【原発事故10年】日本人はなぜ取り憑かれたように原発を推進したのか 機密ファイルが明らかにする米国の思惑

【原発事故10年】日本人はなぜ取り憑かれたように原発を推進したのか 機密ファイルが明らかにする米国の思惑

国防総省の情報機関はなぜ、建設中の福島第一原発に注目したのか――(写真は事故後の第一原発)

 今からちょうど10年前の2011年3月、世界に衝撃を与えた福島第一原子力発電所の事故。その3基の原子炉には、今も溶け落ちた核燃料が、強い放射線を放ちながら溜まっている。建屋はひしゃげた鉄骨がむき出しで、周りは大量の汚染水のタンクが墓標のように並ぶ。かつて最先端の科学技術で作られた原発、それが廃墟のように聳(そび)える姿は、何とも言えないわびしさを感じさせた。(ジャーナリスト・徳本栄一郎)

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 この福島第一原発に触れた1通の英文報告書がある。「機密」とタイプされたファイルの日付は1974年9月、海岸沿いに並ぶ真新しい原子炉の写真、その下に「FUKUSHIMA」のキャプションがある。と言っても、これは東京電力が作ったパンフレットではない。

 作成したのは米国のDIA(米国防情報局)、国防総省の情報機関である。DIAとは全世界で軍事のインテリジェンスを集める、CIA(米中央情報局)と並ぶエリート組織だ。約半世紀前、彼らが神経を尖らせていたのが、この誕生間もない福島第一原発だった。

 過去10年、東京電力は世間の指弾を受け続けてきた。ある者は利益偏重と安全対策の軽視を責め、ある者は原子力ムラの閉鎖性を、またある者は官と民の癒着を指摘する。

 たしかに彼らが地震と津波に有効な手立てをせず、史上最悪レベルのメルトダウンを起こしたのは間違いない。長年の奢り、打算、放漫の産物だが、これだけでは余りに短絡的過ぎる。

 そもそも東京電力、いや日本人はなぜ、取り憑かれたように原発を推進したのか。それにより恩恵を受けたのは誰で、事故の真の責任は誰にあるのか。原発を作った側と同様、それを与え、駆り立てた側も追及されるべきでは。

 こう考えて、海外のアーカイブを回り、半世紀以上に遡って東京電力に関する膨大なファイルを集めた。その結果を、小説という形でまとめたのが拙著「臨界」(新潮社)だった。

 そこには日本人に原発を与えて外交の武器にした米国、新たな市場を狙った欧米の原発メーカー、原油の禁輸と値上げで日本中をパニックにしたアラブ、こうした思惑が入り乱れていた。それは、まるで加害者がじつは被害者で、その逆もあり、関わった人間全てが共犯の「オリエント急行殺人事件」であった。

 そのクライマックスが福島のメルトダウンで、そこに至る道は1967年、ホワイトハウスに届いた報告から始まっていた。


■「電力の鬼」が怯えたわけ


 この年の9月13日、ジョンソン政権の国家安全保障担当大統領補佐官、ウォルト・ロストウにある書簡が送られた。差出人はニューヨークの実業家、ロバート・アンダーソン、かつて財務長官を務めて豊富な海外人脈を誇る。

 前月に訪日して佐藤栄作総理や要人と会談した報告だが、その中に松永安左エ門という名前があった。東京で総理から、ぜひ彼に会ってくれと頼まれたという。

 戦前から電力業界で活躍した松永は、終戦直後に9電力会社の再編で旗振り役を演じた。すでに90歳を超えて第一線を退いたが、隠然たる力を持つ財界の大御所だ。その彼の目下の懸念は、火力発電用の原油の確保だという。アンダーソンの書簡から引用する。

「松永らの最大の関心事は火力発電用の油だが、国内の施設にはたった20日分しか備蓄がないという。もし中東からの供給に支障が出れば、たちまち電力不足の危機に陥る」

「中東からのタンカーはマラッカ海峡を通過するが、ここで船舶が沈没すればインドネシアに迂回せねばならない。だが、そこは水深が57フィートしかなく大型タンカーが通れないという」

 独特の風貌と鋭い眼光で「電力の鬼」と呼ばれた松永が、まるで子供のように怯えている。理由は、その数ヵ月前に起きた中東戦争だった。

 6月5日、イスラエル軍がエジプト、シリアなどに奇襲攻撃をかけ、第三次中東戦争が始まった。これにイスラエルは圧勝して、シナイ半島やゴラン高原を占領、戦闘は6日間で終わるが、日本の電力会社は文字通り震え上がった。

 すでに時代は戦後の復興から高度経済成長に入っていた。電力需要はうなぎのぼりに増え、それに比例して伸びたのが火力発電用原油の輸入である。66年度の消費量は1319万キロリットルで、しかも、その9割が中東からだった。もし禁輸でもされたら即、発電が止まってしまう。

 幸い、この時は目立った影響もなく杞憂に終わったが、佐藤総理や松永、東京電力の心胆を寒からしめたのは間違いない。再び中東で戦火が起きても、安心なエネルギーが至急必要だ。

 そして、アンダーソンの報告がホワイトハウスに届いて半月後の9月29日、東京から220キロ離れた太平洋岸で、ある巨大工事が始まった。福島県の大熊町と双葉町に跨がり、波飛沫を受けて聳える断崖、それを重機で削り取るのだ。そこに広大な敷地を作り、荒海に突き出る防波堤と合わせ、自然の景観を一変させるプロジェクトだった。

 政府に出された申請書には「原子炉設置許可」「軽水冷却型」、責任者の欄は東京電力の木川田一隆社長とある。それから44年後に津波でメルトダウンを起こす福島第一原発、その1号機である。

 そして、この頃、ワシントンでこうした動きを虎視眈々と見守っている男がいた。小太りで分厚い眼鏡の風貌は、どこかユーモラスだが、奥の目に賢さと意志の強さ、したたかさが入り混じっていた。

 国ぐるみで原発に舵を切った日本、それを米国の利益のため使わない手はない。原発とウランを武器に彼らの手綱を握る、そのためにベストな戦略は何か。男の名前はニクソン政権の国家安全保障担当大統領補佐官、ヘンリー・キッシンジャーであった。


■日本を好きなように操れるという奢り


 ドイツ生まれのキッシンジャーは、戦時中、ナチスを逃れて家族と渡米し、後にハーバード大学で国際問題を教えた。そして、ニクソン政権でホワイトハウス入りするが、その哲学は徹底した現実主義、リンケージ政策だ。一見、外交と関係ないもの、食料やエネルギー問題を絡めて相手を揺さぶり、主導権を奪ってしまう。

 そして、彼が見つけた対日外交の新たなカード、それが原発だった。

 71年2月22日、キッシンジャーはニクソン大統領に「原子力の平和利用政策の再検討」と題したメモを送る。タイトルこそ大人しいが、その中身は、日本の電力業界にとって重大な意味を含んでいた。そのメモから引用する。

「米国の原子力の平和利用政策は、54年のアイゼンハワー政権下、アトムズ・フォー・ピース計画以来見直されず、この間に種々の問題が浮上しました。世界的に原発用の濃縮ウランの需要が増加する中、唯一の大供給源のわが国は生産能力を増強していません。自分は、国家安全保障会議の委員会で、以下への対処を命じました。【1】他国へ濃縮ウラン供給を続けるべきかどうか、【2】そうであれば、どのような条件を付けるべきか」

 そもそも原発を動かすには核燃料を使うが、単に天然ウランを入れただけでは用をなさない。そこに含まれる「ウラン235」の濃度を高めた濃縮ウランが必要で、米国はその最大の供給国だ。それは外交交渉のカードになるのを意味した。

 実際、その3日前、キッシンジャーは、CIAや国務省に原発と外交について検討するよう命じている。そして彼らは早速、この政策を採用したようだ。その年の暮れの12月30日、駐日米国大使館から、ワシントンの国務省にある提案が送られた。

「サンクレメントで田中角栄通産大臣、水田三喜男大蔵大臣と、米国製原発の追加購入を協議するよう進言する。現在、日本は1980年までに2万7000メガワットという野心的な原発計画を進めている」

「円高や規制緩和にかかわらず貿易不均衡が続き、田中、水田と原発購入について話し合うのは極めて適切である」

 その翌月、佐藤総理は訪米して、カリフォルニア州サンクレメントで日米首脳会談を行う。それに同行する田中と水田に、原発をもっと買うよう促せという。日本の貿易黒字が膨張する中、外貨を吐き出させるにはうってつけだ。また原発を買えば濃縮ウランも買わざるを得ず、米国の立場はますます高まる。

 そして大使館は、米原発メーカーのGEやウェスティング・ハウスと協議し、働きかけは今が最適と判断したという。まさに官民一体となった売り込み、外交と原発を結ぶリンケージ政策だった。

 さらに71年4月、キッシンジャーが出したNSSM122号の中身が、また興味深い。NSSMとは国家安全保障研究メモランダムの略で、米外交の指針を出し、政府で共有する。この号のタイトルはずばり「対日政策」、ファイルに、ホワイトハウスの会議でキッシンジャーが発した質問が残っていた。

「今後の日本はどこへ向かうか」
「われわれは、どのような日本を望むのか」
「どうやって、そこへ彼らを向かわせるか」
「そのためのコストは」

 まるで他国を好きなように操れるという奢りすら伝わるが、それに対する国務省の回答がある。

「この問いにはまず、どのようなアジアが米国の利益に合致するかを決めねばならない。軍拡競争や戦争に至る緊張がなく、一国に支配されないアジア、それが米国の国益と想定すれば、日本を現状のまま維持するのが最も望ましい」

 そして今後も途上国を支援させ、近隣各国、特に中国が警戒する軍事力は持たせず、自前の核兵器は安全保障に寄与しない立場を遵守させるべき、という。

 これらホワイトハウスや国務省のファイルから、当時の米国政府首脳の考えを代弁してみると、こうなる。

“洪水のような日本からの輸出と貿易不均衡は、もはや容認できない。それを解消するのに高価な原発、米国製の軽水炉はうってつけだ。中東情勢に怯える日本人も飛びつくだろう。また、それを動かすには濃縮ウランがいるが、幸い、うちはその最大の供給国だ。これは即ち、いざとなれば生殺与奪を握れるのを意味する。だが、彼らが色気を出して核兵器を持つのは断じて許さん。そうなればアジアで日本の力が増し、わが国益を脅かしてしまう。”

 こう考えると、冒頭のDIA報告の持つ意味合いが理解できる。国防総省の情報機関がなぜ、建設中の福島第一原発に注目したか。それは日本の核兵器保有の阻止だったのだ。

 実際、この報告では80年代半ばに日本の原発から大量のプルトニウムが出るとし、「核兵器開発の展望」という項目もある。ところが、その主要部分は黒塗りにされ、詳しい内容は機密扱いのままであった。

 71年3月26日、今からちょうど半世紀前のこの日、完成した福島第一原発の1号機は営業運転を始めた。午後2時過ぎ、GEの関係者が「フクシマ・ユニットワン・ターンキー」と刻印した、記念の銀色の鍵を発電所長に手渡す。その瞬間、中央操作室にいた全員から拍手と歓声が沸き上がった。

 4年前の着工以来、GEはつきっきりで建設作業を見守り、1号機の運転員教育も引き受けた。また核燃料のウランの調達から濃縮、加工まで一切をGEが担い、まさに至れり尽くせりのバックアップだった。もちろん、東京電力の人間は、ワシントンで国際政治のどんな力学が働いていたかを知る由もない。

 そして福島の1号機が誕生した頃、遠い中東の地で、世界を揺るがす事件の胎動が静かに響き始めていた。長年、欧米の国際石油資本に蹂躙されたアラブ、彼らが蜂起の狼煙を上げたのだ。それはキッシンジャーの読みを超える混乱を生み、東京電力をパニックにし、熱に浮かれた原発推進に追い込んでしまう。第四次中東戦争と未曽有の石油危機である。(続く)

徳本栄一郎(とくもと・えいいちろう)
英国ロイター通信特派員を経て、ジャーナリストとして活躍。国際政治・経済を主なテーマに取材活動を続けている。ノンフィクションの著書に『エンペラー・ファイル』(文藝春秋)、『田中角栄の悲劇』(光文社)、『1945 日本占領』(新潮社)、小説に『臨界』(新潮社)等がある。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月10日 掲載

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