賛否両論のフジロック。現地取材で聞こえてきた参加者や地元の声

2020年は新型コロナウイルスの影響で開催が中止されたフジロックフェスティバル。今年は「コロナ禍で開催する特別なフジロック」として、さまざまな感染対策を行なったうえで敢行され、RADWIMPSやKing Gnuといった今の日本を代表する若手バンドから、フジロックとは縁深い忌野清志郎トリビュートバンドやザ・クロマニヨンズ、The Birthday、ROVOといった常連まで140組以上のアーティストが出演。そのなかでも、ピエール瀧が復帰後、初ステージとなる電気グルーヴや、再結成したNUMBERGIRLが注目を集めた。

コロナ禍にも関わらず、不特定多数の人間が集まる大型フェスの開催に踏み切った是非については未だに紛糾しているが、実際に3日間参加し、会場をくまなく見てきた者として、この「特別なフジロック」の真実を伝えたいと思う。

■1番大きなステージでもガラガラ…報道との差異

8月20日(金)の正午過ぎに会場に到着、入場の手続きをする。入場ゲートでは検温と消毒、荷物検査が行なわれ、例年よりやや物々しい雰囲気だ。今回は開催前に主催者から抗原検査のキットが送られてきたのだが、ゲート前にも検査所が設置され、心配な人は毎日無料で検査を受けることができるようになっていた。

▲入場ゲート前に設置された抗原検査所

ステージに向かう途中、トイレに寄った。例年、脇には流水で手が洗える手洗場があるのだが、今年はそこにハンドソープが備えつけてある。さらにエリアの中央には消毒液のボトルが円環状にたくさん並べてあり、好きなだけ使えるようになっていた。

▲テント内で結果が出るまで待機。当然だが陰性の場合のみ入場が可能となる

もちろん、これは最低限の設備なので、これだけで安心というわけではないが、出店テントの入り口や屋台のカウンターなど、会場内のあらゆるところに十分な量を設置しているところに主催者の誠心を感じたのも事実だ。

まずは最も大きいグリーンステージに行ってみる。入場時も異様にスムースだったことから、ある程度予想はしていたものの、それでも「えっ!?」と思わず声に出してしまうほど閑散としていた。

▲20日の14時半頃撮影したグリーンステージ。閑散としている

▲(参考)2017年、同じ時間帯のグリーンステージ前。比べて見ると、今年はいかに人が少ないかがわかる

いつもならエリア後方まで人、人、人で埋め尽くされているだけに、複雑な気持ちがする。日が落ちてから行なわれるメインアクト級のライブ(=人気の高いアーティスト)を除けば、他のステージもほぼ同じで、かぶりつき以外の場所はかなり空いていた。

スポーツ新聞など、いくつかの報道で出た写真を見ると、ステージ前に人が密集しているように感じるが、実際は錯視によるところが大きく、前後左右の間隔はステージ前の地面に埋め込まれた立ち位置ガイドのおかげもあって、適度に保たれていたと思う(ただ、ライブによっては盛り上がった結果、しばしばガイドを無視して密になってしまうことはあった)。

■3日間通して静かで異様な雰囲気だった会場

例年の状況を知っている自分から見ると、今年は密どころか、どこもかしこもスカスカというのが正直な感想だ。ただ、エリア間をつなぐ通路や橋は幅が狭いので、たくさんの人が一度に通行すると、距離が近くなってしまうことはあった。そんなときは会場内にいる感染対策専用のスタッフが、人との間隔を空けるよう指導したり、マスクから鼻を出している人を注意したりしていた。

ただ、常時ではなくても「密になることがあった」のは事実なので、その点については反論のしようがないし、感染対策をしていたから大丈夫と言うつもりもない。

「ソーシャルディスタンスの確保」「酒の販売なし」「マスク着用」「大きな声での会話、声援禁止」「黙食」など、今年ならではのルールはたしかに窮屈なものだったが、ほとんどの人たちがそれらを遵守し、気をつけながら過ごしていた。

会場内は3日間を通してとても静かで、異様な雰囲気さえあった。「無法地帯」とか「亡国のフェス」なんて見出しをつけた記事も見かけたけれど、むしろフェスならではの開放的なムードは控えめで、ハメを外す人もおらず、ルール遵守のもと、全てのアクトが「粛々と行なわれた」というのが、あの場にいた者の実感である。

「そんな状況でライブを見て楽しいのか?」と自問もしたけれど、今回久しぶりに野外での生演奏を見た私のなかに湧き起こったのは「楽しい」とは別次元の、もっと切実な感情であった。音楽の生演奏と、それを見に集い、この場で他者と共有する時間を「必要」だと痛切に感じる気持ちである。

その反面、この時期にフェスに行くなど、けしからんとする風潮もたしかにあって、そんな世間と自分との認識の差に、心中はずっと複雑だった。

■苦しい生活を強いられている関係者を思うと・・・

▲会場内のいたるところに「ソーシャルディスタンスの確保」「大声禁止」を呼びかける注意書きがあった

閑話休題。フェスにおいてライブに次ぐ楽しみは「食」である。数ある夏フェスのなかでも、フジロックは食べ物がおいしいと評判で、ラインナップも越後名物「もち豚」をはじめ、新潟産コシヒカリで作った「五平餅」、スパイスカレーや釜焼きピザなど、かなり本格的だ。

なかでも地元の観光協会が運営する『苗場食堂』は人気で、毎年1時間以上の行列になることもあるほどだ。今年は人が少なくて行列も短めと聞き、初めて並んでみた。それでも20分はかかったが、名物の「きりざい飯」と「けんちん汁」を購入することができた。「きりざい飯」は刻んだ漬物と納豆がかかった郷土料理で、家の朝ごはんのような素朴でホッとする味が、胃ばかりではなく心にも染みわたる。

▲『苗場食堂』のきりざい飯(トッピング全部のせ:600円)とけんちん汁(300円)。毎年長蛇の列であきらめていたのだが、今年初めて食べることができた

『苗場食堂』など一部の人気店をのぞいて、今年はどの屋台もほとんど並ばずに買うことができた。会場で話を聞いた観客の女性(ここ10年ほど欠かさず来ているフジロッカー)は「ご飯がすぐ買えることと、トイレに並ばずに済むことだけは良かったかも」と笑った。

その一方で、入場ゲート近くに出店していた肉屋の従業員は「今年は人が少なすぎて全然売れません。売り上げは例年の1/3か1/4くらいですね」と肩を落とす。それでも今年のフジロックに出店を決めたのは「毎年ここに店を出してきたので」。言葉は少なかったが、要は主催者やフジロックのお客さんとのつながりがあるから、ということのようだ。

▲ほとんどの屋台が待ち時間ゼロ。お客には優しいが、ある店舗は「売り上げは例年の1/3」と話していた

会場内は、ステージ数の減少によってレイアウトが変わっていたものの、各エリアの内容はほぼ例年通り。キャンプエリアのテントの数や、NGOのブースは減っていたが、ハンモックスペースやマッサージコーナー、衣服・雑貨店、新潟の名産品を販売するテント、大道芸やアクションペインティングのコーナーなど、フェスらしい出店や出し物は変わらずあった。例年通りキッズランドもあって、親子連れも思ったよりも多かった。

本来フェスティバルというのは、非日常空間を楽しむものなのだが、今年はコロナという現実がありとあらゆるところに影を落とし、今、私たちが直面している事態の残酷さをイヤというほど突きつけられた。

波乱はフェスの香盤にも及んでおり、事前のPCR検査で陽性判定が出て出演できなくなったアーティストたちもいたし、小泉今日子や折坂悠太など、感染状況を鑑み、直前になって出演をキャンセルしたアーティストたちもいた。

地域の医療が逼迫するなか、出演者や参加者だけでなく、周辺地域に住む人たちも一様に複雑な思いを抱えている。「もしフジロックで感染したら」「もしクラスターが発生してしまったら」――地元の人たちに大変な迷惑をかけてしまうかも、という不安が尽きない一方で、この2年近く、思うように仕事ができず、苦しい生活を強いられている音楽関係者(ミュージシャン、音響・照明技師などのコンサート・スタッフ)の実情も頭をよぎる。

20年のキャリアがある知り合いのミュージシャンは、予定されていたツアーが3度にわたってキャンセルになり「自分の存在自体が不要不急って思われてるみたいでキツい」とこぼしていた。

以前は、いろいろなミュージシャンのツアーについて全国を飛び回っていた売れっ子ローディーの友人も、長らく収入が断たれて、このフジロックが久々の仕事だと言っていた。どんなに熟練した技術があっても、それを発揮する現場がないと心は荒む。生活だけでなく、精神も追い詰められる状況が続いている――そんな話を多く見聞きしているので、限界はとうに越えていると感じる。主催者が開催に踏み切ったのは、おそらくそんな状況を知らしめ、一石を投じたいという気持ちもあったのだろうと思う。

▲出演者のキャンセル、代演などを伝える会場内の掲示板

■「開催されただけでもありがたい」地元飲食店の声

地元の人たちはどう思っているのだろう。会場近くの民宿街で、飲食店を営むご主人に聞いてみると「開催されただけでもありがたいですよ。されなかったらゼロなんで」とのこと。

別の土産物店で働く人も「去年から本当に人が来なくて。夏だけじゃなく冬もです。このままだと町がダメになっちゃう」と苦しい胸のうちを話してくれた。感染が広がるなか、東京からたくさんの人がやって来ることについて、どう思っているか尋ねてみると「不安がないわけではないけど、ありがたいという気持ちのほうが大きいですよ」。その表情からは、単に商売させてもらえるありがたさ以上の、フジロックと地域との「絆」を感じることができた。

昨年から今年にかけて、苦境のあまり商売そのものをやめてしまうケースも少なくないそうで、現に私が宿泊した民宿も、客が来ないため昨年から通年営業をやめており、今年はフジロックの期間だけ限定的にオープンしていた。

こうした例をみると、フジロックフェスティバルとは、ただ「自然の中で音楽を楽しむ3日間」なのではなく、地域と一丸となって作り上げてきた「地域のまつり」であり、重要な観光資源でもあるということがわかる。よく世間からは「そんなに音楽が聴きたいなら無観客にして配信ライブにすればいいじゃないか」という意見が出るが、音楽と音楽フェスは実はイコールではない。

3日間を通して感じたのは、関わる人たちがそれぞれの思いを胸に「フェスを守ろう、続けよう」と尽力している姿だった。それは毎年フジロックに来る人たち、通称「フジロッカー」も同じで、与えられたものをただ消費するのではなく、このままでは潰えてしまいそうなフェス文化を守るため、当事者意識を持って参加していた人たちが多かったと思う。

今回のような形での開催が最善の方法だったかと言われると、今でも答えに窮してしまう部分はあるけれど「特別なフジロック」というテーマ通り、今年の開催は音楽と音楽文化を「維持」するための選択であったと理解して、自分自身では納得している。

▲2021年の開催も決定。来年こそは通常のフェスの楽しみを思い切り謳歌したい

『FUJI ROCK FESTIVAL ’21』3日間のステージを振り返る 各アクトの名演から受け取ったこと( https://realsound.jp/2021/09/post-848887.html )

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