インターネットは新たなステージへ 「お金の未来」と暗号技術の最先端

インターネットは新たなステージへ 「お金の未来」と暗号技術の最先端

(一社)情報セキュリティ研究所長の中村宇利氏

落ち着きを見せつつある仮想通貨ブーム。
ブロックチェーンに対するセキュリティ面でのリスクが指摘され、実際に非現実的とされた「51%攻撃」が起きるなど、被害が顕在化している。

その一方で広がりを見せているのが電子マネーによるキャッシュレス決済だ。しかし、こちらも一部のサービスで不正アクセスによる被害が起こり、大きな問題となった。

キャッシュレス社会の達成に必要不可欠な「完全に安全」な暗号技術、そして暗号貨幣は作ることができるのか?
それに挑んでいるのが、元マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員で(一社)情報セキュリティ研究所長の中村宇利氏であり、その研究・開発の全容を明らかにした一冊が『「暗号貨幣( クリプトキャッシュ )」が世界を変える!』(集英社刊)だ。

仮想通貨とは全く別の文脈で研究が進められてきた暗号技術。今後、法整備の部分も含めて議論は必要だろう。しかし、それと同時に新たな未来を予感させるものだ。今回、中村氏にこの本についてお話をうかがった。その後編をお送りする。

(新刊JP編集部)

・インタビュー前編を読む

■「安全に暗号鍵を送れないならば、『送らない』方法を考えた」――前半の最後には完全に安全な暗号貨幣(クリプトキャッシュ)を開発する過程において、暗号鍵を「送る」ことが不正使用の被害を生むと考えたという話をしていただきました。そこで中村さんが考えた手は暗号鍵を「送らない」方法です。これは一体どういうことでしょうか。

中村:安全に送れないならば、「送らない」方法を考えたということです。そこで出てくるのが人工知能による「一卵性双生児現象」を利用する方法です。これは、あらかじめ定められたDNAに従い、同じ環境で育てられた人工知能は同じことを考え、同じことを話すのではないかという考えに基づくもので、それならば可能だと。

そこで私が考案した新しい人工知能アーキテクチャによるCP(Cognitive Processor)を用いることにしました。まったく同じ回路構造を持つ2つのCPを離れた時点で同じ環境で使用し続ける。そうすると、何年経っても同じ入力に対しては同じ信号を出力する。これを「一卵性双生児現象」と名付けて、応用することにしたんです。

ただ、もちろん同じ環境をつくるというのは非常に難しいことです。例えば植物の場合なら、水をやったり太陽光を浴びたりする時間などで成長は大きく変わりますよね。そうした課題を乗り越え、「一卵性双生児現象」に特化したCPを開発しました。

――そして実現したのが「クリプトキャッシュ」です。前半で「暗号を使ったキャッシュ」とご説明されていますが、

中村:貨幣の本質は価値を交換できる媒体です。例えば100円のミネラルウォーターがある。そして百円玉を持っている。百円玉は100円の価値を持っているから、100円のミネラルウォーターと交換することができる。ミネラルウォーターは100円の価値があるから百円玉と交換できます。

「クリプトキャッシュ」は、コンプリート・サイファー(完全暗号)でその「価値の引換券」を実現します。本体は、一度きりしか使えない英数文字等の記号列で、デジタルマネーとして使うことはもちろん、印刷したり、コインに刻印したりしてもOKです。価値を一対一対応で表象するので、印刷して「紙幣」にすればそこに価値が移転するのです。台帳への記載は必要ありません。

発行形態は2つのパターンを考えています。1つは「サーバ発行型」、もう1つは「ウォレット発行型」です。
サーバ型はクリプトキャッシュを発行するコミュニティが共有する価値を担保にして、サーバで発行し、暗号技術を用いてユーザーのウォレットに届けます。
もう一つの「ウォレット発行型」は現在開発中ですが、ユーザーがスマホで専用アプリを立ち上げ、クリプトキャッシュによる支払いや決済を行うことを想定しています。本書では「シックスペイ」という仕組みのイメージ図を掲載しているのでぜひ目を通してほしいですね。

――この「クリプトキャッシュ」には誰もが参入できるものになるのでしょうか。仮想通貨は誰もが参入できるという敷居の低さが広がりの大きな鍵となりました。

中村:確かに敷居の低さはありますが、仮想通貨における大きな問題の一つはマネーロンダリングに使われているという負の側面です。そうなると著しく信頼は落ちていきますよね。

だから、クリプトキャッシュについては誰でも参入可能ですが、高い倫理観、高い基準を求めるようにしています。もともとは法定通貨のために考えられた技術であり、それはデヴィッド・チャウム博士の時代から受け継ぐ思想です。

■インターネットの第二ステージはもうすぐやってくる――本書では「仮想通貨を救済する」という旨も述べられていますが、なぜこれまで触れようとしなかった仮想通貨を救済しようと考えたのですか?

中村:仮想通貨の中には投機ではない、社会的に意味のある目的をもって発行されているものもあります。そうした通貨については救済をしないといけないと考えたからです。また新しい時代を作る可能性を感じる仮想通貨も存在します。もちろん全てに今述べたように高い基準を課すようにします。

――仮想通貨とは全く別の文脈からこの「クリプトキャッシュ」は登場します。ただ、「新しい通貨(お金)」という話で言うと、仮想通貨やビットコインの文脈の直線上で捉えてしまう恐れがあると思います。

中村:おっしゃる通り、この研究・開発は「サトシ・ナカモト論文」登場の遥か以前から行われてきたもので、仮想通貨の文脈の直線上にあるものではありません。そこはこのインタビューを読んでいる方、そしてこれから本を読む方にぜひ前提として頭に入れておいていただきたいです。もともと信用通貨として発行される現代の法定通貨に内在する偽造と不正使用の問題を解決する究極のソリューションとして考案されたのが暗号通貨です。暗号通貨は台帳を使って便宜的に作られるバーチャル通貨と、実体を持つリアル通貨の2通りの方法で作られますが、リアル暗号通貨はさらに、ICチップやICカードなどの電子媒体を使うものと暗号化された記号列そのものを使うものの2つが考案されました。このうち後者が暗号貨幣です。私共のクリプトキャッシュはこの長い歴史を持つ暗号貨幣研究の最終段階にあるといえます。

そもそもは法定通貨のために作られたものなので、仮想通貨は全く別物と考えていました。また、私は仮想通貨のすべてが未熟であると言っているわけではありません。仮想通貨が出てきたことで、新しい金融の世界の扉を開いたというのも事実です。この扉を閉じることは人類の退化につながりかねないので、仮想通貨の救済という考えが出てきたんですね。

――投機目的にはさせない、と。

中村:結果としてそうなってしまう可能性は除外できません。ただ、最初からその目的で発行することは賛同できません。外国為替など、法定通貨でさえ投機の対象とされることがありますから、「投機ができないようにしました」と断言することはできません。

――この『「暗号貨幣( クリプトキャッシュ )」が世界を変える!』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?

中村:大きく2つあります。
私は研究者として仮想通貨の技術は論外だと思いますが、ブロックチェーンやビットコインでほかにも何か新しいことができるのではというのは間違っていないと思うんです。正しい技術を、社会にとって役に立つことに使う、それはありです。ただブロックチェーンではセキュリティ的にも心許ないと考えれば、どうすればいいのかという答えを本書に書いたつもりです。それは、別の方法で行う。この本ではクリプトチェーンと呼んでいますが、そうした技術を使ってみてはどうだろうという提案です。
また、ビットコインやイーサリウムを使った新しい資金調達の可能性もありえるでしょう。起業を促進したり、新規事業に挑戦をしたいときなど、様々なビジネスの場面で使えるはずです。その意味でもセキュリティ面で安全な技術が求められていると思います。
だから、ブロックチェーンで見た夢を諦めたくない人はぜひ読んでほしいです。

――では、もう1つは?

中村:もう1つは、インターネットが第二ステージに切り替わろうとしている。その大きなうねりについて気づいてほしいというのが、本書に込めたメッセージでした。

インターネットの第一ステージというのは、端的に言えば「情報シェアプラットフォームの時代」ということです。まずはヤフーが登場して、自身で情報を吟味し、自身で情報を入力してユーザーに提供していく。ニュースでさえ、ニュースカンパニーと提携して自分たちで選定をして提供する。これが「ポータル」です。ただ自分たちで入力するということは極めて手間がかかります。
続いて覇権を握ったのがグーグルです。ロボットを使ってウェブをクロールし、検索エンジンを充実させた。まず検索に特化し、その上で人々の検索ワードから興味を分析し、そこに広告を出すことで莫大な儲けを生み出した。
そして、今、覇権を握っているのがSNSです。こちらはユーザーがそこに長く滞在し交流することでコンテンツがどんどん増えていく。そこにはユーザー個人が自分自身の情報も入れるので個人の興味がより分かります。そこにピンポイントで広告が打てるわけですね。

ただ、インターネットの歴史を振り返ってみて、情報をシェアするためのプラットフォームのためだけに作られたのかというと、そんなことはないんですよ。私は1988年にMITに留学しましたが、当時そこで話されていたことは「なんとかしてインターネットにセキュリティを組み込みたい」ということでした。ただ、当時は十分な情報セキュリティ技術が存在しなかった。その結果、SSL/TSLしか入れられていません。

この問題をクリアできれば、インターネットをより活用できる機会が増えるはずで、例えばIoT(人とモノのインターネット)はその代表例です。その一例である自動運転は二段階あり、一つはセンサーをつけて人工知能で分析させる自律型自動運転。人間よりも多少正確になるかもしれないけれど、やはり事故を完全に防ぐことはできません。
では何が必要かというと、「ネットワークカー」です。すべての自動車がインターネットにつながっていて、コントロールされる。例えば深い霧に包まれている危険な環境で5台前の自動車が急ブレーキをかけた場合、自律型自動運転といえども急には止まれないですよね。ただ、ネットワーク化していれば、1台急ブレーキをかけて停まると、ぶつかる危険のある他の自動車も同時に止まる仕組みが作れます。これを達成するためには、リモートで認証できる技術が必要です。そこで完全暗号の技術と遠隔認証がカギになるわけです。

――確かに日々の生活によりインターネットが入り込むと、セキュリティの不備がクリティカルになってきます。その意味でも完全暗号の技術が必要と。

中村:そうですね。より私たちの生活の中にインターネットが入り込んでくる中で、次のインスタグラムやフェイスブック、グーグルが出てきても不思議ではありません。そこに挑戦しようと思っている人にこの本をおすすめしたいです。それが2つ目です。

インターネットの第一ステージに乗り遅れた人も、価値をシェアできる「価値シェアプラットフォームの時代」である第二ステージにはチャンスがたくさんあります。今から取り組めば、もしかしたら世界を変えるようなサービスや製品を作れるかもしれない。できればそういう人が日本から出てきてほしいと思います。

(了)

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