六代目山口組・山若頭が進める“兵糧攻め”〜菱統合と業界パワーバランスに異変

六代目山口組と神戸山口組は依然、緊張状態続く 業界内のパワーバランスに異変も

記事まとめ

  • 六代目山口組(司忍組長)と神戸山口組(井上邦雄組長)は、依然緊張状態が続いている
  • 六代目山口組の山清司若頭の出所から1年5カ月、六代目側は武力行使を続けてきた
  • 六代目山口組は、「局地的な切り崩し」を展開していく可能性も指摘されている

六代目山口組・山若頭が進める“兵糧攻め”〜菱統合と業界パワーバランスに異変

六代目山口組・山若頭が進める“兵糧攻め”〜菱統合と業界パワーバランスに異変

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六代目山口組・山若頭が進める“兵糧攻め”〜菱統合と業界パワーバランスに異変 (C)週刊実話Web

六代目山口組(司忍組長)と神戸山口組(井上邦雄組長)との対立は、表立った事件こそ起きていないが、依然として緊張状態が続いている。2月には神戸側・三代目熊本組(藤原健治組長=岡山)の横森啓一元若頭が脱退し、その後、六代目側・二代目若林組(篠原重則組長=香川)に移籍。岡山県内の勢力図に再び異変が生じ、六代目山口組の岡山進攻が顕著となった。



「昨年に五代目山健組(中田浩司組長)が神戸山口組を離脱して以降、岡山県内に本拠を置く池田組(池田孝志組長)も脱退し、県内の直系組織は熊本組だけになっとった。そこの横森元若頭たちが抜けて若林組に参画したことは、影響が大きかったと思うで。分裂当初から、六代目側にとって岡山県での勢力争いは懸案事項やったはずやし。次はどこに狙いを定めとるのか、警察も警戒しとるようや」(関西の組織関係者)


参画後、横森元若頭は若林組の副組長に就任。ここにも、六代目側の戦略がうかがえるという。


「分裂直後に六代目山口組は井上組長をはじめ、入江禎副組長(二代目宅見組組長=大阪中央)、寺岡修若頭(?友会会長=兵庫淡路)、池田組長、正木年男・元正木組組長に絶縁を出しとる。正木組長は昨年に引退したが、絶縁は二度と組織に戻れないことを意味する。その反面、配下の組員たちに対しては受け入れる姿勢を示しとって、切り崩しも盛んやった。ただ、戻ってからの状況を不安視する組員もおったはずやから、横森元若頭のポジションなんかを見たら、移籍の呼び水になるかもしれん」(同)


六代目山口組・山清司若頭の出所から1年5カ月。六代目側は武力行使を続け、特定抗争指定下にあっても攻撃の手を緩めなかった。神戸側への揺さぶりだったともみられ、死者、重傷者が相次いだのだ。


一昨年11月、古川恵一幹部が二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)に所属した朝比奈久徳元組員によって射殺された事件では、井上組長への直接的な攻撃が計画されていたことも発覚し、衝撃が走った。


「朝比奈元組員の裁判で、本人の口から井上組長や入江副組長、剣政和・元二代目黒誠会会長(引退)、当時は神戸山口組の最高幹部やった中田組長もターゲットにしとって、警備が厳しく断念したいう話が飛び出したんや。古川幹部の襲撃後には、京都で橋久雄・元雄成会会長(引退)に危害を加えようとしとった。頓挫したとはいえ、神戸山口組トップの井上組長への犯行も計画しとったとはな。直接的な攻撃はこれまでになかったから、朝比奈元組員が行動に移していたら、さらに混乱しとったで」(ベテラン記者)


局地的な切り崩しを展開していく可能性も…

六代目山口組は兵庫県内の拠点も重要視していたようで、昨年11月には神戸側・仲村石松若頭補佐(三代目古川組組長=兵庫尼崎)らが、三代目司興業(森健司組長=愛知)の最高幹部らによって銃撃された。


「本丸を置く兵庫県は、資金的にも勢力的にも重要な拠点なのだろう。指揮官である山若頭にしてみれば、兵糧攻め≠フ一環なのではないか。ただ、井上組長の決意は変わらないと聞くから、分裂終結の糸口はまだ見えていない状況だ」(業界ジャーナリスト)


また、統合した七代目会津小鉄会(金子利典会長=京都)の後見に山若頭が就いたことで、神戸側との繋がりは薄くなった。これも、山口組統合に関係しているという見方がされた。


「業界における神戸山口組の立場に、影響を与えかねない。こうした政治的な動きも、業界内のパワーバランスに異変を生じさせる要因になるだろう」(同)


六代目山口組の次の一手≠ノついても、不穏さが感じられるという。


「局地的な切り崩しを展開していく可能性もある。神戸側最高幹部が集中する大阪、神戸辺りか」(同)


対立の一方で、法廷闘争も続いており、3月12日には植野雄仁・二代目兼一会会長(大阪中央)の公判が大阪地裁で開かれた。


組員に暴行を加え、左目失明などの重傷を負わせたとする傷害罪に問われたが、公判の冒頭、弁護側が被害者・A元組員との間で示談が成立したことや見舞金を渡していることを明らかにし、A元組員からの「刑事処分は求めない」などとする嘆願書を提出。弁護側の被告人質問も行われ、植野会長の口から初めて事件の経緯が語られたのだ。


A元組員は、事件が起きた令和元年5月当時、六代目山口組直系だった極心連合会(解散)傘下組織の幹部で、有力組織の跡目を継承することになり、当時、極心連合会の副会長だった植野会長も尽力。橋本弘文会長(引退)の承認も取り付けたという。ところが、継承式が執り行われる前日に事件が起きた。


拳銃使用の禁止を厳命

同会ナンバー2の最高幹部らが突然、A元組員の跡目継承に異を唱えたという。当時の様子について、植野会長はこう述べた。


「儀式の準備に来ていたA元組員に対して、最高幹部が『どこに事務所出すんや。事務所出したら会長がパクられる(逮捕される)。跡目継承はやめとけ!』と言い放ち、別の最高幹部も『会長がパクられるんや、やめとけ』の一点張りだった。A元組員は完全にキレていて、『なんであかんのや!』と最高幹部に食って掛かり、『もうええわい!』と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った」


植野会長はA元組員の行儀作法を正すために呼んだところ、A元組員がふてぶてしい態度を見せたことから、平手で顔を数発叩き、腹を蹴るつもりで膝を突き上げた際、頭を下げてきたA元組員の顔面に当たってしまったという。


「左目失明の重傷を負わせたのは、偶発的だったと主張したわけや。初公判で弁護側は、犯人性を争うなどと実質的に無罪を主張したんやが、この日の公判で植野会長は改めて起訴内容を認め、弁護側も無罪主張を取り下げた。示談の成立が量刑にどう影響するか、やな」(地元記者)


この日で証拠調べが終了し、次回、論告求刑が予定されている。


一方、群馬県で三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)の栗山良成・二代目栗山組組長が銃撃された事件を受けてか、3月12日に六代目山口組が通達を出した。


「当日、稲川会の内堀和也会長(東京)が名古屋を訪れたと聞く。その後、六代目側は稲川会との間で揉め事を起こさず、銃器を使用しないよう厳命。翌日には稲川会も同様の本部通達を出し、違反した者は厳重に処罰するとして、六代目側との結束の強さを示した」(関東の組織関係者)


流血沙汰の騒動により一時は緊張が走ったが、六代目山口組と稲川会の間には、平穏が戻ったのである。



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