《高齢者だらけの"学園あるある"》「こだわったのは女優さんのとんがった口」新潟の老舗アイスメーカーがWebCM累計1200万回再生に辿り着いたワケ
2023年02月04日 12時00分文春オンライン

ネット上でザワついた高齢者学園ラブストーリー ©セイヒョー
昨年11月、Twitter上で一本のCMが話題を呼んだ。
「アイス屋さんがCMに本気を出した結果」
そう題された動画は、制服を着た女性が男性とぶつかって倒れるシーンから始まり、一見するとよくある学園モノのドラマのよう。――しかし、登場人物を演じているのは全員高齢のキャスト陣だ。
動画を投稿したのは、新潟県の老舗アイスメーカー・セイヒョー。代表商品の「もも太郎」は新潟県民であれば誰もが知っている“ソウルフード”でもある。
今年で創業107年を迎える伝統企業はなぜ“バズる”CMを生み出せたのか。経営企画室の阿部千晶氏に話を聞いた。
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■「おじいちゃんとおばあちゃん? しかも学生服?」
――もともと、夏に公開された「もも太郎」のCMがTikTokで100万回再生を記録するなど話題になっていました。あのCMはどなたの発案だったんですか?
阿部 CM制作をお願いしたクリエイターのセカイ監督です。私たちが最初に知ったのは企画書を見せていただいたときですね。“学生服を着たおじいちゃんとおばあちゃんで、学園青春ドラマを再現”と書かれていたんですが、「おじいちゃんとおばあちゃん? しかも学生服?」と頭の中にクエスチョンマークばかり浮かんでいました(笑)。
――文字だけだと想像がつきにくい組み合わせですよね。
阿部 当社が老舗企業であることを表すために高齢の俳優さんを起用するということだったんですが、全くイメージが湧きませんでした。
――映像をご覧になった最初の感想はどうでしたか?
阿部 なんだかすごく綺麗な映像だな、というのが第一印象でしたね。純粋な恋愛ドラマの甘酸っぱいワンシーンのような、爽やかだけどどこかノスタルジックな空気感が夏にぴったりで。文字で見ていたところからのギャップに良い意味で驚かされました。
■“10日で100万回再生”「バズっている自覚なかった」
――正直、実際に見るまでは不安もありましたか?
阿部 企画書の段階では“おじいちゃん、おばあちゃん、学生服、青春ドラマ”という言葉の並びがちょっと強烈だったので、もっとヘンテコな動画が出来上がってくるのかな、もしかしたら目も当てられない動画になってしまうんじゃないかという気持ちはありました(笑)。
でも蓋を開けてみると高齢の役者さんでもすごく雰囲気があって、なるほどと思いました。
――たしかに、ストーリーは少女漫画でよくあるお決まりの展開に沿っています。ただだからこそキャストの年齢にギャップが……。
阿部 おじいちゃんとおばあちゃんが演じていることが目に留まるための引っ掛かりにはなっているんですけど、想定していたような変な違和感はなくて。映像が美しかったからでしょうか……。ただ、これをインターネットで公開したところで話題になるのかとか、再生数が伸びるのかっていう点については、まったくわかりませんでした。
――ということは、TikTokでバズったのは予想外だった?
阿部 当時TikTokのアカウントは開設したばかりで、社内にも詳しい人間はいなかったので、どれぐらい伸びれば“バズった”と言えるのかすらもわからない状態だったんです。
公開してから10日ぐらいで100万回再生されたのですが、それがすごいことなのかも全然わからなくて、バズっている自覚は当初なかったですね。メディアの方から取材のオファーをたくさんいただいたところで、ようやく効果を実感しました。これがバズるってことなのか、と。
■「何がそんなにウケたんだろう?(笑)」
――秋に公開された第2弾はその第1弾を大きく上回っています。TikTokの再生は270万回以上、Twitterでは1100万回以上も再生。大バズりですよね。
阿部 そもそも当社でWebCMを打つのは第1弾が初めてだったので、それがあれだけ話題になった時点でも驚きだったんです。でも同じくらい話題になったらいいねという気持ちで作った第2弾がさらに上回ってきたので……。何がそんなにウケたんだろうと、まだちょっと困惑しています(笑)。
――第2弾は前作に比べてコメディ色が強くなった分、よりシュールに感じました。企画書の段階ではどういうキャッチコピーだったんですか?
阿部 第2弾では「NIIGATA ICE SELECTION」という新潟の素材を生かした高級路線のアイスの詰め合わせ商品を題材にしていただいたんですが、セカイ監督は高級感を出すために“学園内の格差”をテーマにしようと思いついたそうです。
――そういえば、ストーリー展開は『花より男子』みたいな感じですよね。学内格差は学園モノのテッパン設定ですが、そこに高級感を見出したと。
阿部 私も最初に動画を見たとき、「つくしと道明寺そのまんまだ!」と思いました(笑)。実際にセカイ監督も『花より男子』や『斉木楠雄のψ難』を参考にされたそうです。
――高齢の俳優さんにとっては馴染みが薄そうですが、撮影現場はどんな雰囲気だったんでしょうか?
阿部 セカイ監督からは、とにかく楽しい現場だったと伺っています。第2弾では特に、ヒロインがときめいたときの擬音「とぅんく」と、最後の「ふーん、おもしれー女」というセリフにこだわったそうです。
――「とぅんく」も「ふーん、おもしれー女」も、少女マンガや学園ドラマの“あるある”ですよね。イケメンヒーローが一風変わったヒロインに出会って心動かされるときの定番文句です。
阿部 どちらも視聴者からのツッコミが増えそうな言い回しを意識して演技指導されたそうです。あと、ヒロインが「うるせえ口だな」と頬をつかまれるシーンでは、セカイ監督のイメージするとんがった口の形になかなかならなかったそうで……。なんと9回リテイクしたと。
――完成版を見ると、ヒロイン役の女優さんが見事に“あるある”なタコのような口の形になっていました。マンガだとコミカルなタッチに変わるシーンですよね。ここにも監督のこだわりが詰まっていたとは。
第2弾には、これはバズるだろうなという確信はありましたか?
阿部 いえ、個人的には、第1弾よりも元ネタがわかりやすくなっていたので、ちょっとやりすぎ感があるんじゃないかなーという気持ちも少しありました。それに扱っていただいた題材も、「もも太郎」は当社の代表製品なのに対して、「NIIGATA ICE SELECTION」は新しいセット商品で知名度があるわけでもなかったので。夏ほどは話題にならないだろうけど、同じぐらいまで伸びたらいいね、という程度でしたね。ネットの反響はわからないものですね(笑)。
■創業100年超の老舗企業がWebCMをはじめた理由
――第1弾が初のWebCMとのことでしたが、それまではどんな広告を打たれていたんですか?
阿部 そんなに大きな取り組みはしていなくて、せいぜい新潟県内で「もも太郎」のテレビCMを夏の間だけ流していたぐらいです。そのCMも地元の広告代理店さんに作っていただいたもので、ごく一般的な内容でしたね。
――「もも太郎」はもも太郎という名前なのにイチゴ味というユニークなアイスで、新潟県民なら誰でも知っている有名な商品ですよね。
阿部 ルーツは新潟の祭りでよく売られていた氷菓子です。砕いた氷を桃の形をした木型に詰めて、割り箸を刺してシロップをかけて食べていたのですが、その味をいつでもどこでも食べられるようにということで製品化されました。70年以上続く製品ということで、新潟県内では親から子、子から孫へという感じでもも太郎を知っていただけていますね。
――誰もが知る県民アイスなわけですが、そこからWebCMにチャレンジしたのはなぜだったんでしょう?
阿部 ありがたいことに県内での知名度はあるのですが、一歩県外に出るともも太郎といってアイスを思い浮かべる方はほとんどいません。これからの事業拡大のためには全国にマーケットを広げていくことが重要だと考え、昨年の4月頃からWebマーケティングに注力していこうという方針になりました。
ただこれまでWebでの販促活動にはほとんど取り組んでこなかったので、外部の会社さんからアドバイスをいただいて進める中で、やはり今の時代はオンライン上での話題作りとして“バズる動画”が重要なんだということを教えていただいて。セカイ監督もその会社さんからご紹介いただきました。
■内容もキャスティングもクリエイターにすべてお任せ
――セカイ監督とはどれぐらい打ち合わせをされましたか?
阿部 特に密に打ち合わせはしていないんですよ。第1弾であれば、当社からお願いしたのは、「『もも太郎」の知名度をアップさせたいので動画を作ってください」ということだけです。ストーリー展開や内容についての希望とかは一切ない状態でお願いしていて、CMの撮影にも立ち会っていないんです。
――えっ。では本当に、動画を見て初めて詳細な内容を知ったということですか。
阿部 はい、もう完全にお任せしていますね。独自の世界を持たれているクリエイターさんの場合、クライアントからあれこれと指示してしまうと、こぢんまりとまとまってしまったり、面白くないものになっちゃったりするのかなと……。クリエイターさんのいいところが削れてしまうともったいないので。
――すごい、おおらかな……。第2弾も完全におまかせですか。
阿部 はい。同じ路線を継続してほしいとかそういう要望も特にしていなくて、第1弾の反響が良かったので「NIIGATA ICE SELECTION」を題材に2作目をお願いしますとだけお伝えしました。ヒロインを同じ女性が演じることも、セカイ監督から提案されて知りました。
――もしかして、俳優さんにお会いしたことも……?
阿部 社内の誰もないですね。キャスティングするのもセカイ監督ですし、この俳優さんを使いますという確認はあるんですけど、そこに何か注文をつけたこともありません。
――今まで打ち合わせでセカイ監督から提案されたものに対して、セイヒョーさん側がストップをかけたり、注文したりしたことはないんですか。
阿部 そうですね、ないと思います。いま第3弾の企画が進んでいるんですが、2パターンのテイストのうちどちらがいいですかと聞かれたので、その選択をしたぐらいです。
■変化球CMでも「ネットだしいいんじゃない?」
――創業100年を超える歴史ある企業でありながら、ある意味ふざけたようなCMを出すことに、懸念や不安の声はなかったですか。
阿部 まったくなかったですね。そもそもWebCMという取り組み自体がまったく初めての試みでしたし、新しいことにチャレンジするならその道に長けた方におまかせした方が良いという考え方です。
――社内の方の反応っていうのはどんな感じでしたか。
阿部 「ちょっとシュールだけど、インターネット上で流す動画だしいいんじゃないの?」と。さすがに地上波のテレビで放映ということだったら反発があったかとは思いますが、これは駄目だっていう雰囲気はなかったですね。これは話題沸騰だぞっていう期待の声もなかったですが……(笑)。ある意味、インターネットだからできた部分はあると思います。ちょっと失敗してもそれはそれで、みたいな。
第2弾はさすがに、アイスはどこへ行ったとか、何のCMなんだ、っていう困惑の声はちらほらありましたが、それで止まることも特になく、公開に至りましたね。
――そのおおらかなチャレンジ精神は、社風としてあるものですか?
阿部 あー、そうかもしれませんね。たとえば本社の外にある商品の直売所も当社らしい取り組みです。2016年が当社の創業100周年で、それに向けた取り組みの一環ということで2015年にオープンさせたんですが、全く下調べもせず(笑)。会議の中で直売所があったらいいよねっていうふわっとした意見がどこからともなく出てきて、その思いつきがそのまま実現したような感じでした。
――日本のいわゆる伝統企業のイメージといい意味でアンマッチな感じがします。
阿部 セカイ監督からも「自由にやらせてもらってありがとうございます」と言われています(笑)。やっぱりクリエイターさんは自分の世界に理想とするものがあると思うので、我々が対外的なイメージを気にして注文をつけていたら、だんだん話題になるようなポイントが削られていって、ここまでのバズりにはならなかったんだろうなと思います。
――第3弾が進んでいるとのことでしたが、そこへのスタンスっていうのはまた変わらずですか。
阿部 はい、次もおまかせです(笑)。リクエストも特にありません。
――CM制作への姿勢も驚きですが、今回の“バズり”に対するスタンスもどこか飄々とした空気感を感じます。
阿部 そうですね。実は社内では、話題になって嬉しいとか、やったーという盛り上がりも特にないんです。ここまで話題になるのはすごいねとは言われますけど、それに味をしめてどんどん仕掛けていくというのもまた違うのかなと思ってまして……。
――老舗ならではの余裕を感じます。
阿部 そうなんでしょうか(笑)。ただ、動画がきっかけで知名度はアップしたと思うので、一歩ずつ全国へ出ていければいいなという感じですね。うちのアイスは美味しいので、ぜひたくさんの方に食べてもらいたいですね!
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))
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