精神年齢を成長させる方法は「自己犠牲」? しかし精神年齢が上がったところで本当に人生は拓けるのか

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子供の頃、大人になるということは、漠然と「どっかのタイミングで、バチンとチャンネルが切り替わって凄く立派になるんだろうな」と思っていた。

しかし今、一応は大人の年齢には差し掛かっているものの、子どもだったときからメンタリティが変わっていないように感じる。これは僕だけではあるまい。

世間を見渡せば、しょうもないガキみたいなことを言って周囲を困らせているダメな大人なんてのは山といる。精神年齢。これが子供のまま、なんとなくおっさんおばさんになっただけの人間ばかりではないか。むしろ人格者や徳の高い人というものを、年に数度見ることが出来れば御の字のレベルである。(文:松本ミゾレ)

「結婚して子どもを持て」とはよく言うけど……

先日、2ちゃんねるで「精神年齢ってどうやって成長させるの?」というスレッドを見かけた。このスレッドに答えがあるなら儲けモノである。が、やっぱりこういう場所に精神年齢を高める方法なんてのはそうそう転がってはいなかった。

もちろん中には「結婚して子供を持つ」という、割とまともな声もある。僕は妻も子もないけど、守るべき存在があるということは、それだけ責任感を強めることになりやしないかと思っていたので、なんとなく納得しかけた。

が、よく考えてみれば僕は3つの頃に親父がDVしまくった挙句、母方の祖父母に借金を押し付けて蒸発していた。母親も母親で、僕が寝ているすぐ近くで、連れ込んだ男と致していた。

これでは精神的に子どもどころか獣であるので、やはり結婚をして子をなしたところで、精神年齢が上がるとは限らなそうだ。

精神年齢が高い人が報われる、という社会でもない気がする

しかし、このスレッドも読み込んでいくと、そこそこ精神年齢を高めるために役立ちそうな書き込みを見かけるものであった。

たとえば「自分の利益を度外視し、誰かのために行動する経験をしないと成長しない」という意見がある。見返りを求めない自己犠牲、と書いてみると……おお、なんだか精神年齢が高まりそうにも思える。

たとえば自己犠牲ってどんなものが考えられるだろう。お金をどっかに寄付するとか、人が嫌がる仕事を進んでやるとかだろうか。身を切る努力を常にやらなければならないというわけでもないだろうけど、実践するには覚悟は必須なように思える。

さらに言えば、今の時代って誰かのために献身をしても、それはそれで周囲から「点数稼ぎしやがって」と言われたり、いつの間にか献身する姿が当たり前みたいに捉えられてしまう可能性も高い気がする。

いや、やらないうちから危惧したってしょうがないことなんだろうけど、どうにも自己犠牲をしてまで、精神年齢をアップさせたいという気もわかない。

というか精神年齢を自分だけ上げても、世間の人々を救えるわけでもなし。極端に書くと、意味があるのかどうかも分からない。精神年齢が高い人が報われる社会というわけでもない。だからこそ余計に、こういうことに頓着をすることもできない。

人ってやっぱり利己的なもので、「自分さえ」のきらいが強いのだ。貴人でも、仏門に帰依するわけでもない僕ら凡人は、精神年齢をどうこう考えても、さほど意味はないように思える。

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