「満員電車のサラリーマンになりたくなかった」前澤友作がたどり着いた“幸せな働き方”とは?

「満員電車のサラリーマンになりたくなかった」前澤友作がたどり着いた“幸せな働き方”とは?

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配った現金は26億円超…前澤友作が明かす「どんなに批判されても“お金配り”をやめない理由」 から続く

「文藝春秋」2月号より「前澤友作――僕の『お金の哲学』を語ろう」を特別に全文公開します。(全2回の2回目/ 前編から続く )

■借金は躊躇すべきでない

 かねてから僕は生活に必要なお金を全国民に配る「ベーシックインカム」という政策に強い関心を持っていました。現金が支給され、金銭面で生活の心配がなくなると、人間は好きなことを仕事にできるのではないか。それが労働意欲につながり、労働生産性の向上につながるのではないか。僕は、ベーシックインカムこそが人間を幸せにする政策ではないかという仮説を持っており、それを証明したいのです。

 日本では、国に納められた税金によって社会保障や公共事業費が賄われますが、自分の税金がどう使われたのかは把握できないこともあって、自ら喜んで納税する人は少ない。

 また金融機関からの借金もマイナスイメージで語られることが多く、敬遠したり躊躇する人が少なくない。お金の量を増やすことで本当にやりたいことが実現するのならば、できる借金はすべきだと思っています。返せなかったらそれはそれで仕方がない。銀行はお金を貸してなんぼの商売ですし、リスクヘッジのために金利があるわけですからね。

■世の中からお金をなくす

 このようにお金に対する価値観が硬直化する現状で、僕は民間主導で「富の再分配」ができないかと考えています。いまは僕個人で活動しているだけですが、今後、大きなムーブメントを巻き起こせれば、政府支援が行き届かない分野に資金が届けられる。またお金や労働に対する考え方を劇的に変えられるのではないかと期待しています。

 笑われるかもしれませんが、究極の目標は「世の中からお金をなくすこと」。貨幣価値を無効化したいのです。そんな「 お金がない世界 」がいつの日か来たらいいなあと思うんです。人間がお金から解放されれば、生きる意味や働くことを見直し、人間らしさを取り戻せるのではないか、と。

 現金がなくなればどうなるか。

 全ての金融取引が停止され、人々や企業の口座残高がゼロになる。どんなに貯蓄があろうが、どんなに借金があろうが全部チャラ。残るのは今までの人間関係や信用です。同時に全ての商品やサービスも無料になります。電車に乗るのも無料、コンビニでは自分の好きなものを好きなだけ手に入れられます。もちろん税金を納めることもありません。

  お金がない世界 では、自分の好きなことを仕事とし、人を喜ばせたり感動させられる人に感謝が集まる。多くの人が本来仕事とはそうあるべきものだと気付くはずです。逆に自分の事だけを考えて仕事をしている人は生きづらくなるし、お金を払う人が偉いのではなく、何かを生み出すことができる人に尊敬が集まるに違いありません。

 この話をすると、「前澤はおかしい」「お金を持っているお前が『お金をなくす』とは何を言ってるんだ」とお叱りを受けます(笑)。「すみません、おっしゃる通りです」としか言いようがないのですが、もちろん現行の経済システムではお金の力はまだまだ絶大です。こうして僕の夢物語について発言の機会を与えてもらえるのも運よく事業を成功させ、経済的に恵まれ、注目していただいているからです。今後も起業家としてしっかり稼ぎ、発信力と影響力を強化し、こうした考えを広めていきたい。逆説的な言い方になりますが、「お金をなくす」ため、僕ももっと働いてお金を持たなくてはいけないとも思っています。

■満員電車のサラリーマン

 中学生の頃から、僕はお金の概念や意味を考え続けてきました。お金に関して、他の家庭同様、両親が「あそこの家はお金があるのに、なぜうちは……」と言い合う場面を目の当たりにしたこともありました。また学校で「この先生はお金のために教えている」「いや、あの先生はハートで教えてくれているな」と思うことが度々あって、大人とお金の関係を考えることが多かった。

 僕が育ったのは、父親がサラリーマンのごく普通の家庭です。特別な教育は受けていません。ただ恐竜の図鑑をずっと読み続けて一冊丸ごと覚えてしまったり、好きなことにとにかく没頭する癖があったそうです。当時からお金の使い方はちょっと変わっていました。最初に手にしたのはお年玉。使い道は、ビックリマンチョコのシールやキン肉マンの消しゴムを集めることでした。好きなことにとことんお金をつぎこむタイプでビックリマンは箱ごと買っていましたね(笑)。

 もちろん金額は比べものになりませんが、「好きなものを好きなだけ買う」という基本的な金銭感覚はいまでも大きく変わっていません。小さい頃から、両親には「お金を貯めなさい」と言われていましたけど、全然貯めなかった。働くようになってからもどんどん使っていたので、貯金ゼロの状態が続いていました。

 会社が成長していくにつれ、通帳の残高の数字にゼロの数がどんどん増えていきましたが、ゲームの点数と同じようにしか感じられず何の実感も持てませんでした。大金を手にしたからといって万能感みたいなものも生まれなかった。

 ただお金が増え始めたばかりの頃は、周囲の僕を見る目が一変し、ギクシャクすることもありました。ことあるごとに「お前は金持っているからいいよな」と言われるのです。思わず「ごちゃごちゃ言うなら、お金をあげるよ!」と言い返したこともあった。お金には人間関係を分断する恐ろしい魔力が秘められていることもリアルに体感しました。

 お金と仕事の関係性を考えるうえで、決定的となった体験が2つあります。その一つは、高校に入学して満員電車のサラリーマンを見たときのこと。同じようなスーツを着て、同じ電車に押し込められて、朝から疲れ切った表情をしている……。15歳の少年にとって、センセーショナルな光景でした。なんてつらそうなんだろうと愕然としたことをよく覚えています。千葉県の片田舎から通っていた早稲田実業高校まで1時間半。当時、日本で最も混んでいた東西線に乗って、ずっと彼らを観察していました。「まずい、このまま大学に入って就職すると、僕もこうなる可能性が高い」と痛感したんです。急に大学進学に興味がなくなり、結局高校をドロップアウトしました。両親はそのまま早稲田大学に進学したほうが将来の可能性が広がるという考えでしたが、僕はこのまま同じレールに乗っていると、自分の可能性を狭めるとしか思えなかったのです。

 お金に縛られる人生は嫌だ――。幸せそうでない満員電車のサラリーマンをみて、そう感じたことは、僕の人生を決定づけたと思います。

■「持ってるな、オレ」

 一方、高校時代に生きる指針となる発見もありました。バイト経験です。当時、ミュージシャンの夢をもちバンド活動に熱中していた僕は、練習するスタジオ代を稼ぐため、いくつかのアルバイトを掛け持ちしました。学校に行くことなく、朝から直接バイト先に出勤することもありました。スーパーで魚や肉を売ったりレジ打ちをしたり。建設現場で肉体労働をしたこともあります。子供の時から漁師、大工さんや1次産業の仕事に憧れがあったし、身体を使う仕事が好きだったのです。

 バイトの現場で思い知らされたのが、どんな仕事でも楽しめばパフォーマンスが断然、向上するということ。また仕事が捗れば上司から評価され、時給も上がる。その上、お客さんも喜んでくれます。逆に嫌々、仕事をしていると捗らないし、疲労もたまる。誰も幸せになりません。高校生のバイトという立場であっても、働き方次第でここまで変わるんだと身をもって実感したのです。

 高校をやめた後、ミュージシャンとしての活動と並行して、海外のCDやレコードを輸入して友達に売り始めました。最初は友達相手に、次はその友達の友達が欲しがってと、お客さんが増え続け、いつの間にか対面で売り捌けなくなり、カタログ通販に切り替えました。社員の雇用という考えもなく、友達やお付き合いしていた彼女に手伝ってもらうだけでした。そうすると周りから「これは商売だから法人化して税務申告しないといけないよ」「社員にして給与を払うべき」と言われて、仕方なく会社を立ち上げた。2年後にカタログからネット通販に切り替えたタイミングで服も売り始めた。これがZOZOTOWNの原点です。

 ZOZOをスタートさせる前は「会社を作りたい」「起業家として成功したい」なんて思いは一切なかった。「面白いことをしてやろう」「お客さんを驚かせよう」という考えしか頭にありませんでした。とにかく他人と同じビジネスはしたくなかったし、むしろ誰も手掛けないことに燃えるタイプ。先人と全く違う考えを持ち、誰も通っていない茨の道を行く人こそが成功する。その信念は今でも変わりません。

 もちろんZOZOをここまで大きく成長させられたのは運の力も大きい。自分でも「持ってるな、オレ」と思ったり、運命を感じたりすることもある。高校を中退したのは最たる例で、両親から「絶対にやめて」と何が何でも引き止められていたら違う人生が待っていたはず。逆に言えば、早い段階で僕はこのレールに乗っていてはダメだと気付けたのはある意味、才能と言えるのかもしれません(笑)。また僕がZOZOを退任した半年後から新型コロナの感染拡大が始まった。退任前にコロナが流行していたら代表取締役を辞める選択肢はないし、ZOZOから離れられなかったのかもしれません。

 徐々に主力商品をアパレルに転換すると、業績は順調に伸び、会社の規模が大きくなっていきました。04年に現在のZOZOTOWNを開設し、株式上場が視野に入った05年頃から、またしてもお金について真剣に考える機会が出てきました。

 給料って何だろう、雇用とはどういうことなのか。上場して会社の規模が拡大すれば、「満員電車のつらい顔をしたサラリーマン」を生み出すことにならないか。相当悩み、ありとあらゆる経済書を読み漁りました。

 たどりついた結論は、給与・ボーナスの一律化と短時間労働制の「働き方改革」でした。まず、07年のマザーズ上場の前後で、社員にはお金のために働くという考えを忘れてもらうため、成果主義を撤廃。まず楽しんで仕事をしてもらい、そこで生まれた収益を均等に分けたのが給料だと。社員にはそんなイメージを共有してもらいました。

 共産主義のように思われるかもしれませんが、中央集権的な支配者がいるのではなく、お互いが支え合う、共産主義と資本主義の間くらいのイメージです。今でいうシェアリングエコノミーみたいなこと。共産主義でも資本主義でもない、何かアップデートされた新しいものが出てきてもいいと思っていました。

 給与が一律だからといって、額面を低く抑えたわけではありません。1部上場企業にふさわしい金額に設定していましたし、アパレル業界では高水準だったはずです。また僕が社長だった時期は、基本的に給与を下げたことはありません。今後どうなるかは知りませんけど(笑)。

 さらに12年5月から「ろくじろう」という6時間労働制を導入し、短期集中型の働き方を推奨しました。所属チームの仕事が終わったら、定時前に帰宅していいと決めました。家族と過ごしたり、趣味や勉強に充てたりしてもいいと。こうした時間が次の仕事へのモチベーションを生むと考えたからです。

 本来、仕事はお金を気にせず、自分のやりたいことを具現化したり、得意なことを実現し、社会に役立てることのはず。楽しみながらやるべきです。その原理原則を貫く社員が増えれば増えるほど、会社は活性化し、成長します。実際、ZOZOの売り上げ、株価は上昇し続け、従業員も増えていきました。

■社員は疲弊していませんか

 僕の知る限り、この働き方改革の弊害はなかった。ただ成果主義バリバリの会社からZOZOに中途入社した社員は、当初、物足りなさを感じたそうですが、すぐに馴染んでいました。ZOZOのように賃金一律制や短時間労働制を採用する企業が増えれば増えるほど、社会全体として労働者の満足度が上がると信じていますし、なぜ他社はやらないのかと思います。成果主義を続ける企業の経営者には「社員は疲弊していませんか」「鬱病で出社拒否の社員はいませんか」と問うてみたいです。

 ZOZOを上場させたのも、理想とする会社経営を自ら体現することで、こうした考えを広め、思い描く社会に近付けるためでした。

 非上場のまま会社の規模拡大をもとめないという選択肢もあるにはありました。ただ千葉の小さな会社の社長が「好きなことを仕事にしよう」「お金のために働いてはいけない」と世間に発信しても、誰も聞く耳を持たない。だからまず上場して会社を成長させて、物を言うのはそこからだと決断しました。

 実際、時価総額1兆円を超え、様々なメディアに注目していただく中で、ZOZOの給与制度や労務環境への取組みなどの考えを広めていくことができました。

■1円残らず使い切る

 会社を成長させる上で経営者として心がけていたのは、サービスや商品に関わる全ての人の顔を想像することです。近江商人の買い手よし、売り手よし、世間よしの「三方よし」の精神ではないですが、全員が幸せになるよう全体のバランスを調整する。大きな視野で考え、そのために必要な方針のディテールをしっかりと練る。マクロ、ミクロ、どちらか一方にこだわり過ぎても経営は上手くいかない。「木を見て森も見る」という考え方です。この姿勢がバランス感覚を養い、変化のスピードが速い業界で生き残れたのかもしれません。

 この記事を読まれている方々の多くは、僕よりも先輩で、経験や知見も豊富だと思います。だから若者に対してどんどん意見を発信してもらいたいと思います。同時に、手持ちの資金に余裕がある方には、若者への投資や寄付を考えて欲しいのです。自分のために使うことでは絶対に得られない満足感があります。皆さんからの投資をうけた若者は成功すれば必ず年配の方々に恩返ししようとするはずです。

 社会にそうした好循環を生み出せることは本当に格好いいし、僕もそういう老人になりたい。僕自身、自分のお金を子供に遺すつもりもないし、1円残らず使い切るのが理想です。人生の最後に「若いやつにお金を使っちゃって一銭も残っていない。あとはみんなで頑張ってよ」と言いたいのです。

(前澤 友作/文藝春秋 2021年2月号)

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