日本電産・永守会長76歳 「1円稟議」経営術の何が凄いか

日本電産・永守会長76歳 「1円稟議」経営術の何が凄いか

永守重信氏(日本電産会長) ©AFLO

 東京証券取引所に上場する企業の株式時価総額トップ20には、自動車関連企業は2社しか入っていない(10月16日現在)。1位のトヨタ自動車(時価総額22兆2830億円)と12位のモーター大手の日本電産(同6兆194億円)だ。

 国内自動車大手3社のうち、ホンダ(同5兆5847億円)は23位、日産自動車(同1兆5696億円)は87位と沈む。ただし、1位のトヨタでさえ、世界的に見れば新興の電気自動車(EV)メーカー、米テスラ(同41兆449億円)のほぼ半分だ。 

 日本の自動車関連企業の時価総額の低迷は何を意味するのか。株価には将来の期待値が過度に反映されるケースもあるため、テスラの躍進を「EVバブル」だと評する向きもある。しかし、筆者はそう思わない。確かに一時のテスラは話題先行で、商品の生産能力が追い付かない面はあったが、今は中国・上海に巨大工場を完成させて販売を伸ばしており、来年にはドイツ・ベルリン近郊に新工場がオープンする予定だ。コロナ禍の中でも着実にグローバル戦略を進めている。

■コロナ危機でも増益を確保した日本電産

 テスラと同様に、車載事業に積極的に投資し、コロナ禍の中でもグローバル展開の手を緩めないのが日本電産だ。同社の車載事業の中核を担うのがEVの心臓部と言われるモーターとそれを制御する半導体、ギアが一体となった「トラクションモーターシステム」である。同社はパソコンなどの記憶媒体「HDD(ハードディスク)」を動かすモーターで世界シェアの80%以上を握っているが、トラクションモーターでも2030年までに世界シェア35%の獲得を狙う。それに伴って、売上高を現在の7倍近い10兆円に到達させる目標を掲げている。

 足元の業績も好調だ。直近の2020年4〜6月期の第1・四半期決算では、グローバル製造業が軒並み赤字に陥る中、本業のもうけを示す営業利益が前年同期比1.7%増の281億円、営業利益率も0.6ポイント増の8.3%だった。

 日本電産がコロナ危機の中で増益を確保できたのは、「武器」をもっているからだ。「WPR(ダブル・プロフィット・レシオ)」と呼ばれる、徹底した無駄な経費の削減を柱の一つとする日本電産独自の経営術である。2008年、リーマンショックの際に売上高が半分に落ちた時に始めると、翌年の2009年度には過去最高益を記録した。

■「秘伝の書」はバージョン4に

 1930年代の世界恐慌の頃でも成長が止まらなかった企業の資料などを徹底的に調べ、業種などが違っても応用できる考え方やノウハウをマニュアル化した、いわば「秘伝の書」だ。導入以来、改定を続けて今回のコロナ禍によってバージョン4となった。

 経費の削減と言っても単純な「ケチケチ作戦」ではない。コロナ禍にあたっては、発想の大転換も行った。たとえば、残業を減らすのではなくゼロにしてもアウトプット(生産性)が落ちない働き方について示し、実務面では、外注から内製強化、生産性の低い製造ラインの削減、グローバル購買の強化などを徹底することでコストを落とした。

 さらには、職場で1円以上のものを購入する際には稟議書を書かせる「1円稟議」も徹底した。「稟議書を作成するだけで1円以上のコストがかかってしまう」とする批判の声も上がりそうだが、狙いはもっと深いところにある。たとえば、トイレットペーパーや鉛筆などであっても、納入業者の言い値で買っていないか、購入価格を他社と比較しているかなどを徹底して調べさせ、日常の意識や行動を変えさせることにあるのだ。

■「遠近両用」の永守経営

 こうした活動を組織風土として根付かせたのが、創業者の永守重信会長(76)だ。日本電産と聞けば、多くのビジネスパースンは永守氏の顔を思い浮かべることだろう。歯に衣着せぬ言動による強烈な個性と有言実行で知られるからだ。

 日本電産は1973年、第1次オイルショックの年に生まれた。永守氏が自宅の納屋でわずか3人の仲間と共に始めた、いわゆる「ガレージ(倉庫)企業」だ。米国の巨大IT企業、グーグルやアップルも「ガレージ企業」からスタートしたと言われている。初心を忘れまいと、今でも京都市内にある本社ビルの入り口には創業期の「プレハブ」が展示されている。

 永守氏の経営者としての凄みは、「1円稟議」のような現場の徹底的な把握とともに、50年スパンで会社の将来像を捉えていることにある。創業した時には売上高1兆円を目指す「50年計画」を策定。当時は社内ですらも信じられなかったが、創業から約40年となる2015年3月期に売上高1兆円を実現させた。さらに、昨年8月の75歳の誕生日には「新50年計画」を作り、売上高10兆円に加えて、時価総額で世界のトップ10入りも掲げたという。

 こうした経営スタイルは理に適っている。シリコンバレーなどでは「変革は異端で起こる」などと言われる。経営環境の変化の兆しは、実は本社からは見えづらい小さな現場・変化に宿っているからだ。その一方で、長期的なトレンドを見ながら大胆な投資と人材育成をしなければ他社との競争の中で優位に立つことはできない。永守氏は「遠近両用」の視点を大事にした経営を得意としているのだ。

■自動車産業は変革の時代を迎えている

 自動車産業はいま、その遠近両方の視点で大きな波が訪れている。まず短期的にはコロナ禍により世界市場は9000万台から7000万台規模に落ちるとの予測もあり、売上減少をどう乗り切るかが問われている。

 長期的には自動運転や電動化対応などといった「CASE」領域へ対応しなければならず、その投資負担が重荷になっている。特にEV時代は、クルマの構造がパソコンのようにコモディティー化し、産業構造を大きく変えてしまうだろう。それに伴い付加価値は部品とサービスにシフトしていく。そうなった際には自動車産業界にも、パソコンにおけるインテルやマイクロソフトのように、完成車ではなく個別の部品で覇権を握る企業が出てくる可能性がある。

 ビジネスモデルにも変化の兆しが表れている。たとえば、テスラのクルマは、ソフトウエアが無線技術で更新され、ハードは古くなってもソフトは新しくダウンロードされて新しい機能が使える。まるでスマートフォンと同じだ。テスラはそこに課金してもらうビジネスモデルを狙っている。これをFOTA (Firmware update Over The Air)と呼ぶ。このクルマの「走るスマホ化」も進んでくるだろう。

 また、産業のすそ野が広い自動車産業は、自動車メーカーに直接納入する会社を1次下請け(ティア1)、1次下請に納める会社を2次下請け(ティア2)と呼び、ティア3、ティア4……という風に多層的に連なっている。

 しかし、これまで述べてきたような変化は、部品産業の合従連衡を加速させ、いずれ自動車メーカーよりも力を持つ企業が誕生する。それを業界では「ティア0.5」と呼ぶこともある。

■創業以来、66社を買収してきた

 今の日本電産は、自動車メーカーと同水準の技術力を持つ「ティア0.5」への変身を目論んでいるように見える。

 もうひとつ、永守氏の経営者としての強みはM&Aに強いことだ。創業以来、66社を買収、それを梃子に業績を拡大させてきた。この強さは変化の時代に、これまで以上に活かされてくるだろう。

「自動車メーカーと競争してクルマを造るつもりはありません。しかし、『完成車の寸前』まではやるつもりです。将来的にはトラクションモーターに加えて、センサーやステアリング、ブレーキシステムなどの主要部品が搭載されたEVのプラットフォーム(車台)を作りたい。弊社が提供するプラットフォームさえあれば、あとは自動車メーカーがタイヤとボディを取り付ければ完成車が出来上がるイメージです。そのために自動運転の技術にも力を入れています。これが実行できて初めて10兆円は可能となるのです」

 こう語る永守氏の言葉には、さらなる成長への思いが込められている。

■永守氏は「令和の幸之助」

 こうした日本電産や永守氏の言動を見たパナソニックの元役員は「永守さんは『令和の幸之助』のようだ」と語る。「幸之助」とは松下電器産業(現パナソニック)の創業者、松下幸之助氏のことだ。氏は、学歴は低いものの、裸一貫から会社を起こし、M&Aで会社を大きくした。

 永守氏は中学生の時に父親を亡くし、実家が貧しかったため、給料をもらえる職業訓練大学校に入った。そこから身を起こし、一代で日本電産という兆円企業を築き上げた。松下氏と永守氏は、若い頃は決して恵まれた環境ではないが、努力と天性のセンスで這い上がってきたイメージが重なる。人心掌握術に優れている点も共通するだろう。

 ただ、松下氏と永守氏では大きく違う点が一つある。それは、松下氏は自分が鬼籍に入った後も永続する組織を築いたが、永守氏はまだ現役バリバリであるという点だ。現実的にいまの医学では難しいだろうが、永守氏は「125歳までやる」と意気込んでいる。

 筆者は自ら事業を起こした経営者のタイプは大きく3つに分類できると思っている。戦国大名の価値観を破壊した織田信長型、その信長の作った地盤を利用して天下統一を果たした豊臣秀吉型、信長・秀吉を引き継ぎ200年以上永続する幕府を作った徳川家康型だ。

■未来の日本電産を担う“後継者”を育てられるか?

 現代風に言えば、既得権を崩すようなベンチャーを創業するものの志半ばで倒れる経営者は信長型、ベンチャーから会社を育て、M&Aで企業を大きくしたものの自身が会社からいなくなれば存続が危うくなる経営者は秀吉型、そして創業者がいなくなった後も永続する会社を作るのが家康型だ。

 筆者の独断と偏見により現在活躍する経営者を分類すれば、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、信長・秀吉の融合型だ。楽天の三木谷浩史会長兼社長も同じ分類に入るのではないだろうか。孫、三木谷両氏は、ベンチャー企業として成功し、 M&Aで会社を大きくした点が重なるが、両氏はまだ現役であり、将来のことは未知数だ。

 信長、秀吉、家康の3役を一人でこなした経営者で後世に名を遺した経営者は、筆者の知る限り松下幸之助氏しかいない。

 一方、永守氏はいま、自分がいなくなっても日本電産が永続して発展する企業づくりについて腐心している。氏も今の時点では、信長・秀吉融合型の経営者だと筆者は考える。

 日本電産は今年4月から、社長に日産自動車のナンバー3で副COOだった実力者の関潤氏を迎えた。永守氏はこれまでも他社の役員経験者をヘッドハントしてきたが、今回の関氏は本格的な後継者候補と言える。

 関氏が後継者になれるか否かは、氏本人の頑張り次第ではあるが、永守氏にも育てる責任はある。それを果たしてこそ、「幸之助」を超えるような経営者になれるのだ。

「文藝春秋」11月号及び「文藝春秋digital」に掲載した「 日本電産会長 自動車産業の『インテル』になる 」では、永守氏に2時間近くにわたってインタビューした。日本電産のこれからの舵取りや人材育成、私財をなげうってまで取り組んでいる京都先端科学大学の狙い、同族経営にしなかった理由や息子2人の存在など多岐にわたって詳細に聞いている。

(井上 久男/文藝春秋 2020年11月号)

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