経済成長とともに年老いる大阪・釜ヶ崎の黄昏 JBpress Documentary 映像と文字で紡ぐ時代(2)

経済成長とともに年老いる大阪・釜ヶ崎の黄昏 JBpress Documentary 映像と文字で紡ぐ時代(2)

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 大阪・西成区にある「あいりん地区(通称、釜ヶ崎)」。隆盛を誇った高度経済成長期からバブル期にかけて、ここには肉体労働で日々の糧を得ようと、若い労働者が大挙して訪れた。だが、超高齢化社会の今、住人の多くは単身の年老いた元労働者ばかり。警察署を焼き討ちするなど血気盛んだった街は、その役目を終えつつある。単身高齢男性の比率が4割を超える釜ヶ崎、その変わりゆく街の姿を文章と動画で追った(文中に4本のドキュメンタリー動画を埋め込んでいますので、是非ご覧ください)。

(篠原匡:編集者兼ジャーナリスト、「Voice of Souls」寄稿者)

黄昏の街の夜明け前

 昭和の時代から、この街の朝はどこよりも早く始まる。街が黄昏れた今も、それは変わらない。

 まだ夜も明けきらない午前5時過ぎ。始発電車が通り過ぎた南海本線のガード下から、緑色のベストを着た男たちが続々と姿を現した。彼らはヘルメットをかぶり、手にはほうきやデッキブラシを持っている。高齢者特別清掃事業に関わる高齢者の一群だ。

 班長の指示の下、タバコの吸い殻を集めたり、立ち小便の跡をブラシでこすったりと、街の清掃活動に従事している。

 その中に、ひときわ小柄な男性がいた。平護(ひら・まもる)、84歳である。

 北海道出身の平。若いころは寿司職人やマンホール向けの鉄筋工、とび職などさまざまな仕事に就いた。ケガをして建設現場を離れた後も、トラック運転手として、ベアリングを大阪から広島まで運んでいた。

 そんな平の人生が転機を迎えたのは、妻にがんが見つかった56歳の時である。その後、妻が亡くなるまでの14年間は介護に走り回る日々が続いた。60歳から受け取った年金は家計の足しにはなったが、長引く介護生活によって貯金は底をついた。

 そして、妻の死去から3年後に想像もしなかったことが起きる。寸借詐欺と住んでいた市営住宅の立ち退きである。

 貯金を使い果たした平は、年金を担保に妻の葬儀費用を知り合いに借りた。耳を揃えて返すと、今度は向こうがカネを貸してくれという。世話になったお礼だと思って貸したところ、その男は二度と姿を見せなかった。その後、家賃の未払いが続き、立ち退きを迫られた平は、スーツケース一つでこの街に来た。2008年のことだ。

 それ以来、平は月3万1000円の簡易宿所(ドヤ)で暮らしている。

「立ち退きで家に入れなかったから、ほとんど何も持ってこられなかった。でも、おれは幸せだよ。子どもはできなかったけど、素晴らしい嫁さんと出会うことができて」

「おれ、誇れることが一つあるんよ。国会議員でも役人でも、色恋沙汰でしくじるでしょう。嫁さん以外の女を抱くチャンスもあったけど、それはしなかった。嫁さんが悲しむから」

 壁についた立ち小便の跡をブラシでこすりながら、平は言う。

地図にない街

 大阪の一角に、地図のない街がある。大阪市西成区にある「あいりん地区」、通称「釜ヶ崎」と呼ばれる場所だ。

 あいりん地区という名称は行政がつけた呼称であり、あいりん地区も釜ヶ崎も地図上にはない。だが、労働力を求める企業と仕事を求める労働者をつなぐ場として、どこよりも熱く、生命力に満ちあふれていた時代があった。

 事実、1960年代の高度経済成長期から1990年代前半のバブル崩壊直後まで、釜ヶ崎は仕事を求める労働者であふれかえった。広さ500メートル四方ほどの釜ヶ崎に、2万人を超える労働者が暮らしていたと言われており、当時の過密ぶりが分かる。彼らの存在なくして、日本の高度経済成長とインフラ建設は実現しなかった。

 もっとも、大勢の労働者でにぎわった釜ヶ崎も、公共事業の減少と高齢化の加速で様変わりしている。

 通りを歩いても、すれ違うのは年老いた元労働者ばかり。日雇い労働者で賑わいを見せた簡易宿所は、高齢者向けのアパートか外国人向けのゲストハウスに姿を変えた。釜ヶ崎の象徴だったあいりん労働福祉センターは既に閉鎖され、建て替えられる日を待つばかりだ。

 街の住民の大半が日雇い労働者だった釜ヶ崎は、いわば若い男の街だった。だが、彼らがそのまま齢を重ねた結果、地域の男性比率が80%、60歳以上の男性高齢者が41%という、世界でも類を見ないいびつな人口構成の街に変貌している。

 しかも、ここで暮らしている高齢者は定職を持たず、現場を渡り歩いた労働者が中心だ。現場に出られなくなった今、生活保護に頼らざるを得ない人も多い。大阪市の生活保護受給世帯が5%なのに対して、あいりん地区は約40%に達する。

 高齢化が進む日本の中でも、高齢化と貧困が際立って進行している地域と言っても過言ではない。その断面を、三角公園のそばにあるキリスト教会の一室で垣間見た。

 1階には、ホームレスがお湯を沸かして即席ラーメンを作れるよう、ガスコンロが並べられた簡易キッチンがある。階段を上に上がれば、壁一面に、銀行の貸金庫のような、窓のついた小さなロッカーがある。身寄りのないホームレスなど、近隣でなくなった人の遺骨を保管した納骨堂である。

 この教会が象徴的だが、歴史的に貧しい労働者が集まった地域ゆえに、彼らを支える独自のセーフティネットが張り巡らされている。

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