「なぜ文転するの?」と問われた院卒社員が、34年後にメガバンク初の“理系社長”になるまで

「なぜ文転するの?」と問われた院卒社員が、34年後にメガバンク初の“理系社長”になるまで

©文藝春秋

 メガ初の理系社長、しかも理学部数学科出身という経歴が話題になった、三菱UFJフィナンシャル・グループ新社長の亀澤宏規氏(58)。

 亀澤氏が三菱銀行に入社したのは、今から34年前の1986年。ここ数年、急速な進化を遂げる金融業界のデジタル化を見越しての志望かと思いきや、どうもそうではないらしい。

「今はAIやデジタル技術の活用、ビッグデータ解析による高度な市場分析が必要とされ、われわれも理系出身者の採用を増やしていますが、私自身は『いずれ金融の世界でも数学的な知識が求められる』などと思って銀行に入ったわけではないのです」

■東大理学部で数学を学ぶ

 亀澤氏は県立宮崎西高校を卒業後、東京大学理学部数学科に進学。数学の若き秀才たちが集う、競争率約3倍の難関を突破して大学院の数学科にまで進み、整数論で修士論文を書いた。

「整数論は、社会の実用にはまったく役に立ちません。数学には、純粋数学と応用数学があります。基礎と応用ではなく、なぜ純粋と応用と言うのか。

 応用数学はその名の通り応用が効いて実用に役立ちます。ところが整数論もその一つですが、純粋数学は、その実用の世界の基礎ということではなく、まったく異なる純粋な世界なのです。整数論は、数式をあまり使わず、整数がもつ性質そのものを研究するというもので、どちらかというと哲学に近い。その理論が表す世界観には美しさも感じられる。そういう意味では芸術に近い面もあります」

■面接で聞かれた「なぜ文転するの?」

 純粋で美しい世界に魅了されていた亀澤氏が新たな志を抱いたのは、整数論に熱中していた修士課程在学中だった。「やはり、世の中に出て社会の役に立ちたいという思いが強くなってきた」という。

 金融の世界へと志望を決めたものの、入社試験では面接という新たな難関が待ち受けていた。当時はまだ銀行には、理系の大学院出身者がほとんどいない時代。面接官から「なぜ文転するの?」と必ず聞かれたという。

「あまりに文転、文転と言われ、何かいけないことでもしているのかなと錯覚するぐらいだったので、私は自分で『文系理系環理論』なるものを編み出して面接等で説明して煙に巻いてました」

 面接の理論? その理論とはどのようなものだったのか?

■“普通の社員”として銀行へ

「平面の真ん中から左が文系、右が理系とすると、文系の最も純粋な学問が哲学であるとすれば、理系の学問を突き詰めたところに純粋数学があります。そしてこの二つは非常に似ていて、実は平面の端っこは繋がっている。平面ではなく球(環)状である。だから文系理系という分けは意味がない」

 亀澤氏は面接官にこう説明した後、「私が数学をやっていたことは全部忘れて、普通の社員と同じに扱ってください」と訴えたという。

 幸い、三菱銀行に採用された亀澤氏は「普通の社員」として扱われ、さらに中堅となってからは「特命社員」のような形で数々の新設部署の立ち上げにかかわることになる。

 コロナ禍での若い社員との対話、三菱UFJの将来像についても詳しく語っている、亀澤氏の「 デジタル金融に人間の感覚を 」は、「文藝春秋」10月号、及び「文藝春秋digital」に掲載されている。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年10月号)

関連記事(外部サイト)