先生が子どもに「怒らない」ってどうなの? 「人間社会は喜怒哀楽で出来ている。怒りに向き合うことが生きるための教育になる」

先生が子どもに「怒らない」ってどうなの? 「人間社会は喜怒哀楽で出来ている。怒りに向き合うことが生きるための教育になる」

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福岡県北九州市は2月1日、教員らに関する4件の処分を発表した。うち1件は市立小学校の男性教員(37)に関するもの。教員は昨年、小学4年生の児童らに下校を呼びかけても急がなかったことに腹を立て、漢字ドリルを投げつけ「このクラスは解散だ」と言ったという。この後、一部の児童が教員を恐れ、担任が交代する事態になった。

7日の『モーニングクロス』(TOKYO MX)でもこの話題を取り上げた。慶應義塾大学特任准教授などを務める若新雄純さんは騒動に関連し、教員の怒り方・叱り方について持論を展開した。

「子どもが話を聞いてくれない状態で、冷静に叱るってどうやるの?」

子どもを指導する際、「怒らずに叱る」とはよく言われる言葉だが、若新氏は「きれいごとで怪しい言葉」だと言う。この言葉は「成熟した信頼関係のある人間同士なら成立」するものであって、発達段階にいる子どもたちにはあまり合わないというのだ。

叱り方を「感情にまかせて怒っている場合と冷静な場合」、「体罰をふるう場合とふるわない場合」の2つの軸を使って分類すると、一番良くないのは「感情にまかせて殴る」になる。若新氏は個人的には「冷静に怒らずに体罰をする」のは「悪印象ではない。でも今のご時世、許容されるものではない」と語った。

世の中で理想とされる「怒らずに叱る」は、体罰を使わず、感情的にもならずに諭すような「冷静に叱る」に分類できる。しかし若新氏は、

「冷静に叱るってどうやるんですかね。子どもがわーってやってて話を聞いてくれない状態で、『君たち』って?」

と疑問を投げかける。

確かに、仮に教員が「冷静に叱る」を上手に実践出来たとしても、子どもたちに言葉が届いているかはわからない。教室運営の現実から考えても、本当に理想かどうかは疑問が残る。

冷静に諭してもどうにもならないとき、先生が怒るのは「実は人間的に対等なこと」

これらのことから若新氏は、感情的に怒っていることを伝えつつも手は挙げない、という叱り方が重要ではないかと指摘する。

「子どもが悪気なく騒いだり羽目を外したりすることって、教室運営の中でよくある。その時、冷静に諭してもどうにもならないとき、『先生はそれを見てすごく怒ってるんだ』っていうのは、実は人間的に対等なことだと思う」

「怒り」は、子どもたちが世の中に出てからも避けて通ることができない感情だ。恐怖を与えすぎないように怒る、感情的になっても手を挙げないなど配慮は必要だが、

「人間社会は喜怒哀楽で出来ている。(中略)人は怒ることもあると。なぜ怒ってしまったのか、その感情を通して子どもたちが『やりすぎたかなあ』と学ぶことが大事。人間は誰だって怒る、ということには向き合うべきで、そこは隠さないほうがいいんじゃないかなというのが僕の持論」

だと主張していた。また、若新氏は番組放送後にキャリコネニュースの取材に対し、以下のように語った。

「もちろん、いつでも気ままに怒りをぶつければいいということではない。見直すべき怒り方もあると思う。でも、その物事に真剣に取り組んでいるからこそ強い怒りを噴出してしまう、ということはどんな立場の人にもあるはず。それをすぐに取り除こうとするのではなく、ちゃんと向き合っていくことが、人間社会を生きていくための教育ではないかと思います」

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