ある日、突然ヘッドハンターからのメールが…? 転職して驚いたマイクロソフト流「徹底した」仕事術

ある日、突然ヘッドハンターからのメールが…? 転職して驚いたマイクロソフト流「徹底した」仕事術

©佐藤亘/文藝春秋

 2014年からツイッタージャパンの代表取締役を務めている笹本裕氏。

 前職はマイクロソフトの執行役常務だった笹本氏は、「毎日が驚きの連続だった」というマイクロソフト流の組織運営について語った。

◆ ◆ ◆

■ある日、突然ヘッドハンターからのメールが…?

 マイクロソフトの前は、MTVという音楽専門チャンネルの日本支社で代表取締役をしていました。そこでの仕事は楽しかったのですが、時間が経つにつれ自分に出来ることの限界も感じるようになりました。

 というのも、ぼくは今後もMTVが成長していくためには、ケーブル放送だけでなくデジタル事業に手を広げていく必要があると考えていました。しかし、アメリカ本社との権利の兼ね合いで、日本支社が単独でそれを実現するのは難しかったのです。

 そんなある日、突然ヘッドハンターからメールが届きました。内容は「マイクロソフトに来ませんか?」「MSN(マイクロソフトのポータルサイトサービス)や、Bingのサーチ、Hotmailなどの事業の成長を牽引してほしい」というものでした。

 そのとき、ぼくの中でのキーワードは「デジタル」と「ブロードバンド」でした。大容量のコンテンツが流通する世界がこれから確実に広がっていくと感じていたからです。その点で、マイクロソフトはぴったりでした。

 また、ぼくは35歳のときに一度起業をしています。なかなか思うようにいかず、最終的に事業譲渡することになったのですが、そのときに思い残したことがあったんです。それは「自分に最適なレストランを見つけられる検索エンジンをつくること」でした。

 マイクロソフトには「Bing」という検索エンジンがあります。ベンチャーのときは資本力がなくてできなかったことが、ここでならできるかもしれない。そんな思いもあって、転職を決断しました。40歳をすぎた頃。ビジネスマンとしても、いちばん脂がのっている時期だったと思います。

■マイクロソフトは「左脳」の会社

 MTVとマイクロソフトは、会社の規模としては10倍以上違います。人員も、事業規模も、オフィスの規模もまったく違う。

 入社の最終面接はアメリカでした。シアトルに一人で飛んで、1日で8人ぐらいと面談をして、翌日に帰ってくるという強行スケジュール。シアトルのオフィスは「キャンパス」と呼ばれていて、敷地内をバスで移動するほどの大きさでした。

 印象的だったのは、お会いした人がみんなすごく「ロジカル」だったことです。MTVとはまったく逆の雰囲気でした。

 MTVは芸術作品を作ろうとするクリエイター的な空気が色濃い、いわば「右脳」で動いている会社で、そういうところに魅力を感じていました。一方、マイクロソフトは「左脳」で動いている会社です。ものすごくロジカルで、数字で語る。それまで「右脳」にどっぷり浸かっていたぼくにとっては、ものすごく刺激になりました。

■とにかく「スコアカード」が命

 マイクロソフトは「オペレーショナル・エクセレンス(改善し続け、運営方法を磨き上げること)」を追求する会社です。社内には「スコアカード」というものがあって、その管理に命をかけていました。

 スコアカードというのは、自分が担当している事業の「健康診断」みたいなもの。日報、週報、月報、四半期報告などの報告は、すべてスコアカードに基づいておこなわれます。

 ぼくは「MSN」というポータルサイトサービスを担当していました。この事業では簡単にいうと、ページビューが上がれば広告の売上が上がります。するとスコアカードには「ページビュー」という指標と「広告売上」という指標が組み込まれます。

 そして目標の達成率によって、「赤」「黄」「青」と信号のように色づけされていく。スコアカードの結果が一定数以上「青」でないと、その部署のマネジメント責任者の評価が悪くなったりするわけです。

 人間の脳が同時に考えられる数字は、21個が限界だと言われているそうです。人にもよるとは思いますが、一般的には21個。だからスコアカードにも21の指標がありました。それを毎日、毎週、毎月見ていくわけです。

 スコアカードのエクセルを見ていくと、あるひとつの数字を作るのに、だいたい1000個ぐらいの計算式が使われています。数字が21個なので、約2万1000の計算式で1枚のスコアカードが作られていることになります。

■一転、「工場長」のような仕事に

 ぼくの仕事は、その「スコアカード」の数字を毎日のように見て、管理すること。確認しなければいけない数字が膨大なので、なんだかもう目が回りそうでした。

 数字が未達の項目があれば、関係する部署に「なぜこれができていないの?」「なにが課題なの?」と追求して、改善させていく。いわば「工場長」のような仕事でした。

 スコアカードの数字を出すための要素は「量販店でWindowsのパッケージが何本売れたか?」とか「いつキャンペーンをやって、それが売上にどう影響したか?」といったことです。一見するとただの数字なのですが、それが実は「どう量販店さんとパートナーシップを組んで、店頭展示をしてもらって、集客をするのか」という、「ハードの部分」とつながっている。その結果がスコアカードの数字という「ソフトの部分」に反映されていくのです。

 MTVのときのぼくだったら、きっと店頭に出て行って、どういうマーケティングをしているのかを確認していたと思います。でもマイクロソフトのぼくの立場では、それは他の誰かがやることでした。ぼくは本当に裏方で、そういうマーケティングの結果を受けて、店頭での広告予算や販促予算を本社と交渉し、事業を回していく。まさに仕事が一変しました。

■なんでもソフトウェアにする会社

 人事査定でも驚くことがありました。

 当時は日本だけで200人ぐらいの部下がいたのですが、その200人の人事査定をするためのツールを、マイクロソフト社内で独自に作っていたのです。

「予算をどう配分するか?」「この人の給料はいくらか?」というのを、ゲージひとつで変えられる。そして、その結果が正しいかどうかを、また別のソフトウェアで検証する。

 ようするにマイクロソフトは「なんでもソフトウェアにする会社」でした。

 人事も、マーケティングの管理も、すべてソフトウェアでおこないます。ソフトウェアを売っている会社だから、当たり前といえば当たり前なのかもしれません。

 でもぼくにとっては新しくて、すごくおもしろい部分でもありました。

■世の中はすべて「数字」で形成されている

 それだけ徹底していると「人の意思が介在するところはあるんですか?」と聞かれることもあります。マイクロソフトの考え方は「世の中はすべて数字で形成されているので、極端にいうと、言語の違いすらも関係ない」というものです。「数字は世界共通でウソをつかない」という考えだったのです。

 とはいえ、ときにはスコアカードの計算式が間違っていたりすることもありました。数字がおかしくなっているのに気づいて、担当者に連絡すると「ああ、ごめんごめん」と。そんなときは「数字もウソをつくじゃないか」と思ったりしましたね(笑)。

■よくも悪くも「真にグローバルな会社」

 ただ、こうした出来事も、マイクロソフトの考え方でいえば数字が「ウソ」をついているのではなく、ただの「間違い」だったということ。良くも悪くも「真にグローバルな会社」でした。徹底して数字で世の中を見ていました。

 MTVでは「日本支社」とはいえ、代表取締役CEOという肩書きがあったぶん、PL(損益計算書)やキャッシュフローまで見て組織運営をしていました。でもマイクロソフトの場合は、そこまで自分の責任があるわけではありません。日本法人の経営陣とはいえ、あまりにも会社の規模が大きすぎて「イチ部署の課長」のような感覚でした。

 マイクロソフトでは収益を直接見るのではなくて「収益にどう貢献したか」という数値で自分の成果を測ります。もちろんその数値のなかには人件費の配分なども含まれています。

 MTVのときは「自分の管理する社員の生活を、どうやって良くしていくか」なども考えて会社を運営していました。しかし、マイクロソフトではぼくがそんなことを考えなくても、会社が収益を管理して、人件費を配分するモデルができていたのです。感情が介在しないので、ある意味「機械的」にものごとが進んでいく感覚でした。

■「あと1回ぐらい無理できるかな」

 ぼくがマイクロソフトにいたのは4年間。2年間は日本で、最後の2年はシンガポールです(ちなみに、2021年の5月からシンガポールにあるTwitter社のアジア太平洋地域本社で、アジア太平洋地域全体の広告事業も担当することになりました。その意味では、シンガポールにも不思議な縁があるのかもしれません)。

 シンガポール時代は本当に「地域の統括の責任者」だったので、日本もインドも中国も全部自分の配下にある一方で、現場からはすごく離れてしまう面もあった。次第に寂しさを感じ、日本でなくてもいいのでもう一度、どこかの国の責任者をやらせてほしいという気持ちが強くなっていきました。

 そんな4年目の終わりのあるとき、「シアトルの本社に来いよ」と声がかかりました。ありがたい話でしたが、「あ、これはもっと現場から離れちゃうな」と……(笑)。

 当時、ぼくはまだ40代後半。「あともう1回ぐらい無理できるかな」と思って、思い切ってマイクロソフトを飛び出すことにしたのです。

(笹本 裕,竹村 俊助)

関連記事(外部サイト)

×