「高輪ゲートウェイ」撤回求め能町みね子さんら会見「ネットで炎上したからではなく、歴史的側面から勇気ある決断を」

「高輪ゲートウェイ」撤回求め能町みね子さんら会見「ネットで炎上したからではなく、歴史的側面から勇気ある決断を」

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エッセイストの能町みね子さんや国語辞典編纂者の飯間浩明さんらで作る「山手線新駅の名称を考える会」は3月27日、JR東日本に対し、新駅の名称「高輪ゲートウェイ」を撤回するよう求める署名を提出した。昨年12月上旬から約1か月で、ネット上で4万7930件もの署名が集まった。

会は同日午後に都内で会見を開いた。会によると署名は同日11時、JR東日本本社で、4人の社員に手渡されたという。受け取ってはもらえたものの、名称を変える必要はないと主張され、「今までと(名称は)変わらないことを言われたにとどまってしまったというのが今日の結果」と振り返った。会は、

「JRの姿勢は分かるけれども、その姿勢をどうか曲げて撤回していただきたいという主旨で署名を提出した。私共としては高輪という名前にするのが最も妥当であろうという考えを伝えた」

と明かした。

「何も足さない何も引かないというのが一番いいのではないか」

「高輪ゲートウェイ」はJR東日本が昨年6月に行った公募を元に決定した名前だ。しかし、公募の時点で「高輪ゲートウェイ」は36票しか集めておらず130位。1位の「高輪」(8398件)、2位の「芝浦」(4265件)と大きく離れている。

新駅周辺の人々も、かねてから駅を「高輪」にしたいという意思が強かった。2014年に正式に新駅建設が発表されて以降、泉岳寺前商店会を中心とした9か所の商店会では「新駅はたかなわ」というポスターを作り、駅名を「高輪」にするための活動も行われた。

会が「高輪」をふさわしい駅名と主張するのは、歴史的な経緯や街の発展を考えてのことだ。日本地図学会の今尾恵介さんは日本の駅名について、「歴史的に見れば、殆どがその所在地の名前をつけるのが大半だった」と指摘する。1962年の住居表示法施行で都内の歴史ある地名が失われた際にも、山手線の駅名は変えられずに残った。例えば「原宿駅」は住居表示上では「神宮前」になるが、旧国鉄、JR共に「原宿」の名前を維持している。

アメリカの「マッキンリー山」が2015年に「デナリ山」に変わったように、世界を見ても「歴史的な地名や先住民の文化を尊重する流れ」がある。そのため、

「高輪というのは、何も足さない何も引かないというのが一番いいのではないかと。商売的には儲からない地名と思うかもしれませんが、長い目で見れば色がついていなくて、何百年も前から続いている地名をそのまま駅名につけることは古いようで新しい」

と主張した。

「ネットで炎上したから変えるという単純なものではなく、ふと我に返って文化的なこと歴史的なこと、100年200年続くかもしれない駅の名前を考えるということに立って、勇気ある決断をしていただきたい」

「歴史ある街として人を呼べる、辺り一帯の街の可能性を潰されてしまうことに危機感」

国語辞典編纂者の飯間さんは、新駅周辺が「1つのパッケージとして、集客できる街として整備されていく可能性のある街」と指摘する。新駅の周辺には泉岳寺や旧高松宮邸、高級住宅地などが存在するが、駅名が「高輪ゲートウェイ」になると「高輪と言えば高輪ゲートウェイ」というイメージが固定化し、泉岳寺も宮邸も抜け落ちてしまうと危惧する。

「全体を江戸時代の歴史ある街として集客できる可能性があるのに、その可能性を潰されてしまうということに危機感を持っています」

新駅の名称を「高輪」に出来ない理由として、高輪台や白金高輪など近隣の駅と混同される恐れがあるから、という指摘も出ているが、能町さんは「駅名の混同はかなり後付けの理由ではないか」と語る。今尾さんは、

「東浦和、南浦和、西浦和、武蔵浦和、中浦和が同居している会社が、高輪台との混同を言うのはちょっとおかしいなという気もします」

と述べていた。

会は今後、イベントの開催やグッズの作成を通し、新駅を「高輪」と呼びならわす活動を続ける予定だ。JRが「高輪ゲートウェイ」を撤回することに、期待はあまりしていないようだが、

「これから新しい駅名が付けられる時に、あまり変な名前が付られないような空気になるのが一番大事」(今尾さん)

と前向きだった。

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