神社本庁の“腐敗”をレポート 幹部の不倫騒動、土地ころがし疑惑で有名神社が続々離脱

神社本庁の“腐敗”をレポート 幹部の不倫騒動、土地ころがし疑惑で有名神社が続々離脱

神社本庁(Wiiii/Wikimedia Commons)

 全国の神社8万近くが加盟する神社本庁が揺れている。土地ころがし疑惑に付随した裁判が長期化する一方、幹部の不倫問題も発覚、更なる波紋を広げつつある。有名神社の離脱も相次ぎ、今年は金刀比羅宮が離れた。内部崩壊寸前の組織の病巣はどこにあるか。

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「どうやらあの裁判は、“10年戦争”路線みたいですよ」

 と、ある神主がうんざりした口調で言う。2017年10月から始まった、神社本庁とその元職員らの間で争われている裁判のことである。

 発端は15年11月、神社本庁が神奈川県川崎市内に所有していた職員宿舎(敷地面積1556平方メートル)を、外部の企業に1億8400万円で売却したことだった。その直後から、売価が相場と比べ安いこと、売却先企業が神社本庁の関連団体、神道政治連盟会長と親密な関係にあること、また宿舎はさらに別の企業に“土地ころがし”のように高値で転売されていたことなど、キナ臭い話が神社本庁の内外で囁かれていた。

 17年8月、神社本庁は当時出回っていた告発文書を作成した職員らを懲戒処分。これに対し、免職、および降格された稲貴夫氏ら職員二人が不当として東京地裁に訴え出たのだった。

 この種の不当処分をめぐる裁判で、“白黒決着”がつく例はそう多くない。大抵はあるタイミングで裁判所が和解を勧め、金銭解決で終わる。だが本件は「神社本庁が今年8月下旬に和解勧告を蹴ったらしく」(同)、最高裁までもつれる、つまり“10年戦争”になるというわけだ。

「ただ神社本庁が断固戦い抜く覚悟で決断したというより、単に問題を先送りしたようにしか見えない。長い年月がかかれば、今の本庁上層部はほとんど入れ替わっていて、責任も問われないでしょう。敗訴して賠償金を取られたとしても、本庁幹部らが身銭を切るわけでもない。そういういい加減なお役所体質に、今の神社本庁は染まっている」(元神社本庁職員)

 全国の神社十数万のうち約7万8千が加盟する神道の統括団体、宗教法人神社本庁(本部=東京都渋谷区、田中恆清(つねきよ)総長)。日本の伝統宗教の顔役とも呼べるその組織が近年、相次ぐ不祥事にまみれている。

 今年3月2日、インターネット上のニュースサイト「ダイヤモンド・オンライン」が、神社本庁の幹部職員である男女二人がラブホテルから出てくる写真を掲載、不倫事件だと報じた。

「男性は、神社本庁内で秘書部長兼渉外部長の要職を務めていたK氏。女性は秘書課長だったS氏です。両者とも本庁内部の調査に『ホテル内で個人的な相談に乗っていた』と答え、表向きは不問となりました。しかし『さすがにそれはないだろう』という呆れ声が、関係者の間からは上がっています」(冒頭の神主)

 5月17日、それに続いて衝撃的な出来事が起こる。神社本庁の地方出先機関である岩手県神社庁のトップで、本庁本体の理事も務めていたF氏という神主が謎の急死を遂げたのだ。「公式には心筋梗塞と説明されているが、自殺だったとの噂がもっぱら流れている」(岩手県内のある神主)。しかも「F氏は不倫を騒がれた本庁幹部のK氏、S氏らと三角関係にあり、それを気に病んで自殺したなどといった風聞まである」(岩手県内の別の神主)という。

 K氏、S氏は秘書部門に属していたことからも分かるように、神社本庁上層部のいわば側近的存在だった。

「特にS氏は歴代神社本庁トップからの信任が厚く、“黒革の手帖”を持っているなどとも囁かれていた。彼女は6月、依願退職という形で神社本庁を去りましたが、やはり処分できなかったのだなといった声があります」(冒頭の神主)

 またK氏は6月、秘書部長職を解かれているが、それでもなお渉外部長という幹部職員として神社本庁に残っている。

「K氏は土地ころがし裁判の原告二人を処分する流れをつくった一人。厳しく処分すると裁判の流れに差し障ることもありうると判断され、組織防衛の力学上、首がつながったのではないかと言われている」(同)

 神社本庁にこの一連の“不倫問題”について問い合わせると、「個人的な事情については、お答え致しかねます」(広報国際課)と素っ気ない回答。確かに“お役所体質”が垣間見える。


■続々と離脱する有名神社


 こうした神社本庁から、ここ10年ほどで、全国の有力・有名神社が次々と脱退している。氣多(けた)大社(石川県、10年離脱)、梨木(なしのき)神社(京都府、13年離脱)、富岡八幡宮(東京都、17年離脱)、建勲(けんくん)神社(京都府、19年離脱)、金刀比羅宮(ことひらぐう)(香川県、20年離脱)といった、観光地にもなっているような大神社が、続々と神社本庁の傘下から離れているのだ。

 大神社の神社本庁脱退は、過去にも例がないわけではない。しかし「ここ10年の離脱続発は明らかに異常事態。神社本庁の求心力が急落している証拠」(あるベテラン神主)との見方がもっぱらだ。

「神社本庁は現在、かつての姿から大きく変わってしまっています」

 そう語るのは、横浜市にある瀬戸神社の宮司、佐野和史氏だ。佐野氏は神社本庁の元職員。現在は、全国の神主の中から選ばれて神社本庁の予算や方針を策定する機関である評議員会のメンバーを務めており、神社界の国会議員とでもいうべき立場だ。

 そもそも神社本庁とは、戦前の国家神道体制がGHQの神道指令によって1945年12月に解体されたのを受け、何とか神社神道の存続を図るため46年2月に設立された民間の宗教法人組織である。その流れから、神社間の緩やかで互助的な連盟として生まれた経緯があり、全国の各神社を強権的に統括、指導するような性格の組織ではなかった。

「それが戦後60年、70年と経つうちに、いつしか神社本庁それ自体の維持、発展を重視する、権威的な考えが起こり始めた。その目的意識のずれが、いま神社本庁と全国の神社の間に溝をつくっているのではないか」(佐野氏)

 そして、

「その流れの端緒となったのは、宇佐神宮(大分県宇佐市)の離脱騒動でした」

 と、前出のベテラン神主は指摘する。

 社格の高い宇佐神宮の宮司職を代々世襲で勤め続けてきた「社家(しゃけ)」と呼ばれる到津(いとうづ)家の女性が、神社本庁によって宮司継承を阻まれたのは2009年のこと。女性と地元支援者たちは、宇佐神宮を神社本庁から脱退させて女性の宮司継承を実現しようとするが、失敗。その後、神社本庁から総務部長の要職にあった幹部職員の小野崇之氏が宮司として送り込まれてきた。

「その後の宇佐神宮の体制には、地元をかえりみない横暴さが目立ちます」

 そう憤るのは、地元で「宇佐神宮を守る会」という団体を設立し、小野現宮司の退任要求運動を展開している久保繁樹氏。元宇佐市議会議員で、市議会議長を務めたこともある地域の有力者だ。

 久保氏によると、到津家が宇佐神宮と切り離されて以降、宇佐神宮の境内を走っていた地域住民の生活道路に自動車が入れなくなったり、宇佐神宮側が新たに自前の有料駐車場を設けたために参拝者の動線が変わり、地元商店街の売り上げが落ちたりするなどの問題が発生しているのだという。

「特に駐車場の件では宇佐神宮側から、『商店街より宇佐神宮のほうが昔からあるんだから、誰に許可を取る必要もない』などといった言葉が飛び出した。今まで地域が宇佐神宮に甘えていたと言われれば、そうかもしれない。しかし、われわれは宇佐神宮とは共存共栄のつもりでいました。それがいま地元に何の相談もなく、一方的にいろいろな物事が決まっていく。あまりに中央目線で、地域と向き合う姿勢がないように感じています」(久保氏)

 宇佐神宮に取材を申し込むと、代理人の弁護士から「久保氏の言うような事実はない」といった趣旨の回答があり、主張は真っ向から対立する。ただ久保氏は地域から、小野現宮司退任を要求する署名を3千筆近く集めており、地元に深刻な亀裂が生じていることは事実だ。


■元凶は田中総長体制


 この宇佐神宮の問題は全国の神社に大きな憂慮を抱かせたのだという。

「つまり神社本庁が全国の神社を家来のように扱い、強権的に統制しようとする態度が見え始めた。それで本庁に乗っ取られてはたまらないと、特に一部の大神社が脱退を考えるようになった」(前出のベテラン神主)

 神社本庁はこの状況に関し、「(離脱している神社の)それぞれの離脱理由については分かりかねます」(広報国際課)と答えるだけだ。しかし少なくない関係者は“神社本庁強権化の象徴”として、事務方トップ、田中恆清総長(京都・石清水八幡宮宮司)の名を挙げる。総長就任は2010年。神社本庁の総長職は、前述の評議員会で選ばれる理事の中から選任されるが、最長で2期6年を務めて引退というのが通例のところ、現在前例のない4期目に突入、“史上最長政権”のトップとして君臨している。そして確かに有名神社の相次ぐ離脱は、田中氏の総長就任後に発生した流れなのだ。

 今年6月、そんな田中氏が現役の神社宮司らに刑事告発されるという事件が起こった。告発の中心となったのは愛知県清須市にある日吉(ひよし)神社の宮司、三輪隆裕氏。理由は前述の土地ころがし問題によって、神社本庁の資産に損害を与えた背任行為を問うというものであった。この告発は9月、不起訴とされたが、今なお「神社本庁の民主化・正常化」を訴えて署名集めの運動などを展開する三輪氏はこう語る。

「あまりに長期化した神社本庁・田中体制は、明らかに腐敗しています。神社本庁は今や全国の神社をサポートするどころか、抑圧するかのような組織になってしまっている」

 そのような状況を生んだ背景のひとつとして三輪氏が指摘するのは、「安倍政権への度が過ぎる迎合、忖度」である。奇しくも神社本庁・田中体制の確立とほぼ同時期の2012年に成立したのが、憲政史上最長の内閣として今年9月まで続いた安倍晋三政権だった。以後、神社本庁は各方面から「日本最大の安倍応援団」と呼ばれてきた。

 実際、田中総長は保守系市民団体・日本会議の副会長。憲法改正にも賛成で、神社の境内で改憲賛成の署名集めが行われていたことなどは、一部で問題視された。また神社本庁の関係団体である神道政治連盟国会議員懇談会の会長は、ほかならぬ安倍前首相である。

 もちろん、神道とは天皇を祭祀王としていただく宗教で、また神社本庁は戦後のGHQの宗教政策に翻弄される形で生まれたという経緯もあり、基本的に保守的だ。改憲への賛成姿勢も、今に始まったことではない。

「2012年からの安倍政権で、田中総長たちは『これで本当に日本国憲法が変わるかもしれない』と思ったのでしょう。それで田中総長は政治運動に突っ走った。そこから神社本庁は強権的で異論を排除する、全体主義のおかしな組織になっていったのではないでしょうか」(三輪氏)

 三輪氏の見方を、前出の元神社本庁職員も追認する。

「田中総長はもともと実務家タイプでした。しかし第2次安倍政権の成立以降、どんどん保守に引っ張られていった印象がある。また近年、神道政治連盟の活動など、自民党の政治家と一緒になって何かやることばかりが神社本庁内部で評価され、神社や神道の未来をどう考えるんだといった議論が軽視されてきたきらいがあります」


■政治ごっこからの脱却を


 瀬戸内海に浮かぶ広島県・因島(いんのしま)に、因島石切(いしきり)神社という神社がある。いや、あった。現在、神社の壁には、今年3月の役員会で宗教法人として任意解散の決議をしたとの「公告」が張り出されている。すでに神社に人気(ひとけ)はなく、神社入口の鳥居も、拝殿前の狛犬も撤去されている。

「見ての通りの過疎の島で、後継者がいない。江戸時代の囲碁の強豪、本因坊秀策(しゅうさく)の生誕地に建っている“囲碁の神社”で、島外からの観光客もよく訪れる神社だったんですが」(ある島民)

 この因島石切神社は、元から神社本庁には加盟していなかった神社だ。広島県内在住のある神主は語る。

「神社本庁に入っていれば、ほかの神社から神主が助けに来たり、運営に関して相談に乗ってくれたりして、つぶれることはなかったかもしれない」

 その意味では「神社本庁は神社界に必要な組織であり、『なくしてしまえ』とまでは思わない」と、先の三輪氏。問題は「今の体制が、あまりに強権的になり、腐敗の温床になっていること」(同)なのだ。

 現在日本中で進行する過疎化は、地方の中小神社の経営を深刻に脅かしている。「20〜30年後には、全国の神社は半分くらいになっている」と語る神主もおり、「本来、神社本庁が“政治ごっこ”にかまけている暇はないはず」(三輪氏)なのだ。

 また前出の佐野氏は、「今の体制に問題があるならあるで、『では私が次のリーダーをやります』と手を挙げる人が現れるわけでもなく、長期化した体制に皆が忖度していたような実態もあった。いま必要なのは、神社とは、神道とは何か、将来どうなっていくのかを、多くの人が率直に議論すること」と言い、実際に全国の神主たちに議論を呼びかけている。しかし、こうした三輪氏、佐野氏らの活動に関する見解を神社本庁に問うても、「個々人の一行為・見解であり、特にお答えすることはございません」(広報国際課)と黙殺である。

 安倍政権なき後の安倍応援団は、今後真っ当な“神の道”へ回帰できるのだろうか。

小川寛大(おがわかんだい)「宗教問題」編集長
1979年熊本県生まれ。早稲田大学政経学部卒。宗教業界紙「中外日報」記者を経て、宗教ジャーナリストとして独立。2014年より宗教専門誌「宗教問題」編集委員、15年に同編集長に就任。

「週刊新潮」2020年12月10日号 掲載

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