「平成の後白河法皇」の異名…ウシオ電機会長がついに退任

「平成の後白河法皇」の異名…ウシオ電機会長がついに退任

2002年の経済財政諮問会議で(左から牛尾氏、安倍首相、小泉元首相)/(C)共同通信社

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 小泉純一郎首相以来の歴代政権を陰で支え、「平成の後白河法皇」と呼ばれたウシオ電機の牛尾治朗会長(89)が先週12日、取締役相談役に退いた。

■「ここ1年は杖をつかれ……」

 創業者として50年以上にわたり経営の第一線で活躍した牛尾氏だが、「ここ1年は杖をつかれ、介護するお付きが必要なほど体調を崩されていた。健康上の理由から相談役に退いたものと思う」と牛尾氏をよく知る財界幹部は語る。

 牛尾氏は、1953年に東大法学部を卒業し、外国為替専門銀行であった東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行、カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学した後、退社して家業を受け継ぎ、64年にウシオ電機を創業した。28歳で経済同友会に入会し、69年には日本青年会議所会頭に就くなど、若い頃から論客で鳴らした。「青年会議所会頭時代には財界の老害批判を展開したほか、米国留学の経験から市場経済を重視し、規制緩和を訴えた」(先の財界幹部)という。

 この牛尾哲学は、95年に経済同友会代表幹事に就任して以降、政界への働きかけとなって顕在化した。極め付きは日本郵政の民営化だった。「小泉純一郎首相(当時)が進めた郵政民営化の理論的なバックボーンは牛尾氏が終身幹事を務める経済同友会だった」(経済同友会関係者)とされる。牛尾氏は2001年に経済財政諮問会議の民間議員、日本郵政の社外取締役にも就いている。

 安倍政権に代わっても牛尾氏の政界への影響力は衰えなかった。「牛尾氏は安倍晋三首相の父・晋太郎氏と親交があり、後援会であった『総晋会』の会長も務めた。その関係もあり、安倍政権での民間人登用では牛尾氏に相談する機会が多かった」(財界幹部)とされる。

 高齢ということもあり、経営の第一線から離れる牛尾氏だが、足元では新型コロナウイルス感染拡大を機に、財政の大盤振る舞いが続き、財政再建は遠のくのみならず、統制経済まがいの休業要請が展開されている。牛尾氏の哲学である市場経済は忘れ去られかねない。

(小林佳樹/金融ジャーナリスト)

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