外国籍の子どもにもある無限の未来を「運」に委ねてはいけない

■日本の教育システムからこぼれ落ちた技能実習生?

日本に暮らす外国人労働者のなかには、ナイトクラブのようなグレーの世界で働いたり、無届けでビジネスをしたりしている人もいる。彼らはトラブルに見舞われた際、日本の警察に頼ることができない。そこでギャングのような人間たちに金を払って身を守ってもらう。

彼や彼女たちは、家族を伴って来日することが多いため、その子どもたちが不就学になって社会の隅に追いやられることが少なくない。そういう子たちの一部がギャングのようなグループを結成する。

こうしたグループが生み出された原因はどこにあるのだろう。

日本が行なってきた外国人に対する政策を振り返ってほしい。国は不足した労働人口を補うために、入管法を改正したり、技能実習生制度をつくったりして、貧しい国から大勢の労働者を招き入れてきた。

▲貧しい国から大勢の労働者を招き入れてきた日本 イメージ:PIXTA

この政策自体が間違いだったというつもりはない。だが、日本に来てまできつい仕事をしようという外国人は、そもそも母国で仕事にあぶれる要因を持っている率が高いうえ、日本としても受け入れ態勢をきちんと整えてこなかった。それゆえ、親の都合で連れてこられた子どもたちが日本の教育システムからこぼれ落ちていった。

日本人のなかには、こんなふうに言う人も少なくない。

「外国人のほうが自分の意志で日本にやってきたんだ。なんで、日本政府がそこまで責任を負って面倒をみなければならないのか。日本人だって外国に行けば同じような目に遭う可能性がある。少なくとも日本にはなんの責任もない」

僕はそう思わない。なぜならば、日本はそれまでの欧米諸国の例から、外国人を大量に招き入れれば、こうした問題が起こることを予期していたはずだからだ。

たとえば、ドイツでは第二次世界大戦後、復興のためにトルコをはじめとした諸外国から大勢の労働者を呼びよせてきた。そのため、今では国内に暮らす人のうち5人に1人が移民をルーツに持つ人たちになった。

しかし、ドイツは労働力の受け入れを優先するあまり、その子どもたちの教育を二の次にしていた。そのため、1990年代にはすでにドイツ語のわからない移民の子どもたちが増加したり、学級崩壊が叫ばれたりするようになった。

やがて、それはドイツ社会に移民の貧困層を生むことになり、治安悪化などの問題へつながった。

▲ドイツでも移民に関する社会問題があった イメージ:PIXTA

ドイツ以外でも、欧米諸国は日本よりも早い段階からこうした移民問題に直面してきた。

日本はその事例から結果を予想できていたのに、適切な対処を取らないまま外国人労働者を受け入れ、欧米とそっくりな問題に直面している。だとしたら、日本はやるべきことを怠ったと言えるんじゃないだろうか。

僕たち日本人は、いま日本で外国人児童の約15.8パーセントが不就学になっており、日本語の読み書きもほとんどわからないまま大人になっていく事実を、しっかりと見つめなければならない。

過激な人はこう言うだろう。

「そんな人たちは母国へ追い帰せばいいんだ」

でも、彼らは母国とのつながりがまったくない。日本で生まれたり、幼い頃に来日したりした彼らにとって、故郷はあくまで日本だ。たとえ犯罪を起こした人を捕まえて強制送還させたとしても、次から次に外国人労働者が日本にやってくる現状を考えれば、根本的な解決にはならない。

僕たちがしなければならないのは、モグラたたきのような、その場限りの対処ではなく、社会としての受け入れシステムを作っていくことだ。

日本で、日本語の読み書きができない外国人の層を拡大させれば、日本社会に悪い影響を及ぼすのは火を見るより明らかだ。

僕たちは今、何をするべきなのか。

現在、日本の教育現場における外国人児童への対応は、定まった形があるわけではなく、現場の先生たちのボランティア精神に委ねられている。

■サヘル・ローズさんを救った一言

日本で活躍する外国人女性に、イラン人のサヘル・ローズさんがいる。ドラマ・映画・舞台で活躍している俳優だ。

サヘル・ローズさんの家は、イランの西部にある小さな町にあった。両親を含めて14人の大家族の末っ子だったそうだ。だが、イラン・イラク戦争によって、町は徹底的に破壊され、家族も失った。そのため、4歳で戦災孤児として児童養護施設で暮らすことになった。

▲戦争によって孤児となる子どもたちはどれくらいいるのだろうか… イメージ:PIXTA

そんな彼女の運命が変わったのは7歳のときだった。戦時中に彼女を助けてくれた女性が施設に会いにきて、養子に迎えてくれた。そしてこの義母の夫が日本に働きに行っていたことから、サヘル・ローズさんも一緒に日本へ移り住むことが決まる。

日本での暮らしは、理想とは程遠かった。義母は夫から連日のように虐待を受けたため、サヘル・ローズさんを連れて家を出て、公園で寝泊まりすることになった。お金もなく、スーパーの試食品などで空腹を満たす日々だったという。

そんななかでも、サヘル・ローズさんは公園から小学校に通っていたが、日本語がわからず信頼できる友達すらいなかった。校長先生は、彼女が困っているのを見て、こんなふうに声をかけてきた。

日本語がまだ苦手みたいだね。先生が教えてあげるから校長室へおいで

それから3カ月間、校長先生はサヘル・ローズさんを呼び、一対一のつきっきりで日本語を教えた。おかげで少しずつ日本語がしゃべれるようになり、自分に自信を持つことができるようになった。

時を前後して、義母が一生懸命に働いてくれたことで家を借りて暮らすこともできた。こうして彼女はなんとか日本の教育のレールに乗り、大学への進学を果たし、女優になった。

もしサヘル・ローズさんが、この校長先生と出会わなければ、教育システムからこぼれ落ちていったに違いない。だが、校長先生が彼女の境遇を理解し、親身になって日本語を教えたことで人生が良い方向へ転がりはじめた。

注意しなければならないのは、すべての校長先生や担任の先生が、このように外国籍の子どもに手を差し伸べられるわけではないということだ。

校長先生にしても、担任の先生にしても、日々の膨大な仕事に追われていて、受け持ちの児童に向けての授業をこなすので精一杯だ。すべての外国籍の子どもが、サヘル・ローズさんのような形でサポートをしてもらえるわけじゃない。言ってしまえば、彼女のような出会いがあるかどうかは「運」だ。

外国籍の子どもが持っている無限の未来を「運」に委ねていいはずがない。国や自治体は先生方のボランティア精神に頼るのではなく、外国人児童が教育システムから外れない体制をつくっていくべきだ。

▲国籍を問わず子どもたちには無限の未来があるはずだ イメージ:PIXTA

※本記事は、石井光太:著『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』(日本実業出版社:刊)より一部を抜粋編集したものです。

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