ミヤシタパークとホームレス人権問題。宮下公園の過去の変遷から問題点を探る。

ミヤシタパークとホームレス人権問題。宮下公園の過去の変遷から問題点を探る。

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ミヤシタパークは7月28日オープンでしたが、正式な開業前から厳重な警備体制だとネット上で話題になりました。表向きには新型コロナウイルス対策とされていますが、実際には10年以上前から続くホームレス排除運動の一環であるとして、批判の的になっています。

宮下公園は1990年代頃から、ホームレスの小屋が集まるようになりました。このホームレスの住居が景観や治安を乱すとして、2009年の宮下公園命名権売却と再開発で、公園側によるホームレス排除の動きが活発化したのです。ミヤシタパークのオープン前後にはホームレスだけでなく、彼らを支援する人権活動家もシャットウアウトされています。支援団体は再三にわたって要望書や申し入れを提出していますが、対話の糸口は見えません。

一連のミヤシタパークのホームレス排除運動に対しては、SNS上でも批判を集めています。特にオープン1週間前の7月21日に開催された内覧会では、参加した人々がミヤシタパークの利用者の選別を目にし、違和感を覚えたとの意見が少なくありません。折しもアメリカではBLM(黒人人権運動)が盛んです。その動きになぞらえて、ミヤシタパークの姿勢が生き方の多様性を否定するものであり、弱者を踏みにじる行為ではないかとの声も上がっています。

ミヤシタパークの人権問題は、宮下公園時代にまでさかのぼります。大きなきっかけとなったのは、2009年にナイキジャパンが宮下公園の命名権を取得し、改修事業に乗り出したことです。ホームレスの強制退去が市民団体の反発を呼び、デモ活動にまで発展しました。

宮下公園は1964年の東京オリンピックと同じころ、人工地盤工事を経て開設されました。宮下公園を所有する渋谷区は、老朽化する施設の修復する必要が出たため、公園の命名権をナイキジャパンに売却して改修工事に踏み切ったのです。名目上は渋谷区との共同改修となっていますが、費用は全額ナイキジャパン負担です。どちらの立場が強いかは明らかであり、命名権と合わせて1企業による公共施設の私物化が問題視されました。

渋谷区は改修工事と同時進行して、宮下公園に住み着いていたホームレスの退去に着手しました。渋谷区によると退去の際、ホームレスには受け入れ施設の紹介、立ち退きの支援を行ったと発表しています。しかし当事者たるホームレスへの周知徹底ができておらず、説明が不十分として反対活動が勃発しました。反対派は公園を数ヶ月占拠し、国外にも運動が波及して日本大使館やナイキ店舗へデモ活動が行われました。またホームレス排除にあたって、強硬手段として強制退去させられたホームレスと支援団体が2011年に裁判を起こしています。東京地裁は渋谷区の強制退去を違法とし、損害賠償命令を出しました。

ミヤシタパークは複合商業施設として、順次営業開始予定です。すでに営業開始した宮下公園跡地には、高級ブティックが多数軒を連ねています。社会的弱者を排除して、消費経済活動を優先するのかと批判がある一方、生まれ変わったミヤシタパークを評価する向きもあります。かつての宮下公園はホームレスだけでなく、不良や違法薬物の売人が集まる危険な場所でした。明るく清潔感ある施設になったミヤシタパークは、新型コロナウイルス対策も充分に盛り込まれているため、近隣住民や利用者からはおおむね好評のようです。

施設の整備、再開発によるホームレスの排除は基本的人権の侵害であり、許されることではありません。しかし実際問題として、ホームレスの定住が治安の悪化に繋がることも事実です。そもそもホームレスの排除は根本的な解決になりません。今現在もっとも考えなければいけないのは、ホームレスが生まれる背景にある、貧困問題を社会全体でなくすことでしょう。そのために必要なのはホームレスの住居や、社会復帰を後押しする受け皿の整備です。誰もが安心して暮らす未来を作るには、こうした社会体制の構築が急務と言えます。

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