母から突然の電話! 帰郷した独身中年息子が両親の介護で感じた無力感

父親が認知症、母親が重い病気になった。父は一人で外出して迷子になり、警察のご厄介になったという。母は、そんな父の面倒を見てきたが、今すぐ入院しなければいけない病状だという。田舎で二人暮らしだった父と母。こんなとき、子どもはどうするべきなのか。競馬ライター田端到さんが自身の介護体験を振り返る。

■始まりは、母からの1本の電話

▲始まりは、母からの1本の電話 イラスト:トキワセイイチ

始まりは、母からの1本の電話だった。

「忙しいときに悪いねえ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかね」

18歳で親元を離れて一人暮らしすること、約30年。母から昼間に電話がかかってくることは珍しい。おそらく、いい話ではないのだろうとすぐに察知した。

「おとうちゃんの調子があまり良くなくてね……。このあいだも飲み会の後、自分の家が分からなくなって、大騒ぎになってしまって……」

ああ、やっぱり父のことか。

父は数年前から認知症の症状が出ているらしく、専門の医者にも診てもらったと聞いている。特に酒が入ってしまうと症状が悪化するようで、とうとう外出先から帰宅できないという事態を引き起こしたらしい。それも「パトカーのご厄介になった」と聞いては、穏やかではない。

ところが、母の話を聞いていると、どうも要領を得ない。

「なんか具合が悪くてさ……。肺炎だって言われてね……。でも、お父ちゃんがこんなだしねえ……」

時々、ゴホゴホと咳き込みながら、話が違う方向へ進む。

え、どういうこと? 誰の話をしてるの? 主語がないから、よく分からない。ゆっくり、くわしく聞いて、やっと事態がつかめた。

母は、このところ咳が止まらず、病院へ行ったら、肺炎と診断された。それも、かなり重い肺炎のようで、すぐに入院するように言われたという。しかし、認知症の父を家に置いたまま、自分が入院するわけにはいかない。だから、どうしたらいいのだろうと、東京で離れて暮らす息子に相談してきたのだ。

いつもと違う時間帯の電話は、自分自身の病気が発覚した母からのSOSの電話だった。何事においても家族を優先し、自分のことを二の次にする母は、こんな緊急時ですら一番大事な報告を後回しにしてしまう。

「すぐ入院って医者に言われたんだろ。じゃあ、入院しなきゃダメじゃん」
「でも、おとうちゃんがいるからねえ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

とりあえず、ぼくがやるべきことは今すぐ実家に帰ることだ。3〜4年に一度しか親に顔を見せない不義理のバカ息子でも、その程度はできる。こんな時くらいは、昼間からゴロゴロしているフリーライターの特権を活かさなくてはならない。

取り急ぎ、当座のお金だけ銀行からおろして、実家へ向かう新幹線に駆け込んだ。いったい何年ぶりの帰郷だろうかと思い出そうとしたが、記憶をうまく手繰れない。

そのくらい久しぶりに乗る、新潟行きの上越新幹線だった。 

陽射しの強い7月の上旬。背中を這う汗が、じっとりとTシャツに染み付き、不快な夏の始まりを予感させた。

■「黄色ずん」だ母と「クモの巣」

▲いったい何年ぶりの帰郷だろうか… イラスト:トキワセイイチ

実家へ帰ってみて、事態の深刻さをあらためて知ることになる。

久しぶりに会った母の顔は、黄色ずんでいた。日本語としては「黄ばむ」のほうが正しいのかも知れないが、ぼくの印象は「黄色ずむ」だ。医師の診断書には「具合が悪くなったら、救急車を呼んで病院へ来るように」との注意書きがされていた。これは軽い肺炎ではない。

こんなとき、普通ならネットで「肺炎 黄疸」などと入れて検索するところだろう。しかし、70代後半のおじいちゃんとおばあちゃんが二人で暮らす田舎の家に、パソコンやインターネットという便利な文明は開通しておらず、あるのは母の「らくらくホン」〔中高年向けのシンプル機能のケータイ〕くらい。

ぼくも、当時はガラケーしか持っていなかったから、欲しい情報がすぐには得られない。毎日、当たり前にネットを使っていた人間が、ネットのない環境へ行くと、言葉にしろ地図にしろ、こんなにも不便なのかと実家に着いて数時間で気付いた。グーグル帝国のありがたみは、グーグルのない海へ放り込まれれば分かる。

もうひとつ深刻だったのは、想像以上の父のボケっぷりである。

母がこれだけ重篤な病気にかかっているというのに、状況をまるで理解していない。数年ぶりに帰ってきた息子にも「おお、どうした、何しに来た?」と、きょとんとしている。最初から息子と判別できていたのかすら、あやしい。

ふと見上げると、居間の天井の隅にはクモの巣が張っていた。父がまともなら、こんなことはありえない。

4〜5年ぶりの帰省には、なつかしさとか、敷居の高さとか、その種の感情がわいてくる隙間もなかった。

母については、その日のうちに入院の手続きをとった。家から遠くない場所に大きな総合病院があり、かかりつけだった近所のお医者さんの紹介状などもあって、スムーズに入院することができた。

ひとまず母は病院に任せるしかない。あとは医師や看護師にゆだねて快復を願うのみだ。

問題は父である。認知症が進んでしまった父の処遇をどうするか。そこへケアマネジャーと呼ばれる推定40代の女性が現れた。

ケアマネジャー、通称ケアマネ。正式には「介護支援専門員」と呼ばれる資格職で、介護や支援の必要な人のケアプランを作成したり、介護サービス事業者との連絡や調整をしてくれる。数ヶ月前から父の担当に付いている人で、母があらかじめ呼んでおいてくれた。

■もしかして、オレ、お呼びじゃない?

ケアマネジャーさんが、聞き慣れない単語を多数まじえながら説明する。

「お父さまは、ショートステイでしばらく見てもらうしかないと思うんですね。ただ私も、あちこちあたってみたんですけども、なにぶん急な話でしょう、どこのトクヨウも空きがなくて、うちの関連施設はあそことあそこにあるんですけども、どこもいっぱいで、すぐには難しいんですね」

ショートステイ? トクヨウ? どうにか理解しようとするが、意味が分からない。

ショートステイは、たぶん「短期滞在」だろう。でも、トクヨウってなんだ? 徳用? 得用? 箱売りのチョコレートや業務用サランラップばかり浮かんでしまい、頭の中をクエスチョン・マークが駆けめぐる。

ケアマネさんの説明は続く。

「でも、週末になりますと、ショートステイに空きが出るところがあります。ですから、週末だけそこにお願いして、しばらくの間、お父さまを預かってもらえるよう手配しておきましたので、それでよろしいでしょうか」

それまでは、介護にまつわるニュースをテレビや新聞で目にしても、ずっと他人事だと思っていた。

「介護疲れの末に、80歳の夫が認知症の妻を絞殺」なんていう悲しすぎる事件を聞いても、それを身近な出来事として取り込むこともなく「大変だねえ」で済ませていた。だから、この種の福祉・介護関連の単語や仕組みが全然分からない。

病気の母の手助けをするため、仕事もほっぽり出して実家へ帰ってきたのに、ひょっとしたら自分は何の役にも立たないのではないだろうか。

もしかして、オレ、お呼びじゃない? ケアマネジャーの話を聞いているうちに、どんどん不安になっていく。

ショートステイは「施設の短期入所」で合っている。トクヨウは「特養」、特別養護老人ホームの略称だ。

ケアマネの話を要約すると、父は週末だけ介護施設に預かってもらえることになった、あとはあなたが面倒を見てあげてください、それで良いでしょうかという提案だった。

ただし、きわめて個人的な難題も存在した。母が入院している間、ぼくが父の世話をしながら、ひとつ屋根の下で暮らすという、その恐ろしいミッションである。

ぼくがほとんど実家に帰らなかった理由。父の現状をろくに知らず、介護のニュースも身近に感じられなかった理由。

それは、ぼくと父親が長年、折り合いが悪く、はっきり言えば不仲だったからだ。

※本記事は、note連載「介護幸福論」『母からの突然のSOS…新潟行きの新幹線に駆け込んだ』『帰ってきたけど、もしかしてオレ、お呼びじゃない?』回より一部を抜粋編集したものです。

【ワニブックス】介護幸福論|ワニブックス|note( https://note.com/digi_wani/m/m9dbc2f5c019e )

独身中年息子による介護奮闘記。BEST T!MESでも好評を博した「母への詫び状」が、ペンネームだった著者が実名を明らかにし、「介護幸福論」として再スタート。著者は“王様”として業界に名を轟かす競馬ライターの田端到さん。記憶の糸をたどりながら6年間の日々、そこで見つけた“小さな幸せ”を綴っていきます。

〈田端 到〉

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