文系学部「廃止」騒動、文科省の真意は何だったのか 文科省の苛立ちと焦り:進まない大学の「機能別分化」(3)

文系学部「廃止」騒動、文科省の真意は何だったのか 文科省の苛立ちと焦り:進まない大学の「機能別分化」(3)

大学制度はどうなっていくのか。(写真はイメージ)

 ここまでの連載「日本の大学は多いのか少ないのか、対立する2つの見解」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47933)、「大学はアカデミックな教育の場でなくてもかまわない?」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47950)では、「日本の大学数は、多いのか少ないのか」「大学進学率は、高すぎるのかどうか」という問いを導きの糸として、国際比較の観点も踏まえながら、日本の大学制度の特異な発展の形を明らかにしてきた。

 その結論は、大学の数や進学率自体が問題なのではなく、入学者のほとんどが18歳人口に偏り、提供する教育内容の過半がアカデミック志向のものに傾斜している大学のあり方にこそ問題があり、そうした形態としての大学は、過剰気味と言わざるをえないのかもしれないというものであった。

 こうした問題点は、すでに教育政策の側も認識していることであり、この打開策として文科省が打ち出したのが、本稿のテーマである大学の「機能別分化」である。

 中教審の答申「我が国の高等教育の将来像」(2005年)が示した7つの機能を再掲しておく。

 要するに、777校にまで膨れあがった大学制度を構成する各大学は、アカデミック志向の古典的大学像にのみ固執するのではなく、それぞれの分に応じて、@〜Fに示されたような役割を果たして、棲み分けていくべきなのである、と。

 処方箋は明快である。しかし、政策の提起から10年以上が経つが、これがなかなか進まない。いや、一向に進まないと言ってもよい。それは、なぜなのか。――さて、ここからが本稿のテーマである。

続きはJBpressで

関連記事(外部サイト)