専門家約800人の研究でわかった異常気象のリアル…日本企業が“カーボンニュートラル”実現を目指す“本当の意味”

専門家約800人の研究でわかった異常気象のリアル…日本企業が“カーボンニュートラル”実現を目指す“本当の意味”

写真はイメージです ©iStock.com

「二酸化炭素の排出が地球温暖化を招いている」という話は、環境問題について論じる際に必ずと言ってよいほど俎上にあげられる。そうした現状において、世界各国が目指しているのは「カーボンニュートラル(排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする)」の実現だ。

 しかし、「カーボンニュートラル」は環境にとって本当に意味のある取り組みなのだろうか……。ここではNewsPicksニューヨーク支局長の森川潤氏による『 グリーン・ジャイアント 脱炭素ビジネスが世界経済を動かす 』(文春新書)の一部を抜粋。世界各国の環境についての取り組みを紹介する。(全2回中の1回目/ 後編 を読む)

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■なぜ、2?0?5?0年カーボンニュートラルなのか

 なぜ今世界はこぞって「カーボンニュートラル」に走っているのか。

 これを知るため、そして世界がどこに向かっているのかを把握するためには、まずそもそもの気候変動をめぐる議論がいかに進んできたのかを振り返る必要がある。

 まず、地球温暖化の原因として、「人間活動(Human Activity)」が最初に大きく取り上げられたのは、1?9?9?0年のことだった。1?9?8?8年に創設された国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、初めてまとめた第1次評価報告書で「人為起源の温室効果ガスがこのまま大気中に排出され続ければ、生態系や人類に重大な影響をおよぼす気候変化が生じるおそれがある」と指摘したのである。世界の第一線の研究者たちが発したこの警告は大きなインパクトを与えたが、まだ、この時点では「観測されている気温の上昇は、大半が自然の変化によるものである可能性もある」とも指摘されていた。

 その後、1?9?9?5年の第2次評価報告書では「全球平均気温および海面水位の上昇に関する予測から、人間活動が、人類の歴史上かつてないほどに地球の気候を変える可能性がある」とその確度を高め、2?0?0?1年の第3次評価報告書では「過去50年間に観測された温暖化のほとんどが人間活動によるものであるという、新たな、かつより強力な証拠が得られた」とさらに踏み込んだ。

 2?0?0?7年の第4次評価報告書からはかなり断定的になっていく。3年の歳月をかけて、約4?0?0?0人の専門家がかかわりまとめた報告書は「気候システムの温暖化には疑う余地がない」、「世界の温室効果ガスの排出量は、工業化以降、人間活動により増加しており、1?9?7?0年から2?0?0?4年の間に70%増加した」と指摘した。この年、IPCCはドキュメンタリー映画『不都合な真実』(2?0?0?6年)に主演したアル・ゴア元米副大統領とともに、ノーベル平和賞を受賞する。

■気候変動が人間の活動が影響している可能性は「極めて高い」

 その次の第5次評価報告書は2?0?1?4年に公表された。ここで示されたポイントは多岐にわたるが、以下にいくつかの論点を列挙したい。

●「気候システムの温暖化には疑う余地はない」。気温・海水温・海水面水位の上昇、雪氷減少などの観測事実が強化され、温暖化していることが再確認された。

●「人間による影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な(dominant)原因であった可能性が極めて高い(95%以上)」。第4次評価報告書では「可能性が非常に高い(90%以上)」であったが、更に踏み込んだ表現となった。

●今世紀末までの世界平均気温の変化は、いくつかのシナリオによれば0.3〜4.8℃の範囲で、海面水位の上昇は0.26〜0.82メートルの範囲で起きる可能性が高い。

●気候変動を抑制するには、温室効果ガス排出量の抜本的かつ持続的な削減が必要である。

●「CO2の累積総排出量とそれに対する世界平均地上気温の応答は、ほぼ比例関係にある」。最終的に気温が何℃上昇するかは、CO2累積総排出量の幅に関係する。

 これらは、8?0?0人以上の研究者が4年をかけて執筆したもので、日本からも30人の研究者が参加している。ちなみに、気候モデルやハリケーンの頻度、海面上昇のレベル、自然要因の評価をめぐっては、一部の科学者から異論も出ているが、それは極めて少数派だという。

 この報告書の内容は、翌年の「パリ協定」に結実する。正式名称は「第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」という。パリ協定といえば、後年、トランプ前米大統領が「中国、ロシア、インドは何も貢献しないのにアメリカは何十億ドルも払う不公平な協定だ」として脱退したことの印象も強いかもしれないが、実際は、今にいたる世界の気候変動をめぐる議論を決定づけた明らかな転換点であった。

■米中「2大排出国」が批准したパリ協定

「気候変動をめぐり、(海面上昇や台風の増大など)不確実な要素を議論する時期は過ぎ去った。主題は『温暖化する地球』となり、ここからは“パリ前”と“パリ後”の2つの時代に明確に区分けされることになった」。『石油の世紀』などの著書で知られるエネルギー問題の権威ダニエル・ヤーギンはこう語っている。

 パリ協定は気候変動枠組条約に加盟する全1?9?6カ国が参加した史上初の枠組みであり、そのうち1?9?1カ国が実際に批准している(2?0?2?1年3月時点)。何よりも大きかったのは、地球上のCO2総排出量の約4割を占める米国、中国という「2大排出国」が批准したことだ。というのも、それまでは、米国を中心とする先進国と、中国が代表する新興国の利害が一致せず、合意できない状態が続いていたからだ。特に、2?0?0?9年のCOP15(コペンハーゲン)にいたっては、「中学校の生徒会以来で最悪の国際会議だった」と、ヒラリー・クリントン米国務長官(当時)が漏らすほど壊滅的な状況だった。

 では、パリ協定が決定づけたこととは何だったのか。環境省の資料と、原文のニュアンスが微妙に異なるため、原文の訳を載せたい。

〈パリ協定の目標は、地球温暖化を産業革命前と比較して2℃よりも遥かに低い、できれば1.5℃までに抑えることです。この長期的な温度目標を達成するために、各国は温室効果ガスの排出量をできるだけ早く世界的にピークに到達させ、今世紀半ばまでにカーボンニュートラルの世界を実現することを目指します。

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(※環境省の資料では、mid-centuryが「今世紀後半」、carbon neutralが「温室効果ガスの人為的な排出と吸収のバランスを達成」と訳されているなど、原文より弱めの表現になっている)〉

 ここにきて、「今世紀半ばのカーボンニュートラル」が、世界の方向性として明確に示されたのである。

■0.5℃の差がこれからの気候変動の明暗を分ける

 ちなみに、パリ協定では平均気温の上昇抑制を「2℃、できれば1.5℃」としていたが、今の世界のリーダー層は明確に「1.5℃」をターゲットにし始めている。気候学者の研究によると、この0.5℃が大きな差を生み出すとみられているからだ。第5次評価報告書に主執筆者の一人として参加した国立環境研究所の江守正多は筆者らの取材に対し、こう解説している。

「1.5℃上昇したときに、何か急激に変わったり、世界が破滅したりする、というわけではありません。ですが、今すでに起き始めているさまざまな気候変動の悪影響が、さらに大きくなっていくことは確かです。ここ数年、豪雨や台風で大きな被害が相次いでいますが、あれ自体は不規則な気候変動の中で、たまたま起きたことではあります。しかし、温暖化によって水蒸気の量が増えれば、さらにパワーアップしたものが来ることになる。このように、温暖化する分だけ、気象現象の悪影響が大きくなるということは、確実に言えます。

 これが2℃の上昇となると、話が変わってきます。実は、1.5℃の時とは違って、2℃上昇すると極端に気候が変化してしまうのではないか、という科学的な議論が存在しているのです。正確に2℃かは分からないのですが、我々の分野では、その変わり目のことを『ティッピングポイント』と呼びます。ティッピングポイントというのは、臨界点のような、スイッチが入るポイントのことです。温度はゆっくりゆっくり上がっているんだけども、影響の出方がガラッと変わるような。そうなってしまえば、いくらその後に温暖化を止め、気温が上昇しなくなったとしても、氷は解け続ける。そのような“スイッチ”が入ってしまう恐れがあります」

■IPCC第6次報告書で突き付けられた「赤信号」

 この議論をまとめあげたのが2?0?1?8年の「1.5℃特別報告書」である。こちらは「現在の進行速度では、地球温暖化は2?0?3?0〜2?0?5?0年に1.5℃に達する」としており、これを抑えるためには「社会のあらゆる側面において前例のない移行が必要」として、CO2排出量の2?0?3?0年までの45%削減、2?0?5?0年ごろの実質ゼロ(カーボンニュートラル)の必要性を説いたのだ。

 これが2?0?2?0年の「カーボンニュートラル・ラッシュ」にいたるまでの背景である。つまり、今日本を騒がせている「2?0?5?0年のカーボンニュートラル」は、この30年をかけた気候科学の叡智がたどり着いた結論だったということである。

 ちなみにパリ協定は、各国にNDC(Nationally Determined Contribution)と呼ばれる削減目標を5年毎に提出することを求めている(拘束力はなし)。2?0?2?0年が、日本を始め、世界がカーボンニュートラルを宣言する「ラッシュ」となったのは、ちょうどこの年が協定から5年を経過するタイミングであったからだ。

 そして、本書の執筆中の2?0?2?1年8月に発表されたIPCCの第6次評価報告書では、「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことに疑う余地はない」と、ダメ押しの一打が放たれた。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「人類への赤信号だ」と指摘している。

 これが2?0?2?1年時点における、気候変動をめぐる現在地であり、世界のリーダーたちが共有している一つのナラティブである。つまり、今やこの目標をめがけて、政治、ビジネス、テクノロジー、そしてお金までもが動いているということだ。

【後編を読む】 洋上風力発電が“原発45基分の発電量”をもたらす? 日本のエネルギー会社が見せたかつてない“本気”

洋上風力発電が“原発45基分の発電量”をもたらす? 日本のエネルギー会社が見せたかつてない“本気” へ続く

(森川 潤/文春新書)

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