職場にあふれる「マネジャー適任者がいない」という嘆き 中年期の「精神的成長」に問題ある人が増えたのか?

職場にあふれる「マネジャー適任者がいない」という嘆き 中年期の「精神的成長」に問題ある人が増えたのか?

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人事コンサルティングをしていると、たくさんの会社から組織課題として「マネジメント層が不足している」という声を聞きます。本当に、ほぼすべての会社と言ってもいいのではないかと思うぐらい、どこもかしこも「うちの会社にはマネジャー(管理職)適任者がいない」「みんなプレイヤー志向で困っている」とおっしゃいます。

その背景には、一つには時代的なものがあるともよく言われます。曰く、組織の中でのコミュニケーションツールが発達した現代において、情報伝達をするだけの管理職や、単なる管理をするだけの管理職は存在価値がほとんどなくなっています。その結果、そんな管理職を目指していては存在価値がなくなるということで、プレイヤー志向の人が増える。なるほど、そんな流れもありそうです。(文:人材研究所代表・曽和利光)

「次世代を育てること」は大人たちの務めだ

しかし、できるのにやりたくないのであれば、まだましですが、私が聞いているのは、マネジャーをやりたくないというよりは「そもそもできそうな人がいない」という話です。

中間管理職が実際に不要になってきているかどうかはともかく、もし、マネジャーができる人がいないということが全国的に事実であれば、人としての精神的成長の面において、問題が生じているようにも思えます。

というのは、人が年を重ねて成長していくに従って、マネジャーの仕事においてもメインともいえる「次世代を育てること」がやりたくなり、できるようになっていくのがある一定以上の年齢の大人たちの発達課題とされているからです。

心理学者エリクソンが唱えたライフサイクル理論の概念に、「ジェネレイティビティ」というものがあります。これは"世代性"("生殖性"とも)、つまり「次世代の価値を生み出す行為に積極的に関わっていくこと」を意味する言葉で、generation(世代)やgenerate(生む)から作られた造語です。

これはおおよそ35歳以上の中年期の大人が乗り越えていくべき課題とされていますが、ちょうどその年代は多くの企業でマネジャー、中間管理職の年代と一致します。管理職になることは、この「ジェネレイティビティ」と深い関係があるのです。

「整備された環境」を次世代へ贈る番に

エリクソンの説のように、その世代の人たちが順調に世代性を身に付けて、「ぜひ次世代を育む仕事をしたい」という人がたくさん増えているのであれば、マネジャー不足などという問題は起こらないでしょう。

もし、今読者の皆さんがちょうど中年期付近にいるのであれば、仕事に就いたばかりの新人時代を思い出してみてください。実感する機会はあまりなかったかもしれませんが、当時の管理職、マネジャーが仕事環境を整備してくれていたからこそ、新人として悩み、試行錯誤しながらも伸び伸びと力を発揮することができ、今の皆さんができあがったのです。

だからこそ、ある程度の年齢になれば、整備された環境で伸び伸び働くというメリットを「享受する時期」から、次の世代に「ペイ・フォワード」「恩送り」する時期に変わらねばならないのではないでしょうか。

ただ、そういった恩返し的な道徳的意味だけから、中年期以降の人は次世代育成に目を向けるべきだということを言うつもりは実はありません。申し上げたいのは、次世代育成という仕事は、中年期以降の皆さん自身にとっても、とても大切なメリットのあることだということです。

人生のピークが終わる「絶望」をいかに回避するか

寂しいことですが、自分の人生のピークは、いつかは終わります。つまり、自分自身の成果だけしかモチベーションリソースにできない人は、必ずどこかで絶望が待っています。

ところが、次世代が育つということに対してコミットできるようになれば、心持ちが変わります。メンバーを育成し、その活躍を自分ごとのように喜べる状態になることが、まさに「ジェネレイティビティ」です。

この状態になれれば、自分はたとえ衰えていったとしても、若い人の活躍によって末永く仕事に喜びを感じられるようになり、モチベーション高く働き続けられるようになるのです。

念のため断っておくと、仕事として管理職がやりたくない人は、大人としてダメということでは決してありません。なぜなら次世代というのは会社のメンバーだけではなく、家族やら何らかの後輩やら、いろいろな対象があるからです。自分の子どもにその気持ちが向いている人もいるでしょうし、会社以外のコミュニティに向いている人もいるでしょう。

若い頃に受けた恩を思い出すことから始めよう

それぞれの人生観ですので、そこに何ら異論はありません。ただ、どんな対象に対しても、未だコミットする気持ちが生じないのであれば、ぜひ一番日々接している存在としての会社のメンバーや若手の成長に思いを馳せてみませんか。

よく「知るは愛に通じる」と言います。今はまだ赤の他人にしか見えないとしても、彼らに注目して観察していくことで、関心が生じてきます。そうしているうちに彼らに対しての愛着が生じ、自分と一体感を持つことができれば、中年期以降の皆さんも、その下の若手の皆さんも、両者にとってよいことではないでしょうか。

受けた恩を認識できていなければ、そういう気持ちにはならないかもしれませんが、若い頃の自分がどんなに周囲から助けられてきたかを思い出してみてください。

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