算数問題の解答にあ然 「結果」だけを求め過ぎる日本社会の弊害は、教育の現場にも

大学教授が全国学力テストの算数問題の解答にあ然 結果を求めすぎる国民感情にも指摘

記事まとめ

  • 教授が結果を求めすぎる国民感情に言及し、算数教育の世界にも浸透していると指摘した
  • マークシート試験では『文字変数に具体的な数を代入する』という裏技も考えられている
  • 全国学力テストのとある算数問題の解答では、誤答の多さに教授はあ然としている

算数問題の解答にあ然 「結果」だけを求め過ぎる日本社会の弊害は、教育の現場にも

 2020年はコロナ禍で大変な1年であった。第一波が大きくなった昨春、いわゆる「数理モデル」での感染者数予測が世界中で盛んになった。200年に1度あるかないかの災難だっただけに、日本でもその予測を多くの国民が注目した。

 未知のウイルスの脅威が差し迫っていたゆえ、厳しい目が注がれたことは仕方がないとは思う。だが、数学と数学教育が専門の私からすれば、あまりにも結果に対して「当たったか当たらなかった」のみに注目しすぎていたように思う。

 数学には、方程式や図形の性質を研究するような「構造」に注目するものがある一方で、時間に伴う「変化」を研究する解析学という分野がある。数理モデルを通してコロナ感染の推移を研究する分野は、解析学の応用と捉えてよいだろう。

 分かり易い応用の例を挙げると、学校教育の理科で学ぶ物体の落下の公式がこれに当たる。真空の状態で物体を落下させた場合の公式であり、少し高い所からパチンコ玉を落とす場合は、大きく違うことはない。しかし、ネコが地上250mぐらいから落下した場合には、落下の公式は全く適用できないのである。

 実際、1994年にビルの50階(地上約250m)から落ちたネコが助かったアメリカの報告や、1998年に竜巻に巻き込まれ6km先に無事着地したりした記録もある。ネコには高い所から落ちた場合、空気抵抗を最大限に利用し、落下速度が一定以上大きくならないようにして、地面に落下するまでにベストの態勢をとる習性があるからである。だから、ネコに対しては空気抵抗をも加味した数理モデルを考えなくてはならないのだ。

 このように、数理モデルの研究は常に改良の歴史がある。忘れてはならないことは、どのようなデータと式を用いたかである。その部分に注目しないで、「当たったか当たらなかった」のみに国民が注目し、批判ばかりするようになると、研究にブレーキを掛けてしまうことにもなりかねない。私にとってネコの例は、数理モデルに関する冷静な「目」を人間に教えていると考える。


■結果を求めすぎる


 さて、我が国の重要な政策に関してこの10年間を振り返ると、経済の発展、待機児童の解消、自殺を無くすこと、などいろいろ思い出す。この点に関しても、多くの国民は「結果」としての数値のみに注目していたようだ。一見、数値は改善されたが、その後に、どれも定義が若干変更され、実態は数字とかけ離れていることが明るみになっている。背景に、理由やプロセスは軽視する一方で、とにかく「結果」を求め過ぎる国民感情があるからだろう。

 それは身近な問題でもしばしば起こっている。かつて某民放で「納豆のダイエット効果」が放送された直後には、スーパーマーケットで納豆の品切れ騒ぎが起きた。この件では、放送で捏造問題があったことが後に発覚し、国民は冷静になったのである。

 最近、筆者が深刻に捉えていることは、結果だけに注目する傾向が、もっともプロセスを重視すべき「算数・数学の教育」の世界にも浸透してきたことである。

 戦後の復興期を全力で駆け抜けた年配の世代は「算数・数学の学びでは理解が大切で、答えだけ当たってもダメ。答えを導くプロセスをしっかり述べなくては評価されない」という考え方を、散々叩き込まれた。

 ところが現在は、算数・数学の学びに関する意識は、それと真逆な方向に進んでいると言わざるを得ない。大学共通一次学力試験が始まった1979年以降、マークシート試験は益々盛んになり、「選択式の問題では前から3番目が正解になる確率が高い」などの裏技が、日本ではいろいろ考えられてきた。ヨーロッパの大学入試は、昔も今もプロセスを大切にする記述式であることを直視すべきだろう。

 以下のような「文字変数に具体的な数を代入すると答えがバレ易くなる」というのも、マークシート試験の裏ワザだ。

 2×x+7+4×x−6×(x+1)=□

 という形式の文字計算問題があって、□には数字が入ることが分かっているとする。本来は文字計算をすべきところ、xに0を代入することで、

 0+7+0−6×1=1

 となるので、文字計算をせずに□=1という答えが分かってしまうのだ。

 日本では、そのような流れに歩調を合わせるかのように、中学数学での作図文(コンパスと定規で図を描く作図の文章)や証明文の学びが1970年代頃と比べて劇的に減ったのである。教科書研究センターで調査してみると、全文記述の証明問題数(中学数学教科書)は、1970年と2002年で約3分の1になってしまった。実際、作図文の指導を、最近は多くの中学校で省略している。

 結果、いろいろと困った現象が明るみになっている。2004年に行われた千葉県立高校入試の国語で、地図を見ながら道案内する文を書く問題が出題されたが、受験者の半数が0点だったのである。

 最近では、PISA調査(OECD生徒の学習到達度調査)で、日本の子どもたちは科学的文献に対して自らの考えを述べる論述力に弱点があることが注目されている。この結果を受け、「読解力低下」が問題だと世間で言われているが、調査問題を見ればむしろ「論述力」が核心なことは明らかである。PISA調査の結果に、「作者の意図はどれか。選択肢から適当なものを選べ」というような“読解力”を思い浮かべている人たちが、未だ少なくないことは残念でならない。


■「赤いテープの長さは120cm」で「白いテープの0.6倍」が分からない子供たち


 プロセスを軽視して答えさえ当てればよいという教育は、小学校の算数の段階から行われている。例として、「割合」の問題を取り上げよう。「比べられる量・もとにする量・割合」に関しては、「基準とする対象を1あるいは100%とすると、比べられる対象はどのくらいになるか」という理解が先ず大切である。だが、そのような理解が覚束ない子どもたちに対して、「く(比べられる量)・も(もとにする量)・わ(割合)」なる図式の暗記だけの教育・学習が広まっている。

 割合の内容に関しては、「どのような先生に指導されたか」という運が多分に影響している。理解を無視し、「く・も・わ」の暗記から入る学習を経た子どもたちは、簡単な割合の問題は解ける。しかし、やがて時間が経つと割合の問題がさっぱり解けなくなってしまう。その証拠に、以下のような事例が多々あるのだ。

 2012年の全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)に次の内容の問題が出題された(小学6年対象の算数A3(1))。赤いテープと白いテープの長さについて、「赤いテープの長さは120cmです」、「赤いテープの長さは、白いテープの長さの0.6倍です」が分かっているという前提で、4つの図から適当なものを選択させる問題だ(図参照)。

(1)は白テープが120cm、赤テープがその0.6倍になっている。
(2)は白テープが120cmで、白テープは赤テープの0.6倍になっている。
(3)は赤テープが120cm、白テープがその0.6倍になっている。
(4)は赤テープが120cmで、赤テープは白テープの0.6倍になっている。

(3)と回答した生徒が50.9%もいる半面、正解の(4)を回答した生徒が34.3%しかいなかった。

 2012年度の全国学力テストから加わった理科の中学分野(中学3年対象)では、10%の食塩水を1000グラムつくるのに必要な食塩と水の質量をそれぞれ求めさせる問題が出題された。これに「食塩100グラム」「水900グラム」と正しく答えられたのは52.0%に過ぎなかった。1983年に、同じ中学3年を対象にした全国規模の学力テストで、食塩水を1000グラムではなく100グラムにした同一の問題が出題され、この時の正解率は69.8%だった。

 注意すべき点は、「割合」を根本から理解させる教育と、「く・も・わ」の図式などを用いて暗記で誤魔化す教育を比べると、前者は苦労が伴うものである一方で、後者は苦労せずに覚えさせられる面がある。しかし子どもたちの将来を考えれば、前者の教育が大切なのである。

 算数教育ばかりでなく数学教育全般で、公式や定理の証明を省略して結果の暗記だけの学びが増え、それによる珍現象も目立ってきた。筆者はこのような傾向を見直すために、今後のAI時代にはプロセスの理解が大切で、暗記だけの学習は通用しないことを訴える書『AI時代に生きる数学力の鍛え方』(東洋経済新報社)を昨年末に出版した。とくに、暗記だけの算数・数学の学習では発想力や応用力が身に付かないことを説き、数学嫌いが多い日本の現状を憂慮し、出前授業などで好評だった興味・関心を高める題材も数多く紹介している。

 2019年3月に経済産業省は、レポート「数理資本主義の時代〜数学パワーが世界を変える」を発表し、社会のあらゆる場面でデジタル革命が起きている現状を「第四次産業革命」と捉え、数学の重要性を訴えている。さらに経団連も、「文系大学生も数学を必修として学ぶこと」等々の提言を出している。

 しかしながら、算数・数学の学びでは理解が大切で、答えを導くプロセスをしっかり述べなくてはならないことを、改めて認識すべきである。そのためには、日本全体を覆っている「結果」を求め過ぎる国民の意識を、「プロセス」を大切にする意識に改めることが緊要の課題だろう。

芳沢光雄(よしざわ・みつお)
1953年東京生まれ。東京理科大学理学部(理学研究科)教授を経て、現在、桜美林大学リベラルアーツ学群教授。理学博士。専門は数学・数学教育。近著に『離散数学入門〜整数の誕生から「無限」まで』(講談社ブルーバックス)、『AI時代を切りひらく算数〜「理解」と「応用」を大切にする6年間の学び』(日本評論社)、『AI時代に生きる数学力の鍛え方―思考力を高める学びとは』(東洋経済新報社)など他多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月8日 掲載

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