年間予算10億円の「日本学術会議」はすでに役目を終えている

日本学術会議関連の問題について、舛添要一氏は「菅総理が“地味”だからこそ招いた」と語る。そして厚労大臣時代に一度も役立ったことはなく、年間10億円の税金が費やされている日本学術会議は存廃を議論すべき時期に来ているという。

■わたしの研究の役に立ったことは一度もない

日本学術会議の新会員候補105人のうちの6人を、政府が任命から除外したことに対し、批判が高まっています。世論調査でも内閣支持率が軒並み低下しました。この一連の政府対応をどう見るかは後述するとして、日本学術会議なるものに対する私見を少し述べさせてもらいたいと思います。

わたしもかつて、東大で助教授として教鞭をとっていた経験がありますが、そのときに日本学術会議と関わりを持ったことはありませんし、この組織の存在が自分の研究に役に立ったこともありません。

日本学術会議に参加できる人は教授以上の長老に限られていて、いわば古き封建制の典型のようにわたしには思えるわけですが、そもそも政府への政策提言に時間を割かれるのなら、真面目な研究者なら本の一冊でも読むことを優先するでしょう。研究者は自らの研究の成果で社会貢献すべきです。

▲日本学術会議庁舎 出典:ウィキメディア・コモンズ

■安全保障の概念を無視した幼稚な発想

日本学術会議が設立されたのは1949年。当時、日本はGHQの占領下にありました。戦勝国の米国は、二度と日本に戦争を起こさせないための制度設計を、あらゆる方面で構築しようとしましたし、日本国内も世の中は「戦争反対」一色でした。

当然、論壇はいわゆる“進歩的文化人”で占められていましたし、日本学術会議もそうでした。1954(昭和29)年には核兵器研究拒否の声明を出していますし、比較的最近でも2017(平成29)年に「軍事的安全保障研究に関する声明」すなわち「軍事目的の科学研究は行ってはいけない」という趣旨の声明を出しています。

しかし、少し考えればわかりますが、科学の分野で「軍事」と「民生」を正確に線引きすることは不可能ですし、安全保障の概念を一切無視して「軍事は悪だ」と決めつけるのも幼稚な発想です。しかし、学術者会議の声明をその発想から出ています。

新型コロナウイルス対策での議論を見てもわかる通り、いかなる著名な科学や医学の専門家でも見解は分かれます。ましてや政治的意見となれば、さまざまなイデオロギーの学者がいるのも当然です。それを一組織で一つの意見にまとめてしまうことに無理があります。

わたしが厚生労働大臣のとき、専門的な意見が必要なときは複数の感染症学者から意見を頂戴しましたが、日本学術会議から意見を聞こうなど考えたことすらありませんでした。助言が必要なら、優秀な学者から個人レベルで意見を聞けば済む話です。

戦後、GHQにより創設された学術者会議は、すでに歴史的な役割を終えています。年間約10億円の予算で運営されているこの組織については、存廃について検討されるべき時期にきているといえるでしょう。

■菅政権のイメージを壊してしまった

そのうえで、菅政権の一連の対応は、明らかな戦略ミスだったとも考えています。政権発足時のウォーミングアップ段階で求められるのは、とにかく姿勢を低く保ってミスを極力減らすこと。

今まで学術会議が推薦する候補者をそのまま任命してきたのに、その慣例を破れば反発が出るのは、考えればわかることです。そこに発想が及ばなかったとすれば、それは政治家としての想像力の欠如というほかありません。

菅総理の最大の特徴は、イデオロギーの匂いがしない“無色透明”なところです。8年近い官房長官時代も、政治的に中立な実務型として多くの国民に印象づけてきました。政権発足後に打ち出している携帯電話料金の引き下げや不妊治療の保険適用なども、派手さはありませんが政治思想とも無縁で、自民党を批判する層の国民も文句の言いようがありません。

ところが、今回の件でそのイデオロギー色が着いてしまった。「実直でまじめな政権」というイメージでこれから船出をしようというときに、せっかくのイメージがぶち壊しになったということです。

結局のところ、そのような才覚を働かせることのできる側近や官僚が、周りに不在だったということが言えるでしょう。わたしが「菅総理の周りに優秀なブレーンがいない」と述べる理由はそういうことです。

おそらく菅総理は、この日本学術会議の任命ということについて、意味をよく理解していなかったのでしょう。そこで「総理、ここは拒否すべきです」と側近に言われ「そういうものか」と、深く考えずに決めたのではないかとみています。

▲明らかに戦略ミスだったと語る舛添氏

■支持率回復に必要な「バイデン大統領」との関係

菅総理は、さまざまな分野で「参与」のような形でブレーンを集めているのですが、中にはかなり長期間にわたって仕えている人もいる。そうなるとどうしても外の景色が見えてこなくなりますし、外の空気にも鈍感になりがちです。

また、菅総理を取り巻く参与の中には「言葉」のプロフェッショナル、すなわち「演説」のエキスパートを担当する専門家がいません。今回の任命問題に関する国会答弁、もちろん書いたのは官僚でしょうが、あまりに説得力にかけた稚拙な内容でした。

パフォーマンスをしろとはいいませんが、政治家にとって言葉は大事です。大臣経験者のはしくれとして言わせてもらえば、国会答弁では官僚の原稿を下敷きにしながらも、微妙なニュアンスについては、国民の反応をイメージしながら自分のセンスで変えていったものです。

いずれにせよ、新型コロナに国をあげて取り組まねばならない政権スタートのこの時期に、このような政策的に優先順位の低い問題で足をすくわれたのは、大きな戦略ミスだったというほかありません。

おりしも、米国では民主党のバイデン氏が大統領に就任しそうです。バイデン氏と菅総理とは、甘いもの好きやお酒を飲まない点などで共通するなどと言われていますが、菅総理がバイデン氏と親密なパートナーシップを構築することができれば、支持率も回復して政権運営の追い風になってくれる可能性はあります。今後の推移を見守りたいところです。

“実務型”の親友・菅総理大臣は今のピンチを乗り切れるのか? | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)( https://wanibooks-newscrunch.com/articles/-/1385 )

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