「DXなのだからデジタルを使う」は決定的な勘違い…問題解決のために本当に必要な“戦略”とは

「DXなのだからデジタルを使う」は決定的な勘違い…問題解決のために本当に必要な“戦略”とは

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 経営戦略・プロダクト・業務フローなどを変革する概念として「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を頻繁に見かけるようになって久しい。しかし「DX」という言葉が持つ意味を正しく理解できている人は意外と少ないのではないだろうか。

 ここでは、経済産業省商務情報政策局で局長を務めたキャリアを持つ西山圭太氏の著書『 DXの思考法 日本経済復活への最強戦略 』(文藝春秋)を引用。日本経済が復活するために欠かせない「DX」という概念の本質を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

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■課題から考える

 ややこしいことを目の前にしたときに、我々はまずどうすべきなのか。「課題から考える」である。アーキテクチャの授業は、課題の構造を考えるトレーニングから始めることが多い。

 アインシュタインが言ったとされる言葉がある。それは、地球滅亡までにあと1時間しか残されておらず、あなたが地球防衛軍の責任者だったらどうするのか、という問いに対する答えである。アインシュタインの答えは、自分なら55分間はその課題がどういうものなのかについて考え、残りの5分間で解決策を考えるというものであった。その何が良いのか。

 対比してみればわかる。課題から考えないということは、当然「解決策から考える」ということになる。良さそうに聞こえるのだが、その何がダメなのか。言葉を足して説明しよう。解決策から考えるということは、すぐに思いつく、既にその組織が持っている具体的なツールをあれこれいじってどうにかしてみようとする、ということになるからだ。地球滅亡まではいかないにしても、会社のトランスフォーメーションのような非連続の課題を、組織が既に持っているツールなどの「型」にはめて検討すると、「型」にはまらないような骨太の解決策が出ることは決してない。

 逆に、課題から考えるということは、型を破って自由に解決策を考え、その選択肢を増やすことになる。インテルのテッド・ホフの事例がそうだった。彼らがビジコンから依頼されたのは、マイクロチップの設計・生産である。それを解決策から考えるならば、ビジコンから渡された電子回路を仔細に検討して、それを改善する、ということであったはずだ。しかしホフはそうしなかった。ビジコンがマイクロチップを使って解決したい課題、つまり小型電子計算機が解くべきプログラムの方をじっと見たのである。その結果、解決策の幅が広がり、ハードウェアの機能の一部をソフトウェアに移した上で、マイクロプロセッサを単純化した。そしてインテル4004ができた。

■「抽象化」によって価値を見つけることがDXのキモ

 課題から考えるというのは、エジプトのピラミッドや東大寺建立のようなかつてのややこしいプロジェクトでも有効な手段である。しかし、ソフトウェアが産業、社会の中心となり、我々がカイシャのロジックから卒業したいときに特に有効な手段だ。

 それは「課題から考える」というのは「抽象化」でもあるからだ。ホフは、ビジコンの持参した電子回路という具体から離れて、より抽象的なスペースで物事を捉え直したのである。抽象的なスペースはいくつもの具体を含むので、ややこしい課題に対して解決策を見出しやすい。カレーがないときでも、その欲求を「辛いもの」が食べたいと置き換えられるのなら、担々麺が見つかる、という話だ。

 そして、ホフが一部の機能をソフトウェアに移したように、ソフトウェアは「抽象化」に馴染む。ハードウェアと比べれば、頻繁に変更・アップデートできるからだ。ハードウェアは、容易に変更できないために、既に存在する具体から離れることが難しい。それで、具体を大事にし、作り込み、深化する、ということになる。ソフトウェアはしょっちゅう手を加えられるので、ハードウェアと比べれば具体から自由になることができる。むしろ抽象つまりは課題に徹底的にこだわるべきなのだ。そして、抽象、課題を突き詰めたものが企業として実現したい価値であるはずだ。

 日本の企業人あるいは行政官が「課題から考える」ことがなかなかできないのは、ここにも一因がある。モノという発想に囲まれて生きてきた結果、あわせて「具体から考える」という癖を身につけてしまい、その発想法から離れられないのだ。これは発想の問題なので、気づかなければ、デジタルの世界でも同じことをしてしまう。自分たちのサービスや製品にどう顧客を惹きつけるかが本来的な課題だ、ということに気づきさえすれば、顧客接点がオンラインかオフラインかに関係なく並列に一つの経験、ジャーニーとして考えることができる。ところがこの同じ話を、「DXなのだからデジタルを使うのが課題だ」と、より具体の側で発想してしまうと、全くおかしなところに行ってしまう、ということだ。

■レイヤー構造の意味を正しく理解する

 アーキテクチャとは、ビジネス、産業、社会を複雑なややこしいシステムとして捉え、それに対して人間(社会)がソフトウェアのロジックを基本において立ち向かうためのものだと言った。以下では、どう立ち向かおうとしているのかを順を追って説明する。それは、これまでに幾度も取り上げたレイヤー構造について、その意味を掘り下げて考えることである。と同時に、そうした作業は、これまで我々が慣れ親しんだ見方から出発して、新しい見方へと到達する手助けにもなるはずだ。

 ロイ・フィールディングというコンピュータ科学者がいる。皆さんもどこかで目にしたことのあるhttpというプロトコル規格の主著者の一人であるが、そのキャリアの途中で博士号を取得した。2000年のことだ。そのときに提出した博士論文で、ウェブのアーキテクチャについてRESTと呼ばれるスタイルを提案し、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の定義を行っている。今日でも引用される論文である。彼がその論文の冒頭で展開しているのが、ソフトウェア・アーキテクチャ論である。

 フィールディングは、ソフトウェア・アーキテクチャの真髄は抽象化にある、とする。同時に、抽象化するときの到達点は一つではなく、いくつものレベルがあるのだともいう。抽象化が真髄だということを通じて、フィールディングはソフトウェア・アーキテクチャについてのありがちな理解を否定する。

 彼が否定する典型的な例は、ソフトウェア・アーキテクチャをプログラムに書かれた文字列そのもの、つまりソースコードとして見ることである。我々もソフトウェアと言われれば、プログラム言語で書かれたもののことだとイメージしやすい。実際にそういう見方に立ってソフトウェア・アーキテクチャを議論する専門家もいるようだ。これに対してフィールディングは、その専門家たちが見ているのはアーキテクチャと呼ぶべきではなく、ソフトウェアの静的な構造に過ぎない、という。そしてソフトウェア・アーキテクチャは、静的な構造ではなく、ソフトウェアを実際に動かしたときにそれが実行する内容を表現すべきなのだ、と主張する。

■夜食のラーメン作りはどう説明されるべきか

 料理に喩えればこういうことだ。

 あなたが夜食に食べるためのラーメンを作ったとする。その時のあなたの役割がソフトウェアに当たる。大概のラーメンの袋の裏にはこんな風に書いてあるはずだ。「鍋にお湯を沸騰させ、麺袋から麺を取り出してお湯に入れて、3分間お好みの硬さになるまで茹(ゆ)でてください」みたいな感じだ。フィールディングが否定しているのは、ここであなたがやっていることを、ある意味で厳密そうに見える「100℃のお湯で3分間茹でる」という言い方で表現することだ。そうではなくて、あなたがやっていることは「袋の中の麺を熱湯で茹でて好みの硬さにすること」だと表現すべきだ、とフィールディングは言っているのだ。つまり、「具体的な解決策」ではなく「抽象的な課題」で表現しろ、と言っている。(あなたにとっての課題は、3分間茹でることではなく、好みの硬さにして食べることのはずだ。)

 この話は、フィールディングが否定しているもう一つのことと関係している。それは、アーキテクチャを表現するときよく見かける、四角い箱と線でダイアグラムを描くというやり方だ。その箱の中に入るのは、上記の例でいうと「鍋で100℃に沸かしたお湯で3分間茹でる」である。それではなぜダメなのか。「お湯を100℃に沸かす」「3分間茹でる」、さらにはもやしを「中火で2分間炒める」等々とずっとつなげていくと、ダイアグラムに出てこないものがある。それは料理であり、その状態・質である。同様に、フィールディングは、箱と線というかたちでアーキテクチャを表現すると、肝心なものが登場しないと言っている。データとその状態だ。

 つまり彼はソフトウェア・アーキテクチャとはデータを変換するものであり、その事前事後の状態の差分(あるいはその差分をもたらす変換機能)として表現すべきだと言っている。同書、本章の冒頭で紹介した中西会長の講演のエッセンスは「膨大なデータを価値に結びつけることが、ソサエティー5.0の核心だ」ということだ。フィールディングは、ソフトウェア・アーキテクチャを正しく理解するには、ソフトウェアに書かれたプログラムとしてではなく、それを使ってデータをどういう状態に変換しているのかを見ろ、と言っている。同様に、本書で繰り返し使ってきたレイヤー構造をやや厳密に表現すると、モノ自体(生麺、茹で麺)ではなく、この変換を行うこと(生麺を適度な茹で麺にすること)を一つのレイヤーとしてみるべきだ、ということになる。だからこそ、ソフトウェア・アーキテクチャで捉えたレイヤー構造全体が、データを価値に転換するシステムを表現し、設計することに寄与できるのである。

【続きを読む】 “古いビジネスは一瞬にして消えてしまう” 冨山和彦氏が明かす「デジタル敗戦」しないための“思考法”

INFORMATION

『DXの思考法 日本経済復活への最強戦略』刊行記念講演会のお知らせ

【日時】4月16日(金)19:00-21:00
【登壇者】西山圭太(東大客員教授)、冨山和彦(IGPIグループ会長)、松尾豊(東大大学院教授・人工知能研究者)
【定員】 300名(Zoom使用/無料)

主催 資本主義の教養学講演会
運営協力 文藝春秋 

【お申し込み先】  https://www.peoplefocus.co.jp/topics/?p=9422

“古いビジネスは一瞬にして消えてしまう” 冨山和彦氏が明かす「デジタル敗戦」しないための“思考法” へ続く

(西山 圭太/翻訳出版部)

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