「胃が痛い…」イベントで大失敗 「外資系企業日本支社の社長」が板挟みを乗り越えられた理由

「胃が痛い…」イベントで大失敗 「外資系企業日本支社の社長」が板挟みを乗り越えられた理由

©佐藤亘/文藝春秋

 MTVジャパン代表取締役CEO、マイクロソフト執行役常務を経て、2014年からツイッタージャパンの代表取締役を務める笹本裕氏。

 今回は、アメリカに本社を持つ音楽専門チャンネル「MTVジャパン」時代の苦労を振り返った。本社と現場の“板挟み”にもなり得る外資系企業。現地のトップとして、笹本氏はどうやって乗り越えてきたのだろうか。

◆ ◆ ◆

■ライブイベントでの大失敗

 MTVジャパン時代、いま思い出しても恐ろしくなるような失敗をしました。

 それは、有楽町の東京国際フォーラムでおこなったライブイベントでのこと。

 ライブの準備段階で、アメリカ本社の人たちが「MTV的なものをやりたい。ついては、ステージのセットは日本の美術さんに頼らず、全部アメリカから手配したい」と言いだしたのです。

「まあ、こだわりがあるならしょうがないか」と思いつつ当日を迎えたところ、本番直前になってセットが会場のエレベーターに乗らないことが発覚。こちらの舞台のサイズを測らずにアメリカから持ちこんでいたんです。

 仕方がないので、セットをその場でギーコギーコとノコギリで切ってエレベーターに乗せ、舞台上でまたくっつけるという「工事」を、舞台を転換するたびにやっていきました。当然、アーティストが替わるたびに20、30分くらい間が空く。異例の事態です。

 本来、そのライブは3時間で終わる予定でしたが、結局8時間以上かかってしまった。終電もなくなっていくので、お客さんも帰っていきます。ライブ映像を収録しないといけないのに、会場が時間を追うごとにガラガラになっていく。

 お笑い芸人のロンドンブーツ1号2号さんがMCをやっていたのですが、お二人が「みなさん、最後まで残っててくださいよ!」「終電後のタクシーはMTVさんが持ってくれますから!」などと言って、引き止めてくれていました。

 当然ながらスポンサーさんは「もう二度とスポンサーなんかやるか」とものすごく怒っていました。「これはお詫びに行かないと……」と、あのときはぼくも胃が痛かったですね(苦笑)。

■「日本版の『アンプラグド』をやろう」

 MTVブランドの看板番組である「アンプラグド」の日本版をやったときも大変でした。

 第1回のゲストでお呼びしたのは宇多田ヒカルさん。

 詳しくはお話しできませんが、出演の交渉はやっぱりすごく大変でした。内容にもすごくこだわって、お金的にも「これで採算とれるのかな?」というレベルでした。

 ただ、それは「戦略」でもあったんですね。初回に大物に来ていただくことで、音楽業界に「アンプラグド」というブランドを築く。そしてアーティストの方々に「いつかは自分も『アンプラグド』でやりたい」と言ってもらえるようにしたかったんです。

 MTV本社との交渉も大変でした。「アンプラグド」というのはもともとアメリカのMTVで生まれた企画です。それを日本に持ってくるためには、商標権を持っている人に許諾をもらわないといけません。

 MTVのブランドを傷つけてはいけないので、「誰を最初にやるのか」「なぜその人なのか」といったことをきっちり説明する必要がありました。そうやって裏でさまざまな交渉をして、やっと撮影当日を迎えることができたのです。

「アンプラグド」は、観客も入れてライブ形式でやるので、本来はワンテイク。でも実は、宇多田ヒカルさんのときはツーテイク撮っているんです。

 ライブが終わったときに観客席から「もう1曲歌って」という声があがりました。そのとき宇多田さんはハッと我に返ったような表情になって「全曲、もう1回歌います」と言ったんです。それでツーテイク目を撮ることになった。すると、まったく迫力が違ったんですね。番組でも2回目のほうが放送されました。

 結果的に「もう1曲歌って」と言った観客のおかげで、素晴らしいライブを撮ることができました。ただでさえ大舞台の本番。現場の空気はピリピリしていますから「もうワンテイクお願いできますか?」なんて、誰も言えません。あの観客の声があったからこそ、すばらしい第1回目の放送ができ、その後に続く回もいいものになったのだと思います。

■マイケル・ジャクソンの出演 

 2006年には、マイケル・ジャクソンを番組に招聘しました。

 実はこのときも本社からすごくお叱りを受けたんです。

 理由は、彼が幼児虐待の疑惑でアメリカですごく叩かれた後だったこと。「なんでそんな人間をMTVジャパンが勝手に招聘して、MTVの冠であるビデオ・ミュージック・アワードに出すんだ」と、ぼく自身初めて「これは自分の立場が危ういな」と思うくらいの勢いでした。

 でも、結果的にはすごくいい映像が撮れました。マイケル・ジャクソンの過去の映像を流すときは、そのときの映像が伝説として必ず使われるほどです。

■「大変な仕事」と「楽しい仕事」は表裏一体

 ぼくは、あくまでMTVの「日本支社」の社長で、MTV全体の最高責任者ではありません。だから、なにをやっても本社から口出しされるし、一方で社員からも突き上げられる。本社と社員の板挟みになる立場なわけです。だからたまに「ゼロから起業したほうがいいんじゃないか?」と聞かれることもありました。

 たしかにいつも大変な思いをしていましたが、それでもMTVでの仕事は楽しかったんですね。ぼくは「大変な仕事」と「楽しい仕事」は、表裏一体だと思っています。社内の調整や難しい交渉をしないといけないこともあるけれど、一方で感性を刺激されてワクワクすることもたくさんある。

 裏では胃の痛くなるようなこともたくさんありますが、「アンプラグド」などの作品が出て、「カッコよかった」とか「聴いてよかった」という声をいただくと、ものすごくやりがいを感じましたし「人のためになっているんだな」と思えました。大変な仕事であればあるほど、それが実ったときにすごく楽しさを感じるわけです。

■「誰かの描いた夢」を実現していく面白さ

 もとをたどれば、ツイッターも、マイクロソフトも、MTVも、ぼくではない「誰かの描いた夢」です。

 そういう「誰かの描いた夢」を実現していくことが、ぼくは楽しいんです。だからこそトップである経営者の人間性は、ぼくにとってすごく大切で、「この人を成功させたい」とか「このブランドを成功させたい」と思うと、すごく燃えるんです。

 経営者の人間性に惚れ込んで、その人の夢を実現するためにがんばる。

 それはMTVのCEOだったトム・フレストンの場合も、Twitter社のCEOであるジャック・ドーシーの場合も同じです。二人に共通しているのは、こんな世界にしたい、サービスでこういうことを実現したいという「共感できるビジョン」を、揺らぐことなく持っていることです。

 たいていの経営者は「売上がどうこう」「株価がどうこう」といったことで判断が変わったりします。でも、彼らにはそういうことがまったくない。だから「この人についていこう!」という気持ちにさせられるんです。

 そういった経営者の性格とかチャーミングさは、ぼくにとってはそのまま「会社の魅力」になります。これまで転職してきたなかでも、ぼくはかならず「人」を見ています。その会社の経営をするのは、どういう人たちなのか? どういう仲間と仕事をするのか? それが、自分にとってすごく大きな判断基準になっているのです。

構成=竹村俊助? @tshun423
写真=佐藤亘/文藝春秋

(笹本 裕,竹村 俊助)

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