日本人でも外国人でも! 働きやすい環境のつくり方

日本での外国人労働者に対するイメージは、少し時代遅れかもしれません。単純労働者としての受け入れだけではなく、優れた技術を持つ付加価値の高い外国人の受け入れも、これからの日本のためには必要です。それを阻んでいるのは、日本の医療環境や時代遅れな価値観。国際情勢アナリストの渡瀬裕哉氏が、外国人人材の働き方についての問題点を指摘します。

※本記事は、渡瀬裕哉:著『無駄(規制)をやめたらいいことだらけ-令和の大減税と規制緩和-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■優れた人材は日本に入って来ない理由

自由主義の国は、国民に居住や移転の自由を保障し、各国間での自由な往来があります。各国の国境管理は、各国が独立と主権にもとづいて、自由に規律することを認められている国際法上の原則です。日本にやって来る外国人、外国へ行く日本人ともに、本国と渡航先の国の決まりに従って、お互いの国を行き来しています。

日本で出入国管理業務を行っているのは、法務省の外局である出入国在留管理庁です。

高度人材の判定には、一定の基準に従ったポイント制が利用されています。学歴や職歴、年収などでポイントが付与され、一定のポイントを越えると通常よりも在留期間を長くしたり、永住許可の要件を緩和したりといった優遇措置を設けています。

そうは言っても、これは出入国管理行政上の基準であって、外国から優秀な人材に来てもらおうという呼び込みにはなりません。ポイントの高い人に来てほしいと思っても、それだけでは人材は集まってこないし、人間が母国を離れて移動する動機は別のところにあります。

現在でも、経済状況や事業のしやすい環境かどうか、規制や複雑で重い税制が壁になっている問題は指摘されていますが、何よりも重要なのは日本に来たあとの“生きやすさ”です。

これは、日本にやって来る外国の人たちの身になって考えてみるとわかります。たとえば、私たちがまったくの異国の地に住んだとしましょう。食文化や生活習慣の違いはすぐに思いつくことですが、何よりも一番不安なのは、病気になったときのことです。

現地で病気になり、現地の医療機関を受診しなければならなくなったとき、現地の医者に現地の言語で自分の病状を説明することは、なかなか難しいものです。英語が通じればまだしも、それも難しい環境であったら、仮に給料が高くても現地に住みたいと思うかどうか……。

▲一番不安なのは病気になったとき イメージ:maroke / PIXTA

日本の今の医療環境は、外国人にとってこうした状況にあります。外国の医科大学や医学部を卒業した人が、日本の医師免許を取得するための制度はもちろんあります。

順天堂大学のように「国際医療人養成プログラム」を設け、日本国内の医療ニーズに対応できる外国人医師の、日本での医師免許取得支援や、逆に国際的な共同研究に対応できる日本人医師の育成を行っている教育機関もあります。

厚生労働省が行っている審査では、日本語能力も審査要件となっており、日本の医師免許を取る外国人は、日本人を診療するものだという前提です。

そうした取り組み以外にも、できることがあります。日本の医療が高い水準にあることは外国でも知られている事実ですが、それと受診者の不安は別です。現地の医師しかおらず、現地語しか通じないことを自身の身に引きつけて考えればわかります。

規制緩和のひとつの要件として、外国人の医師が外国の人に向けて医療サービスを提供するなど、細かな工夫の余地があるのです。工夫を阻害しているのが業界を守るための規制である場合は、特に細かなことひとつひとつに目配りして環境を整えることなしには、優れた人材は日本に入って来ないのです。

■外国からの人材に対しての時代遅れなイメージ

その前提として、なぜ外国からの人材を受け入れなくてはいけないのか、と思う人もいるでしょう。

外国人人材の受け入れに対する日本人の一般的なイメージは、少し時代遅れなところがあります。「外国人を受け入れ=単純労働者として受け入れ」というイメージです。給料の高い仕事には日本人が就き、言葉の問題がある(であろう)外国人は単純労働者という固定観念です。いわゆるホワイトカラーとブルーカラーのイメージです。

▲外国人は単純労働者という固定観念 イメージ:Fast&Slow / PIXTA

今は異なるスタイルが主流となっています。たとえば、アメリカのシリコンバレーでは、本当に付加価値の高い商品やサービスを作っている人たちは、実は外国の人材です。

ところが、優れた技術者がいるからといって、それだけでサービスや産業が成り立つわけではありません。そこで彼らを支えるホワイトカラーの人たちが必要となるのです。具体的には、法務や広報などの分野で、国や地域によってローカルな慣習や運用のある部分です。シリコンバレーでは、この部分をアメリカ人が担います。

誤解を恐れずにわかりやすく言えば、高度人材を活用するの鵜匠(うしょう)のようなものです。魚を上手に獲ってきてくれるような鵜を雇い、環境を整えて働いてもらう。その手綱を握るのが有権者である国民です。

高度人材に高い給料を払ったとしても、良いサービスを作り、全世界に通用するビジネスを起こしてもらうのですから、彼らを支える良い環境やサービスを国民が提供し、ビジネスが生み出す富や雇用を享受するという、ある種の割り切りもあります。

その一方で、シリコンバレーの例に見るように、日本国民にしかできない仕事というのもあるのです。

これは同時に、日本国内でも雇用やビジネスの慣習に変化をもたらすことが考えられます。年功序列や年次で評価する給与体系から、仕事に応じた正当な給料が払われるジョブ型雇用への変化です。

求められている分野で必要とされるサービスが提供できるのかが重要であって、その組織に何年いるのかに関係なく、若手の優秀な人材にはどんどん仕事に見合う給料を支払っていくのは当たり前のことなのです。

■高度人材の受け入れは新しいビジネスになる

従来の企業では、会社が何十年もかけて社員を育てることが行われてきました。ジョブ型雇用に対して、メンバーシップ雇用と呼ばれることもあります。

ビジネス環境や経済状況の変化が激しい現代は、より個々人の利益を求めて社員が離職することも当たり前となり、従来型の社員育成は企業にとって投資リスクです。その点、ジョブ型雇用は明確な職務内容や責任範囲に対応した人を雇い、仕事に応じた給料を支払う契約関係です。

▲高度人材の受け入れは新しいビジネスになる イメージ:jessie / PIXTA

日本で外国人人材の話題となる場合、よく取り上げられるのは高齢化にともなう生産年齢人口の減少です。生産年齢人口は、OECDの定義では15歳から64歳の人口とされています。産業や社会保障を支える労働力の中心となる年齢層のことです。

労働力が足りないから外国人移民を入れる、という文脈で言われることが多いのですが、これも単純労働者を輸入しようという延長にある考え方です。

これまで単純労働者が担ってきた仕事は、機械化やIT化で補うことが可能な時代となっています。他方、世界に通用するような非常に付加価値の高い仕事ができる人も限られています。誰もがスティーブ・ジョブズになれるわけではないのですから、ジョブ型雇用で本当に才能のある人に頑張ってもらって、周囲の普通の人たちは彼らの仕事の成果をみんなでシェアするのが合理的です。

そうした付加価値の高い仕事をしてもらえる人に、どうやって日本で働いてもらうのか。そういう人たちを、どのようにうまく活用していくのか。これが新しいビジネスなのです。

このビジネスは、受け入れる国の治安や法制度がどれくらい優れているのかに深く関係しています。日本は治安も良く、近代的な法制度が歴史背景をもって確立しています。日本は、この新たなビジネスでの有利な環境をすでに持っているのです。

高度人材の受け入れを行うと、日本人が外国人に負けてしまうのではと不安を感じる人もいることは確かです。でも、ちょっと考えてみてください。優秀な人材に働きやすい環境で活躍してもらうことは、相撲やサッカーで外国人の力士や選手が活躍するスタイルと同じです。そうした環境で日本人も刺激を受け、一緒に産業やビジネスを盛り上げていくことで、日本人もまた国際社会と伍して戦う力を養い、ビジネス全体が元気になるのです。

国が乗っ取られると怖がる人たちもいますが、そんな心配はありません。日本の有権者数はおよそ1億人です。投票率で見ても4000〜5000万人が投票権を行使しています。ごく範囲を限定された高度人材の受け入れで、その数が引っくり返せるものではありません。

外国人に国を乗っ取られるのではないか、という恐怖に支配されるよりも、どうやって優秀な外国人人材を活用していくのか、有効な制度をどのように作っていくのかを考えるほうが、頭の使い方としても正しいし、前向きで健全です。

そして、日本人もビジネスでどんどん成功していきましょう。

関連記事(外部サイト)