「売り上げ4〜5割減は当たり前」のコロナ禍で、老舗写真店の息子が“独立”しても絶望しなかった意外なワケ

「売り上げ4〜5割減は当たり前」のコロナ禍で、老舗写真店の息子が“独立”しても絶望しなかった意外なワケ

©文藝春秋

 近年、写真業界の苦境のニュースをたびたび耳にするようになった。

 スマートフォンの普及。さらに、追い討ちをかけた新型コロナ禍…。その打撃を受けたのは、町の写真屋から大手カメラメーカーまでと幅広い。カメラメーカーのギャラリー閉鎖や若手写真家の登竜門となっていた公募展の中止などの報も相次ぎ、写真を取り巻く状況は決して芳しいとは言えない。

 このように写真業界に逆風が吹くなか、東京・吉祥寺に5坪ほどの小さな写真店「Prism Lab.KICHIJOJI(プリズム ラボ キチジョウジ)」がオープンした。

「独立して新しいお店を出すことを報告すると、だいたいの人にきょとんとされました。 『斜め上を行っているね』などと言われたこともありました(笑)」

 店長の西村康は、こんなご時世での新たな船出を、多くの人に驚かれたという。

◆◆◆

■父が創業した街の写真屋、顧客にはあの「浅田家」も

 西村は、もともとは西武新宿線の東伏見駅(東京都西東京市)の駅前にある「西村カメラ」に20年以上勤務していた。西村の父が創業し、同地で50年以上続く老舗。家族経営の地域に根差した、いわゆる“町の写真屋”だ。

 この西村カメラには、他にはおそらくはなかなかないであろう、変わった一面があった。多くの写真家がわざわざ東伏見まで足を運び、西村カメラにフィルムの現像やプリント、データ作成などを依頼しているのだ。

「香港出身のエリックという写真家がいるのですが、彼は西村カメラで働きながら写真学校に通い、その後、写真家としてみるみる実力を付けていった人物です。彼を通じて、写真家の方を紹介していただくことが多かったです。そこから人が人を呼んできてくれるような感じで、いろんな写真家さんが来てくださるようになりました」

 昨年公開の映画『浅田家!』のモデルとなった木村伊兵衛写真賞作家の浅田政志をはじめ、川島小鳥、松岡一哲、名越啓介、野村恵子、小野啓、木村和平といった実力ある写真家が、西村に信頼を置いて仕事を依頼している。顧客の写真家全員の名前を挙げるわけにはいかないが、写真作家としてはもちろん、雑誌や広告などで活躍中の写真家ばかりだ。

 一般的には、プロの写真家は「プロラボ」と呼ばれる専門家仕様の現像所を利用することが多く、これほど多くの写真家が町の写真屋に足を運ぶのは異例と言ってもいいのではないだろうか。

■プロの写真家が、西村カメラを支持するワケ

 西村の仕事ぶりが支持を受けた理由の1つには、プロラボにはなかなかできないきめ細かさがある。

「プロラボさんだと受付から仕上がりまでに複数人が介在すると思うのですが、うちの場合、作業する人が写真家さんから直接オーダーを受けるので、細かい要望に対応しやすいんです。コミュニケーションを取りながら作業にあたる分、仕上がりにも納得していただけているのかもしれません」

 さらに、出版社等への納品の代行を行ったり、写真展用のフレームを発注したりと業務内容の幅は広かった。「こんな写真が撮りたい」と相談を受ければ、機材の提案をするし、時には自らが機材を探し回ることだってあった。かつて、昔ながらの町の写真屋というと、その町に住む人々にとって、写真に関してであれば何でも相談できる存在だったはずだ。プロの写真家が相手だろうと“町の写真屋”ならではの姿勢を崩さなかった。

こんなタイミングだからこそ「自分がやれることを」

 しかし、冒頭に書いたように、写真業界の苦境は西村にとっても身に迫るものだった。

「仲の良い同業の方に聞いてみても、売り上げの4〜5割減は当たり前です。うちは家族経営の店で、兄夫婦も西村カメラで働いているのですが、両親が80歳超えても頑張ってくれていたので、なんとか立ち行くことができていました。

 ただ、売り上げが大幅に落ち込んでいる事実は変わりません。実際には両親がありとあらゆるものを削り出していたんです。自分なりに努力をしてきたつもりでしたが、とても強い焦りを感じました。今この状況の中で、できる事はなにか。結論としては自分が培ってきた分野を積極的にアピールする事しかできないと思いました。そしてこのタイミングだからこそ、それを必要とされる方に届くのではないか、仮に失敗しても後悔しないんじゃないか。写真業界が萎んでいく中で、僕たちが新しいことを始めることが業界のカンフル剤になればと。大袈裟かもしれませんがそう思っています。

 東伏見では現存の西村カメラは続きますが、僕たちが吉祥寺という場所でより専門性を追求するお店を構えることで、お客様にも選択肢が増えるというメリットがあるのではないかと考えました」

 家業とはいえ、一従業員に過ぎない西村には制約があったのも事実。決して勝算があったわけではないが、慣れ親しんだ土地を離れて、2人の従業員とともにPrism Lab.KICHIJOJIを立ち上げることを決めた。

「ただ、新店舗の準備を始めてから思うのは、本当にこれまで両親にお世話になりっぱなしだったっていうことですね…。両親には感謝しかありません」

 厳しい船出になるのは覚悟の上。このようなご時世だからこそ、家業に関わるという甘えを捨て、50歳を前に厳しい道を選んだ。

■「フィルム写真」の専門性を追求したい

 西村が「より専門性を追求したい」と特に力を注ぐのが、フィルム写真に関わるサービス(現像、プリントなど)だ。

 ひと昔前は家電量販店の店頭でフィルム1本100円で売られていたこともあったが、今では1000円近い値段が当たり前。しかも、フィルムの生産終了も相次いでおり、フィルムの種類も以前よりもだいぶ減った。

「10年以上前にトイカメラブームがあったと思うんですけど、一過性のもので、すぐに廃れていった印象がありました。その時点でフィルム自体の種類も少なくなっていたし、値段も上がってきていたので、僕らも、これ以上フィルムのお客様は増えないかなと半ば諦めていた部分があったんです」

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 デジタル全盛の時代、フィルムカメラは衰退する一方で、西村自身、生き残るためにどう舵をとるべきか、考えあぐねていた時期があった。

 ところが、今でも根強いフィルム写真ファンがおり、特に、この5、6年は、インスタグラムなどのSNSを中心にフィルム写真が密かな盛り上がりを見せているのだという。

■わざわざ和歌山や仙台から来てくれる愛好家も

「当初、僕らはそこを市場として見ていなかったんですけど、お客様の中に『#西村カメラプリント』というハッシュタグを付けてインスタグラムに投稿する人が出てきたんです。それで、『インスタグラムのタグを見て来ました』というお客様が少しずつ増えてきました。

 この間にもフィルムの値段はどんどん上がっていたわけですが、僕たちも以前ほどは絶望を感じなくなりました。こういう状況でも、写真を楽しんでくれている人がいる。そういった人たちの要望に、僕たちなりに応えることができたらいいなと思っています」

 郵送でもフィルムを受けていたが、わざわざ私鉄を乗り継がなければならない東伏見に、和歌山や仙台などの地方から訪ねて来たフィルム愛好家もいたという。

「遠方から東伏見までわざわざ来てもらっても、他に何かがあるわけではありませんから、申し訳ないなと思っていました」

 JRと私鉄が乗り入れる吉祥寺に店を構えたのは、客のアクセス面を考慮してのことという側面もあった。

■Prism Lab.KICHIJOJI プレオープンから話題に

 Prism Lab.KICHIJOJIは、本オープンの前に4月1日からプレオープンしているが、さっそく「#プリズムラボプリント」というハッシュタグを付けて投稿する人も出てきた。

 店頭には、安価なプラスチック製から高級カメラまで、様々なコンパクトフィルムカメラがディスプレイされているが、これらは西村の私物の一部。そう、西村自身がフィルム写真に魅了されている1人なのだ。

「フィルムの魅力っていろいろあると思いますが、僕なりの答えは“存在感”にあるのかなと思っています。例えば、暗い場面というのはフィルムで撮るのは厳しい条件なんですけど、情報がぎりぎりフィルムに残っているんですよね。現像してみると、粒子が浮かび上がってくる。そこには、必ず何かがあったという存在感を感じるんです。

 それに、デジタルで表現される方でもわざとノイズを入れたりしてフィルム写真調に仕上げる方がいらっしゃいますが、結局はフィルムのような描写が好きっていうことの裏返しなのかなと思っています」

 西村がフィルムの写真について語り始めると、どんどん熱を帯びてきて止まらなくなる。

■プリントした写真の愛おしさ

 もう1つ、西村が特にこだわりたいと考えているのがプリントという物として写真を残すことだ。だが、現実はというと、フィルム現像の仕事は増えても、スキャニングしてデータで納品することがほとんどで、実際にプリントまでお願いされることは少ないのだそうだ。

「スマホなどの液晶画面で見るのと、実際にプリントしたものを見るのとでは、同じ写真でも見え方は全然違ってくると思うんです。僕自身、プリントになった写真を見ていて自分のなかの固定観念を外される瞬間があるのですが、そういう気付きを提供していきたいと思っています。

 それに、物事は永遠ではありませんから。プリントした写真は、時間の経過とともに褪色していきますが、そこに愛おしさを感じることもあるのではないでしょうか。『いつまでも変わらずにずっとある』というよりも『過去にあったんだな』という感覚が、プリントにした写真からは得られると思っています。

 まあ、僕自身が朽ちていくものが好きだから、こう思うのかもしれませんが(笑)。

 写真家さんの展示を見てもらったり、プリントを手にとってもらったり、皆さんにはプリントに気軽に触れてもらえるサービスを考えています」

 Prism Lab.KICHIJOJIの立ち上げに際して、西村と、従業員の古屋岳史、前端修のスターティングメンバー3人で、浅田政志に店のアイコンとなる写真を撮ってもらった。

「浅田さんのお仕事に関わらせていただく機会はありましたが、撮影現場で、写真家さんやカメラマンさんがどのように写真を撮っているのか、すごく興味がありました。

 自分が被写体としてレンズの向こう側に立って見ることで、これまでとは違った立場から、一枚の写真ができていく過程を見ることができました」

 長年写真に携わってきた西村だったが、自身が被写体になったときに、今まで気付けずにいた写真の側面を知ることができたのだという。

 まだまだ写真には可能性が残されている――西村はそれを信じ、新しい店舗で探究していくつもりだ。

写真撮影=平松市聖/文藝春秋

INFORMATION

店舗情報

Prism Lab.KICHIJOJI

住所:
東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目28-3
ジャルダン吉祥寺113

公式HP:
https://sun-prism.net/

(和田 悟志)

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