「年間200冊の本を読む"意識高い系"の友達を論破してスッキリ」という投稿に賛否の声

「年間200冊の本を読む"意識高い系"の友達を論破してスッキリ」という投稿に賛否の声

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「自分はすごい」とアピールがしつこかったり、やたらと横文字を使いたがったりなど、"意識高い系"にイライラした経験のある人もいるだろう。お悩み解決掲示板に4月中旬、投稿した人もその一人だ。

意識高い系の友達から「年間200冊本を読んでいる」と言われた投稿者。「それなんか意味あるの?」「暇すぎない?」「だからなに?」「文才自慢でもしたいわけ?」「それに対して私はなんて言えばいいの?」と返したという。友達は激怒したらしいが、「意識高い系を論破して少しスッキリしました」と投稿者自身は満足した様子だった。(文:石川祐介)

「本当にちゃんと読んでるやつは、何冊読んでるなんて人に話さない」

この投稿には賛否両論が寄せられた。意識高い系を毛嫌いする人は多い。

「まだそんな意識高い化石みたいな人がいるんだw聞いてるこっちが恥ずかしいわ」

意識高い系の言動はマウンティングを含んでいることもある。このため、腹を立ててしまいやすいが、その痛々しさから胸が苦しくなることもまたしかり。いずれにせよ、一緒にいるとネガティブな気持ちを抱きやすいのは確かだろう。

「私も本の冊数を争う意味がわからない。研究者や学生が論文読むならわかるけど」
「本当にちゃんと読んでるやつは、何冊読んでるなんて人に話さないし。本読んでるアピールなんてしない」

また、読んでいる本の数をアピールすること自体がナンセンスだ。「本から得た知識をどのように活用したのか」ということが大切であり、200冊の本を読んだ先に、友達がどのような成長を遂げたのか思わず突っ込みたくなってしまう。

「意識高い系のほうが話しやすい」

一方、投稿者に対する批判も散見される。

「それは論破ではなくでただの罵詈雑言です。議論をして相手の説を破ることです。あなたのやってることはクソガキが駄々こねて相手を怒らせて喜んでいるのと変わりません」

イライラした気持ちも理解できるが、友達に悪気があったとは思いがたい。仮に悪意があったとしても、攻撃的な言葉を矢継ぎ早に浴びせるのはやや子どもっぽいか。

自身のコンプレックスが原因となって意識高い系になっている人はよく見かけるが、「自分のことを相手に話すだけで自慢に取ってしまう方もそれはそれでどうなんでしょうね?」という指摘もあり、投稿者の方が友達よりも拗らせていると感じた人も一定数いたようだ。

「本読まない人より知識と語彙力は増える訳で、漫画とゲームばかりの会話しか出来ない人よりは、意識高い系人の話のほうが役に立つ」

また、ダラダラ生きている人よりもマシというコメントも。意識高い系は批判されやすいが、自分のやりたいこと、できることを探して必死にもがいている人も中にはおり、過度に邪険にするのは可哀想な気もする。少なくとも、相手に罵詈雑言を浴びせる行為は慎むべきだろう。【参照元:お悩み解決掲示板 https://onayamifree.com/】

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