平和な日常が奪われないために「戦争について語る」必要性

世界があっという間に大戦の危機感に包まれた、ロシアによるウクライナ侵攻。それから約3週間後の3月17日、YouTubeに1本の動画がアップされた。「チャンネルくらら」での『陸・海・空 軍人から見たロシアのウクライナ侵攻』シリーズの第1回である。

防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会進行のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将と名だたるプロフェッショナルが勢ぞろいし、ロシアによるウクライナ侵攻を分析・考察するという内容の番組だ。ここでは進行役の桜林氏に、この対談に込めた思いを聞いた。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■日本人の感覚を変えたロシアによるウクライナ侵攻

今、私たちは劇的なメンタリティの変化を迫られています。新型コロナの発生により、いやも応もなく生活様式の変更を迫られるなかで、とりわけ日本人にとってダブルパンチのようになったのは、突如、目の前に醸し出されたウクライナの生々しい戦争の惨禍でした。

戦後の日本人にとって「戦争」や「軍事」といったことは、ある種の禁忌でした。そんなことは口にするだけでも“悪いこと”であり、憲法を変える、防衛費を増やすという話は、長いあいだ過激な意見だとされていました。そんなことを言う人は、今でいえばマスクをせずに電車に乗る人のようなものだったと言えるでしょう。

戦後教育で徹底的に「戦争は悪」と叩き込まれた世代にとって、自衛隊や防衛力という言葉さえ、耳障りな“不快な音”にほかなりませんでした。

ところが、2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、多くの日本人は大いなる矛盾を突き付けられたのです。

一般市民が残虐に殺害され、凌辱され、子どもが拉致されるという現状がテレビに映し出されました。日本人がなんとなく大事にしてきた「戦争について語らない」などといった常識は一気に覆されたのです。

毎日、テレビ画面にはウクライナの人々の必死の抵抗が映し出されます。戦いの場に出る夫の無事を祈り涙をこらえる妻、父親の名を呼んで泣きじゃくる子どもの姿を、私たちは茶の間で目の当たりにすることになったのです。

彼らにとって、武器を持って戦うことだけが、家族を守る唯一の方法でした。戦わなければ、今日を生き、明日を迎えることができない人々がいる。このことは、戦争そのものを強く否定してきた日本人にとっては、倫理観を根底からひっくり返される出来事だったのではないでしょうか。

もはや戦争そのものを否定することなど無意味である。そう気付いた人も多いかもしれません。しかし、そうはいってもそれを簡単に認めるわけにはいかない、そんなジレンマに今の日本人は陥っているような気がしてなりません。

▲独立広場の記念碑とキエフの町並み 出典:Sun_stock / PIXTA

■防衛力の基本は「あらゆる事態に備える」

この侵略により得た教訓は、さまざまにあると感じています。まず“人は誤る”ということです。プーチン氏のように、どう考えても合理的ではない判断をする場合もあるのだと、私たちは気付かされました。禁断のリンゴを食べたアダムとイヴが始まりとするならば、誰でも必ずなんらかの欠陥を持ち合わせている。そんな人間社会では、「ありえないということはない」ということを改めて認識させられたのです。

その意味で、全く信じられないような行動であれ、「あらゆる事態に備える」という防衛力の基本中の基本を崩してはならないということを、私たちはプーチン氏に教えられたことになります。

昨今は、極端な“選択と集中”や優先順位の設定などがトレンドのように語られ、これを進めようとする傾向がありましたが、装備を含め「戦力の多様性を維持すること」の意義が明確になったと言えるのではないでしょうか。

▲防衛力の基本は「あらゆる事態に備える」 イメージ:ゆうき / PIXTA

さらに言えば、「これからの戦争はハイブリッド戦で、いつの間にか終わっている」とか、「ドローンなどの登場で戦い方の形態が変わった」と言われるようになっていましたが、これはあくまで短期的な運用であり、最後は兵士の足の位置が国境となり決着をつける、ということを思い知らされた気がしています。

認知戦の分野や、無人機を増強することに全く異論はありませんが、それだけではないということを、数と火力がものを言う、いわば古典的な戦いを目の前にして悟らざるをえないのです。

そして、攻めて来た敵を押し返す能力だけでは、“抑止力たりえない”こともはっきりしました。相手を怖がらせる能力を持つことこそが抑止だと。

これも、攻撃的な兵器は持たない、と誓ってきた日本人にとっては衝撃的な事実です。しかし、これは現実なのです。

ただ、日本人がこれで覚醒したとして、その向こうにウクライナの人々の無数の血が流れ、平和な日常を奪われていると考えると、本当に胸が張り裂ける思いです。だからこそ、私たちの気付きは、これからも決して忘れてはならないと強く思います。

「専守防衛」を防衛の方針とする我が国にとって、抑止力の強化はもちろん、その両輪で、シェルターの整備など国民保護の具体的な取り組みが急がれることも実感することになりました。

また、これまで原発の防護など、与党内においても慎重意見が多くあったものに関しても、自衛隊への任務付与の必要性が声高に言われるようになるなど、これから先、状況によって自衛隊のニーズが瞬く間に変更されることを予感させる動きも出てきています。

自衛隊の任務は一朝一夕にはなしえず、相応の訓練・教育に要する期間が不可欠であることを広く知ってもらう必要がありますが、いずれにせよ、もしどんな厳しい要求があっても、自衛隊は必ずやり抜かなくてはなりません。だからこそ、自衛隊が十分に準備ができる環境を国民が作らなくてはならないのです。

今、私たちの価値観や道徳観を大転換する時が到来したと言えます。軍事は悪ではない、軍拡で戦争を導くことはない、こうしたことを臆せずに言わなければ、現在、日本の置かれている安全保障環境下では早晩、危機に見舞われる可能性が極めて高いのです。

自衛隊募集の看板には、その仕事についてどのように書かれているかご存じでしょうか?

「平和を、仕事にする」

これが、自衛隊の仕事です。

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