「情報公開をすることになったから残さない」公文書管理が杜撰な理由

2001年に情報公開法が施行されてから、逆に「文字を残さない」という方向に向かった官僚文化。安倍前内閣の時から露呈した日本政府の杜撰な公文書管理体制を、憲政史研究家の倉山満氏が斬る。

※本記事は、倉山満:著『救国のアーカイブ』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■杜撰な公文書管理を露呈した安倍前内閣時代

安倍内閣の時代には森友事件の他にも、公文書に関係する複数の問題が起きました。防衛省が廃棄したと説明していた、南スーダン国連平和維持活動部隊の日報が、実は保管されていたという、いわゆる自衛隊日報問題。

▲森まさこ前法務大臣 出典:ウィキメディア・コモンズ(内閣官房内閣広報室)

愛媛県の学校法人「加計学園」の獣医学部新設に関し、愛媛県が存在しないとしていた「首相の意向文書」が、のちに国会に提出された、いわゆる加計事件。森友事件と加計事件は、あわせて「モリカケ」と呼ばれ、何年も政治問題化しました。

安倍内閣の末期には検察人事をめぐる、いわゆる「黒川騒動」で揺れました。黒川騒動でも公文書の管理が問題にされ、大臣の答弁が崩壊していました。

何が大事なことなのか、公文書管理のイロハもできていないのかと野党に追及され、当時の森まさこ法務大臣は、毎日のように涙目でしどろもどろな答弁をしていました。

森友事件では自殺者も出ており、黒川騒動は言い訳不能の失態でした。こうした結果だけでも、安倍内閣の公文書管理は杜撰としか評価しようがありません。

ただ、公文書管理の専門家は、安倍批判の左派の人たちが多いのですが、その左派の人たちが共通して言っていることが二つあります。一つは、安倍内閣の公文書管理は論外。もう一つは、日本政府の公文書管理の杜撰さは、安倍内閣の責任にだけ帰すことはできないほど根が深い。

■行政と国民を敵対関係に見据えた情報公開法

公文書をめぐる多くの問題については、もちろん各方面から批判の声が上がりました。しかし、批判する側が正しいかというと必ずしもそうではない、ということも同時に浮き彫りになりました。

野党およびマスコミによる公文書管理に関する批判は、そのほとんどが「捨てるな」「隠すな」「見せろ」に集約されます。こうした批判は、2001年4月1日に施行された「情報公開法」に基づきます。

▲情報公開制度 教えてペンゾー先生!の扉ページ 出典:総務省ホームページ

情報公開法は、わかりやすく言えば、政府は悪いことをするに決まっている存在だから、常に隠ぺいするということを前提として、情報公開を求めることができるという法律です。情報公開とは「見せろ」と迫ることです。その情報公開法の第一条には、法律の目的が書いてあります。

この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

のっけから「国民主権」と大上段に構え「国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する」と締めています。普通の日本語で読めば、行政と国民が敵対するのを前提としているのがわかると思います。

もちろん、行政と国民には適度な緊張関係が必要です。ややもすれば、権力を振るう行政が国民に対して横柄になるのは、腐敗です。国民に説明を求められても「この程度でよかろう」とごまかすのは、腐敗した権力者がよくやることです。

だから、本来は国民が主権者であり、官僚は奉仕者にすぎないと思い出させるために「国民主権」「民主的」と強調するのです。

■ねじ曲がった解釈により生まれた新たな官僚文化

では、現実の情報公開法が、国民のためになっているのでしょうか。

見逃してはいけないのは、情報公開法施行を背景にして、官僚機構に新しい文化が生まれたということです。「行政機関内部で自由に記録が残せない」という文化です。

情報公開しなければならないということであれば、結局は叩かれて批判されるので、大事なことはできるだけ文字に残さないようにしよう。そういう文化が行政側にできあがりました。情報公開法の施行前は、省庁から国立公文書館に年間1万7,000冊余りの公文書が移管されていたのに、施行後は674冊にまで激減したとか(小川千代子 他:編『アーカイブへのアクセス』日外選書/2008年)。

こういう文化ができあがっているのに「捨てるな」「隠すな」「見せろ」と要求しても「最初からありません」で終了です。「あるはずだ」と言っても、単なる押し問答にしかなりません。

言葉をもう少し正確にしましょう。「捨てるな」は、アーカイブの世界では「保存」です。「見せろ」は「公開」です。保存と公開だけ言っても「隠すな」にはなりません。

では、どうすればよいのでしょうか。

■抜け落ちている「整理」=「アーカイブ」の視点

アーカイブの世界には、大事な過程が三つあります。最初は「保存」、最後が「公開」です。そして、その真ん中に最も大事な部分があります。「整理」です。

保存し、整理し、今はデジタル時代で効率化されていますが、紙文化の時代においては保存場所も大変なので、何を残して何を捨てるかという手間のかかる取捨選別作業を経て、最終的に捨てるものと公開するものとに分かれます。

この流れが「保存」「整理」「公開」です。

▲国立国会図書館 インターネット資料収集保存事業のホームページ

行政に「隠すな」と要求するなら「整理」の方法論を提示すればいいのです。そんなに国民主権の民主主義が大事なら「こういうふうに整理しなさいよ」と方法論を、学術的に提示し、守らせればいいのです。

この「整理」こそが、一番大事なところです。整理する方法を「アーカイブ」といいます。アーカイブが確立されていなければ、何を残して何を捨てるかという判断などできるはずがありません。

安倍内閣の時代に限ったことではなく、情報公開に関する批判は、それ以前から「保存しろ」「公開しろ」としか言いません。政府の側も、そうしたワンパターンの批判に対してムキになって隠します。真ん中の「整理」が抜けているから、それしかやりようがないのかもしれません。批判されている官僚の側も「じゃあ、どうすればいいの」が本音なのでしょう。

真面目な官僚こそ、ちゃんとしたアーカイブを教えてくれれば守ります。アーカイブは、官僚自身を守る術なのですから。

安倍内閣時代に起きた事件によって、公文書は捨てるものであり改ざんするものである、という風評が文化として定着してしまったきらいがあり、非常に不幸な状態となりました。

「整理」があって、初めて何を残して何を捨てるかという判断ができるはずであるという視点が、批判側にも政府側にもありません。

▲抜け落ちている「整理」=「アーカイブ」の視点 イメージ:PIXTA

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