総括!「直虎」は本当に傑作だったと言えるのか 大河ドラマのエンタメ性について考える

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先日、NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」が最終回を迎えた。あまり詳細な記録も残っておらず、いつ生まれ、そもそも本当に女性なのか、といったレベルで情報が錯そうをしている本作の主人公、井伊直虎。

その生涯を描くわけなので、当然史実とは無縁のドラマティックな演出も多く盛り込まれるんだろうと思っていたが、個人的な好みの範疇でいわせてもらうと、琴線に触れるポイントはなし。僕の周囲では評価は上々だったが、個人的にはダラダラと視聴を続けてしまった感が強い。(文:松本ミゾレ)

信長があっさり死亡 出演者は豪華なのに見せ場らしい見せ場がない

なぜ本作が傑作とは感じられなかったのか。1つは本作が当初、大河ドラマ特有の「エンターテイメント性の高いゴージャスなドラマ」に回帰することを目指して制作されていた、という点。この目標と実際のドラマの内容が、そこまで結びついていなかった。

おそらく制作陣の考えるエンタメ性とゴージャスさって、出演するキャストの豪華さに直結しているんじゃないかと感じる。それはそれで確かに大事な要素で、欠けてはならないポイントではあるが、大河ドラマ本来の魅力は、豪華な衣装やセット、そして何より、史実にある合戦をしっかりと尺を割いて再現するところにあると思う。

ところが本作は(これは昨年の真田丸でもその傾向はあったが)、有名な合戦の描写がほぼなかった。今川義元が討たれる際には、あまりにさっさと終わったので唖然とした。本能寺の変でも気がついたら織田信長は退場するというありさま。

あれだけ織田信長役が当たっている市川海老蔵を最終回直前まで食い込ませておきながら、かなりあっさりと死なせてしまうのは、大河ファンとしてはカタルシスに欠けるのだ。

「真田丸」の場合はそもそも、主人公が直接介入していない状況のことは、当人が知らないのだから描かないというスタンスが最初から提示されていた。だから多少モヤモヤするところはあっても、納得はできた。

しかし「直虎」ではそういった見立てを視聴者側にさせるような工夫がなく、碁を打つ合間に大きな合戦が終わっているという事態が連発。美男美女や演技力の高い俳優が目白押しというのはすばらしいことなんだけど、見せ場らしい見せ場がないのが残念だった。

にゃんけい"は一体何年生きるんだ! 色々と不自然だった描写

特に自分が気になったのが、最終回より1話前の第49話「本能寺が変」である。南蛮船を用立てるくだりで、直虎が南蛮人と寝るという描写があったが、あれがどうにも蛇足に思えてならないのだ。

大河ドラマのセミファイナル回って、本来相当盛り上がるシナリオが立て続けに押し寄せる。この「本能寺が変」でも、とうとう明智光秀が謀反を起こすのだが、せっかくのそのカタルシスも、このシーンのせいでどうにも気が散ってしまう。

そもそも直虎の生まれた年は不詳ではあるものの、最終回では亡くなるのだから、この時点でメイクも老けてやつれているべきなのに、中盤からほぼ同じようなメイクなのも気にかかる。

大河ドラマって、名前の通り川の流れのように時間が経過していき、人々が生まれては死ぬ物語。直虎も、その周辺の登場人物も、もっと老けている方が時間の流れを意識できるはずだ。にゃんけい"に至っては「おいおいこの猫何年生きてるんだよ」と思える有様。

かわいいから許されるんだけど、さすがにここまでファンタジーだと見る側もだれてしまう。なにより、セミファイナルで南蛮人に尼さんが抱かれそうになるというエロパロディ描写なんてのは、民放のドラマがするような話だ。大河で翌週死ぬ女性にさせることではない。

作品の価値を最も高めるのが、最終回の1話前だという。どういうわけか、最終回よりもその1つ前の話が傑作だと、最終回よりも作品全体の評価を高めやすいというのだ。言われてみれば、そういう作品っていくつか心当たりがある。この法則からすると「直虎」は微妙だ。

視聴率の方も振るわず、ということだったそうで、第1話の16.9%が最高の数字となり、後は徐々に低迷。最終回では12.5%で、大河ドラマでは歴代ワースト3位の結果であったという。なんというか、数字は正直だ。

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