山形大生「女医殺し」事件 犯行直後にネットサーフィン、“スマホ漬け”犯人の病理とは

山形大生「女医殺し」事件 犯行直後にネットサーフィン、“スマホ漬け”犯人の病理とは

山形地検に身柄を送られる加藤紘貴容疑者

 人々を虜にする“文明の利器”の危険性が叫ばれて久しいが、犯罪となれば看過できまい。見ず知らずの女医を殺めた山形大生は、スマホの助けを借りて犯行に及んでいた。裁判の判決文で明かされたのは、「スマホ脳」の病理に侵されつつある現代人の末路なのか……。

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 やるかやるまいか……。迷いと葛藤の末、貴方が人を殺めてしまったとしよう。途端に激しい動揺が生じ、罪の意識に苛(さいな)まれ冷静でいることは難しくなるに違いない。

 だが、この殺人事件で有罪判決を受けた男は、そうした葛藤を内に抱え苦しむのではなく、淡々とスマホに答えを求め続けた。少なくとも犯行に及ぶ前後の数時間は、頭の中に浮かぶ疑問をスマホで検索して、自らの欲望を叶えるための糧にして行動したのである。

 男の名は加藤紘貴(ひろき)(25)。昨年5月19日、山形大学人文社会学部4年生(起訴後に除籍処分)だった彼は、山形県東根市内にあるマンションの一室で、面識のなかった眼科医の矢口智恵美さん(享年50)を殺害、殺人と住居侵入容疑で逮捕起訴された。

 今年12月11日、山形地裁は加藤被告に対して懲役18年の実刑判決を言い渡したが、他の事件と比べ特異なのは、彼が犯行前後にスマホで何を検索したか、その履歴が判決文で赤裸々に明かされたことだった。

 その理由を地元記者はこう解説する。

「初公判から一貫して加藤被告は殺意を否定し続け、犯行時の様子を尋ねられても“憶えていない”と述べていました。弁護人も彼は抗うつ剤と酒を共に口にしたことで心神耗弱状態となり、“刑事責任能力はなかった”と主張。対する検察側は、押収した加藤被告のスマホの検索履歴を証拠として示し、事件を起こしたことをきちんと自覚していたと指摘しました」

 結果的に「有罪判決」を下したことからも、裁判長は被告の主張を斥(しりぞ)けて刑事責任能力を認めているわけだ。それらの根拠のひとつとなったのが、加藤被告は犯行前後にスマホで検索し続けていたという事実だった。

 掲載の表は、判決文を基に加藤被告のスマホに残されていた犯行前後の検索履歴をまとめたものだ。これを順に追う形で、改めて事件の概要を振り返ってみたい。

 犯行前日の昨年5月18日、まず加藤被告はSNSで知り合った女性と会う約束を取りつけ、山形県の中部に位置する河北町へと向かう。けれど約束の時間になっても相手は現れなかった。つまりフラれたわけだが、とにかく女性と性交渉がしたい。その欲望を抑えられなかった彼は、22時57分頃たて続けに〈河北町 風俗店〉〈河北町 デリヘル〉と打ち込んでいる。

 うら寂しき夜、似たようなキーワードを調べた経験を持つ殿方もいるだろうが、ここからの加藤被告は常人には想像もつかない道を選ぶ。僅か20分ほど後に検索を再開して、〈施錠されていない家〉〈無施錠〉と調べたかと思えば、日付が変わった犯行当日の午前1時11分頃から1時間半ほどは、〈ピッキング作業〉などの文言を打つに至るのだ。

 自らの性欲のはけ口を、自宅で就寝中の女性に求めた痕跡が窺えるが、実際2時42分頃には、〈神町 アパート〉と、犯行現場近くの地名を入れて、ターゲットを漁り始めた。

 再び先の記者が言うには、

「深夜から明け方にかけて、加藤被告は無施錠の家に狙いを定めてマンションやアパートを物色していました。現場以外の集合住宅などでも手あたり次第に玄関を開けようとドアノブを回し続ける彼の姿が防犯カメラに捉えられており、逮捕の決め手となったのです」

 殺害時刻の直前、5時10分頃になると、検索ワードは一層、過激さを増していく。

〈押し入り 強姦〉――。そう調べた挙句、たまたま無施錠だった被害女性宅へ玄関から侵入したのだ。直後に部屋の主と鉢合わせとなり、驚いた加藤被告は室内にあったゴルフクラブで、何の罪もない彼女の頭を10回以上強打して、頭蓋骨陥没により死に至らしめた。


■“秘密の箱”


 証拠が残る恐れがあるのに、加藤被告は被害女性宅の洗面所で手などを洗っている。そうして現場を後にした彼は、JR奥羽本線のさくらんぼ東根駅から6時26分発の始発電車に乗った。車窓に広がるのは、被害女性が二度と見ることが叶わなくなった朝の山形盆地の田園風景。そこには目もくれず、山形市内の下宿に戻るまで、ひたすら手にしたスマホと向き合ったのだ。

「私が特に注目したのは〈いびき 死ぬ前〉という文言です。脳挫傷で人が亡くなると、死亡直前にいびきが出ることが多い。被告が現場にいたことの強い状況証拠となりますね」

 そう話すのは、元埼玉県警刑事で、捜査1課の「デジタル捜査班」班長を務めていた佐々木成三氏だ。

「警察にとって容疑者のスマホは“秘密の箱”であり、近年こうしたウェブ履歴を調べることは、捜査において大きなウェイトを占めています。過去にも練炭自殺をした男性の妻のスマホを押収したら、〈退職金〉〈生命保険〉といった語句から、〈練炭 どこで売っている〉といったことまで検索していることが分かった。案の定、その自殺は妻が偽装した犯罪で、のちに立件されたのです」

 人の死の前兆をネットによって教えられた加藤被告は、ようやく罪の意識が芽生えたのか。文豪ドストエフスキーの長編に興味を示し〈罪と罰 名言〉と打っている。続け様に女性を殺害した元貧乏学生の主人公・ラスコーリニコフと自らを重ね、事件に意味を見出そうとしたのなら現実逃避にも程があろう。

 他方で〈山形 ニュース〉を調べ、自らの犯行が露見していないかも入念に探っている。いずれにしても自らのことばかりを考え、被害者への贖罪の意識は微塵も感じられないのである。


■「快楽を得たい」


 実際、判決で裁判長は「未だ自ら犯した罪に十分に向き合っているとはいえない」と加藤被告を断じてもいる。スマホを操ることに夢中になるあまり、仮想空間であるネットの世界とリアルな世界との区別がつかなくなり、罪を犯しているという意識が希薄になったかのようにも見えるのだ。SNSで知り合った相手に殺害される悲劇が増えているが、この事件も手のひらであれこれ調べられる時代でなければ、起こり得なかった犯罪ではないのか。

 男女の恋愛にまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆する若手の社会学者・鈴木涼美氏に聞くと、

「普通に考えれば、人を殺した後に、スマホで何かを検索するなんてできない気もしますが、彼ら彼女らの世代からすれば、息を吸うように水を飲むようにスマホが生活に根付いているから、どんな状態でもそれはできてしまうのでしょう」

 そう評した上で彼女は、

「この被告人の場合、現実世界で人を殺して普通なら取り乱してしまうところ、スマホ画面の向こうに広がる非現実な世界に脳を接続し、意識を移すことで、ある種の冷静さを保っていたのではないでしょうか。被告人は25歳で、物心ついた頃から携帯をはじめネットに触れる機会が身近にあった。だからこそ、容易に脳をネットの世界にシフトチェンジできるスイッチを、持っていてもおかしくないと思います」

 近ごろ話題となっている『スマホ脳』(新潮新書)は、幼少期からスマホに依存することの危険性を説くが、いったい加藤被告の頭の中はどうなってしまったのか。

 スマホが脳に与える影響に詳しい脳神経外科医で「おくむらメモリークリニック」院長の奥村歩氏は、

「あくまでも一般論としてお話しすれば、彼が『スマホ依存症』だった可能性はあると思います。お酒であれ、クスリであれ、セックスであれ依存症の方は複数のモノに依存して、手っ取り早く快楽を得たいと考え、衝動的、短絡的に行動してしまう傾向がありますから」

 さらにはこうも言う。

「このような依存者は我を忘れてしまいやすい。加藤被告も繰り返し検索するうちにそうなってしまったのかもしれません。とはいえ無論、スマホ依存症の人が皆、人殺しをするわけではないことは強調しておきたい。スマホに家族からのメールが届けば正気を取り戻し、犯行を思いとどまったかもしれない。“バカと鋏(はさみ)は使いよう”という言葉があるように、スマホも適切に扱うべき道具だと思うのです」

 判決に不服な点があると控訴した加藤被告だが、牢でスマホを奪われた身となり“依存”から抜け出しても、失われた命は二度と戻らない。機械に操られる現代人の病理を、かの文豪ならどう描くのだろうか――。

「週刊新潮」2020年12月24日号 掲載

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