれませんが、多くの人を共感させて、国民が団結するという方向に引っ張る力を発揮できていないのです。しかし今もっとも求められるのは、なるべく多くの国民の思いが一つになることではないでしょうか」

 どうすれば多くの共感を得られるのか。現在、多くの企業リーダーを指導している北澤氏はこう語る。

「『共感』を得るのは、単に感情が一致することを目指しても実現できません。情に訴えるだけでは共感につながらないのです。

 共感を得るには、相手を理解したうえで、理解してもらう能力が必要です。

 企業でも国でも、非常時には、トップがどうしたいかというビジョンを示し、立ちはだかる壁をどう乗り越えていくかを、構成員が理解できる言葉で語る能力が問われます。そこには表現力に加えて、熱意や論理的整合性も求められます。

 やることをやっていれば政権は安定する、そして政権が安定すれば日本が安定する、という前提に基づいた政治手法はもはや古すぎます。

 菅総理が国民に団結を求めるのならば、もっと方向性をはっきりとした形で示して言語化しなければなりません。

 その目的に、現在の打ち手がどう沿っているのかという道筋を丁寧に示すことが必要です。仮にGoToキャンペーンが全員の納得できる目的に貢献できるのだと総理が信じているのであれば、それをもっと丁寧に説いたうえで、今はどういう段階なのか、なぜ続行したほうがいいのかを説明しなければ、直接の利益を得る人たち以外からの共感は望めません。

 政治力が強ければキャンペーン続行は可能です。しかし、それを淡々と実行するだけでは共感を得ることはできないのです。

 せっかく持っている強い政治力を誠実に発揮しようと考えておられても、人々を『共感』させる能力を磨かなければ、安倍前総理よりも更に『場当たり的』総理であったとの誹りを受けることになるかもしれません。是非そうなられないことを祈っております」

デイリー新潮編集部

2020年12月11日 掲載

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